コミュ障少年とネクラ娘、凡庸に出会う-3

 陰キャだのオタクだの表現される人間は良くも悪くも……いや、ほとんど悪い意味で変わらない人間達を指す言葉でもある。

 一度染みついた生活習慣をまるで変えられない。

 夕食が終わってすぐにネットゲームを起動するという行動は変えられないし、これからも変えられないと思う。


「……あ、ごめん!」


 はぁ、何度目のミスだよ。

 前衛の戦士ウォリアーが倒れた瞬間、俺のか弱い白魔術師ヒーラーも敵に蹂躙されてしまった。


『どうしたんつっきー? 疲れてるん?』


 通話モードのチャットアプリから、ほんわかとした女子の声には若干の苛立ちが混じっていた。

 相手の酒匂さかわ多江たえは俺がネットでナンパした……のではなく、嗣乃が中学二年の時に突然仲良くなった特級の腐女子だ。


「いや、まじでごめん。色々ありすぎて疲れた」

『んじゃ落ちようよ。みんな来なさそうだしねえ』

「うん、ごめん」

『いちいち謝らんでいいから』


 他の顔も住む場所も知らないチームメイトは誰一人としてゲームにログインすらしてくれなかった。

 酒匂多江とは同じオンラインゲームをやっているからか、今では誰よりもずっとよく話している。ほとんどゲーム通話越しだが。


『今日は一人なん?』

「最近はいつも一人だよ。部屋が狭いから助かるけど」


 少し前までは陽太郎が漫画を読んでいたり、嗣乃が快適なネットワーク速度を求めて居座ったりしているが、二人は今、陽太郎の部屋にいる。

 嗣乃がへばった陽太郎にマッサージを施しているんだろうが、そのままムラムラしてどうにかなってしまえ。


『ところでつっきーは部活決めたのかい?』

「嗣乃から聞いてなかったのかよ?」

『一応聞いたけどね。まぁ確認ってやつよ』


 多江は珍しいタイプのオタクだ。

 オンラインゲームを誰に誘われた訳でもなく自分一人で始め、オタにしては比較的高いコミュニケーション能力を駆使して自分一人で大人だらけのチームに所属していたのだ。俺には絶対不可能な芸当だ。


 中学時代はオタサーの姫と言われても仕方ないような状況だった。

 パソ部唯一の女子として君臨し、最後は部長を務めていた。

 ショートに切り揃えた髪とミニマムな体つきが庇護欲を掻き立てる。

 最近眼鏡をコンタクトにしてしまったのはマイナスポイントだが、俺達の業界イケてないグループでは不動の人気を誇っていた。


『んで、結局参加するん? 生徒自治委員会』

「するしかないだろ。このままじゃ部活難民だし。多江は?」


 気軽に下の名前を呼ぶのは多江自身に頼まれたからだ。

 酒の匂いと書く自分の名字が嫌いらしい。


『うーん……パソ部は無いよねぇ。あの部さ、学校の有害サイトブロックがザルだったからエロ動画ダウンロードしまくって売ってたんだって。アホだよねぇ』

「えぇ……今時頭悪すぎるだろ」

『ね。んで、自治会がお取り潰しに動いたらしいけど、結局ネット回線をぶった切ることで話がついたんだってさ。当事者はみんな出席停止処分受けて自主退学したんだって』

「なるほどなぁ」


 スポーツ部だったら新聞沙汰待ったなしだな。


『ところでよーちんはどうするの? 一緒に自治会?』

「え? 当たり前だろ。そもそもあいつが入ろうって言い出したんだし」


 なんで陽太郎の動向を気にするんだよ。


『あーそっか。つぐはサッカー部に入ろうとしてたしね。いやぁ、あの女子サッカー部は品性疑ったねぇ。あたしもつぐに自治会誘われてるんだけどさぁ、どうしようか迷ってんだよね』

「朝早いぞ?」


 多江は普段から時間ギリギリで来るタイプだ。趣味はゲーム、アニメ、漫画と来たら、夜更かしとは切っても切れない関係だ。


『体調悪いなら参加しなくていいんしょ?』


 さすがだ。

 サボれる情報はしっかりキャッチしていやがる。


『もしメールとか来てるなら転送してよ』

「は?」

『は? じゃないが。メールを転送してって。チャットにコピペは読みづらいし』


 もしかしてこいつ、気づいてないのか?


『……アドレス知らねえよ』

「あーそうか! 二年弱もメアド教えてないなんてひどいねぇ!」


 ちなみに電話番号も知らないんだけどな。

 部屋の隅っこに投げてあった俺の携帯が震えた。


『あたしはつぐから聞いてたんだよねぇ。今送ったよ』

「なんだよもう」


 ここは少しムッとしなくちゃいけないはずなのに、めちゃくちゃ嬉しい。


『そんなこと言っちゃってぇ。女子のメアドと電話番号ゲット出来て嬉しいんじゃねぇのん? あたしだって女子の端くれだよ?』


 見抜かれた。恥ずかしい。

 しかし、初ではない。もちろん嗣乃は対象外で。


「はっはっは! 残念ながら初じゃぁないんだな」

『えぇ!? つ、つっきー、みんなで付き添うからおまわりさんにほんとのこと話そ』


 分かりやすく俺のキャラを説明するな。

 未だに誰が広めたのかは分からないが、中学時代の俺には『スーパーハカー疑惑』がかけられていた。

 携帯番号とメールアドレスを知られれば最後、スマホの情報を抜き取る技術を持っている設定にされていたのだ。


『で、誰なん? どうせつぐの力を使ったんだろうけど誰?』


 嗣乃の力を使ったのは確かだが、聴いて驚け。


「それはな……」


 多江よ、聴いて驚け。


『もしかして金髪ちゃん!?』


 なんで! いちいち! 知ってるんだ! よ!


