ヘソ曲がりとカップル未満と翻弄される少年と-4

 どうして交流会開催までかなり時間があるってのに、桐花と二人だけで大会議室のテーブルと椅子を並べ直さないといけないんだ。


「あの、桐花さん? そ、そろそろどうしたのか聞いていい?」

「……どうもしてない」


 なんだそりゃ。


「何か引っかかっていること言ってみろよ」

「……塔子先輩」


 やっぱりな。

 昨日今日と嫌なところを見られたな。


「条辺先輩がどうした?」

「な、何された? 顔、近かった」


 う……答えなきゃ駄目かな?


「……恐喝されたんだよ」


 あれだけもてあそばれるとさすがに腹立たしい。

 でも少しずつ気分が上向いてきた。

 桐花が言葉で質問してくれているだけなんだけど。


「山丹先輩と旗沼先輩については余計な手出しすんなって」


 桐花の目が丸くなった。


「旗沼先輩は多分、待ってるんだと思う」


 分からないって目をしているな。


「今すぐに旗沼先輩が山丹先輩に好きだって言っても、多分山丹先輩はその、断るっていうか、逃げると思う」


 絶対そんなことはそんなことないのに、と言いそうになったところで口を閉じた。

 知ったような口を利きすぎたらまた条辺先輩に脅されそうだ。


「それで、俺になんか言いたいことあるの?」

「……もうない」


 面倒だと思う反面、少し嬉しいとか思ってる俺も大概だ。

 なんで俺には魔術回路じゃなくて世話焼き回路が備わっているんだろう。


「戻ろうよ……どうした?」


 桐花が下を向いて口をぐっと引き結んでいる時は、言いたいことを言うべきか言わないべきか迷っている時だ。


「掃除したい」

「駄目に決まってるだろ」


 相変わらず言葉が足りない。

 交流会には出ず、掃除チームに加わりたいなんて駄目に決まっている。


 今日は清掃場所が多いのに制服でやる気か?

 ツナギに着替えれば良いのか……いや、そうじゃねぇ。


「お前以外誰が議事録書けるんだよ。頼り切ってて悪いんだけど」

「……湊先輩ができるもん」


 そうなんだけど、今日は駄目だ。


「今日の進行役は山丹先輩だろ」

「録音するもん」

「再生してテキストに起こしてたら日が暮れるぞ」

「今から風邪引く」


 まったく、構いたくてたまらなくなる。

 目の前にいるのが嗣乃だったら手刀を叩き込んで現実に引き戻すんだが。


「そんなに出たくない理由があるってなんだよ?」

「……足引っ張る」

「足引っ張ってるのは他校の連中だろ。この前のあいつ、なんだっけ? あの、そうだ宜野座だかいうのの議事録。あれ端的すぎて話にならねーぞ」

「ぎの」

「あ、ぎ、宜野ね!」


 やべぇ、ドミネーター持たせてどうすんだ。

 桐花がアニヲタじゃなくて良かった。


 あれから山丹先輩の一年生を参加させろという提案は批判を呼ぶかと思いきや、簡単に通ってしまったのだ。

 他校の生徒会はなんだかんだで山丹先輩の采配に対してあまり異議は申し立てなかったらしい。一体どういう心境の変化かは分からないんだが。


 その結果、二学期が始まって以降は一年生がちらほらと参加し始めていた。

 普段から興味のない相手の名前なんて覚える気なんぞ更々無いからスルーしていたんだが、出来の悪い書記の名前はすぐに覚えてしまった。

 元お嬢様学校初の男子生徒という肩書きも相まって。


「もしかして、知り合いが来るようになったとか?」


 だとしたらちょっときついな。

 俺も柄になく生徒会モドキなんて真似をしているのは、あまり他校に行った奴らに知られたくないし。


「……宜野」


 あれまぁ。

 まさか、いじめっ子だったりしないだろうな。

 いや、そうだとしたら山丹先輩がなんとかしてくれていそうだ。


「へ、へぇ。中学から?」

「……保育園から」


 ほぉ、幼馴染みですかそうですか。

 待てよ、『幼馴染んでない』のか。

 馴染んでない幼い頃からの知り合いってなんて言うんだ?


「会いたくないの?」


 桐花の首は上下にも左右にも動かなかった。

 口の動きは最初から期待していない。


「どう答えても怒らないけど」


 桐花の首が左右に振られた。


「分かったよ。山丹先輩に相談するから」

「ち! ちが!」


 何が違うんだよ。


「い、嫌なんじゃなくて……」

「気まずい?」

「あの高校……落ちたから」


 桐花は面接というハードルを越えられなかったがために、あの元お嬢様学校を不合格になって県立高校に入ったのだ。

 気まずいのは確かだ。

 でも、気まずい理由にはならないと思うんだが。


「いや、でもさ、うちのが偏差値高いだろ? あっちが滑り止めって言えばいいじゃねぇか」


 桐花の瞳孔が開いた。

 人間は目の前のことに気を取られすぎると、別の視点に気付けないことがある。我々コミュ障は特にその傾向が強い。

 常に他人の視線を気にしているので、恥ずかしいと感じる行動から逃げたくてたまらなくなってしまう。


「会議出ようよ」

「無理」


 言うと思ったよ。


「どうすれば出られる?」

「……嗣乃」


 なんだいきなり?


「嗣乃が一緒に出ればいいのか? いや、嗣乃は会議出るだろ」

「近くに座って欲しい」


 なんだ、そんなことか。


「頼めばいいだろそれくらい」


 嗣乃なら絶対桐花の隣に座ってくれるだろうが、何を言っているんだ。


「……お、お前やっぱり宜野座……宜野になんかされてないだろうな?」

「さ、されてない!」


 同じ書記を務めているならすぐ隣に宜野氏が座るのは分かるが、嗣乃に近くに欲しいというのは防護壁になれということだろう。


「分かった。とりあえず自治会室に戻ろう」


 桐花の足は止まったままだった。


「どうした? 少し休むか?」


 時間はたっぷりあるので問題はない。

 桐花が首を振ってから俺を見る。


「……質問」


 お、なんか久々だな。


「はい、桐花君」

「宜野のこと、嗣乃が、変な呼び方する」

「変な呼び方?」

「『庶民サンプル』って……何?」

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