「あ、当たりだけど……なんで知ってんだよ?」

『やっぱりー! だってそっちの組のリストにもっそい長い名前の子いたからさ! どんな子だった?』

「え? まぁ、すげぇ暗い子だった。ノートと会話するくらい」

『おおー噂通り! うちのクラスに同じ中学の子がいたんだけど、両親が外人なまりが伝染ってるみたいでほとんど話そうとしないんだって。そんなの我々の業界じゃプラス要素にしかならないのにねぇ』

「いや、外人なまりなんてなかったぞ?」

『そうなん? んでつぐは自治会にナンパしたんでしょ?』

「したよ。多分入るんじゃねぇかな?」

『そっかぁ。あたしも腹を決めようかな。もうこの際だからさぁ、我々の業界にばっちり合うような組織に改造しちまわない? 「極上」って冠詞付けちゃおうぜ?』


 どんどん話が二転三転していく。

 ここに陽太郎や嗣乃がいてもお構い無しだ。よく付いていけないと呆れられるが、俺も多江も別段変だとは思っていない。


「あ、そうだ。あのでかい先輩からのメール転送するよ」

『おぉ? もしかしてつぐ以外の女子へ初メールじゃない?』


 なかなか良い煽りをしてくれるじゃねぇか。

 そして事実だよ。

 クリスティニア・フロンクロスとは転送機能でアドレス交換をしただけだ。


「ふん。伊達に非モテやってねえぜ」

『すまんねー。女子への初メールとしちゃぁ色気無くて』


 スマホ画面には旗沼先輩からの新しいメールが届いていた。


「あ、なんか直前連絡みたいなメール来てたわ」


『旗沼です。明日の新入生歓迎掃除会参加ご検討ありがとうございます。

 集合時間は6:50です。

 明日よりジャージ登校可になりますので、ジャージ登校をお勧めします。

 作業服をそのまま上に着ていただきます。

 着替えとタオルを持参してください。

 活動後はシャワー室が使用できます。』


 シャワーだと? 何をさせられるんだ。


『……うーん、いやに本格的だねぇ。しかもシャワーって。女子はどうすりゃいいんだよ。ポーチに全部詰めて持っていくのタルいなぁ』


 少しどきりとした。

 多江はなんというか、俺の中では男友達の延長のつもりだった。

 男女の仲になってみたいなんて思いは何度も抱いていなくもないが、心の底からその意味を理解できていなかった。


「俺はヘルメットの癖がなくなって助かるけど」


 ちょっと動揺した声になったが、すぐに普通の声を出せるのは俺の数少ない長所の一つだ。少なくともそのつもりだ。


『ヘルメットの跡くらい気にすんなし! あ、金髪ちゃんすっごい可愛い自転車乗ってるよね。つっきーが憧れてたドロップハンドルだよドロップハンドル。悔しいのう! 悔しいのう!』


 ぐぬぬ……確かに悔しかった。

 あ、そうだ。このメールはフロンクロスにも転送しないといけないんだった。

 鼓動が一気に速くなった。

 メールの転送なんて事務手続きだ。何を悩む必要があるんだよ。


 何も言葉を添えずにさっさと送信してしまえ。

 ふぅ、送信する程度でどうして疲れるんだ。


『おーいつっきー? そんな黙り込むほど悔しがってないでさぁ、仲良くなって試乗させてもらえばいいんじゃない? あたしはサドルをペロペロさせてもらうし』

「その姿写真撮って晒すぞ」

『まじで! あたしの人生もついに終了かぁ! せっかくだし一緒に畜生道に堕ちようぜ! インスタばえしちゃおうぜ!』

「しねぇよ!」


 俺は密かに『一緒に』という言葉にどきっとしていた。

 なんだこの気分は。


「ま、まぁ今日は寝るよ。十時就寝なんて最高に健康的だろ。五時起きだけど」

『おのれ男子! これから寝るまで女子は大変なんだっての。風呂もまだだし!』

「だんすぃーはこのまま布団と同化するわー!」

『クソが! おやすみ!』


 プツンという音と共に通話が切れた。

 今日の会話は楽しかった。酒匂多江はもうしばらく俺とこういう関係でいてくれるだろうか。

 お互い何かをしようとしている訳でもなし、きっとこんな関係が続くんだろう。


 変えたくないなら行動しない。

 キモヲタ認定されている人間はそれを守るだけでも日常を守れることに気づいたのは中三くらいの時だったか。

 明日はどんな一日になるか全く予想がつかないが、学校を楽しみと思えるのは初めてだ。


 はぁ。隣の席が多江だったら最高だったのに。

 いや待て。隣に恵まれなかったのはクリスティニア・フロンクロス氏の方であって俺ではないぞ。それをしっかり認識して生きろ。


 フロンクロスとの初めての接し方は間違ってなかったとは思う。

 嘘偽りなく、何の特徴もないサイクリング初心者の陰キャだと伝わったはずだ。

 うわ、俺の自尊心ズタズタ。


 でも、これでいいんだ。そもそも俺の周囲には陽太郎と嗣乃がいる。

 自分を良く見せる嘘なんて吐けやしないんだぞ。


 ありのままってのはとても楽だ。

 これからもこの状態は保たないと。

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