第二十四話 卑屈少年と清廉少年、どちらも問題あり
卑屈少年と清廉少年、どちらも問題あり-1
朝からいきなり気疲れした。
先輩方から結構立ち入った話を聞いてしまうわ、桐花に引き摺られて会議室の配置換えをさせられるわ。
そんな俺の気分とは裏腹に、自治会室の空気はダラっとしていた。
ツナギの上半身をはだけさせ、Tシャツ一枚になった瀬野川が寝転がっていた。
学園祭模擬店の配置表のチェックという仕事をしているから咎める気はないんだが。
瀬野川の太ももを枕にしている条辺先輩も同じだった。
「掃除はどうしたんだよ?」
ちゃんと椅子に座って書類の処理をする白馬が振り向いた。
「やることなくなっちゃったんだよ。サンルームもバスケットコートもちゃんと掃除されてて」
なんとなく誰が何をしたかは分かった。ダンス部だ。
あのダンス部部長氏はずいぶん人望があるようだ。
条辺先輩へ愛の空回りが同情を誘っているのかもしれないけれど。
「さ、みんな立って! バス来たよ!」
山丹先輩は何を言っているんだ、バスが来るからって。
他の自治会員の集合時間はもう少し先のはずだし、学校交流会はもっと後だ。
「ほら、安佐手君出迎えて!」
「は、はい?」
他校の生徒がこちらへ近づいてきていた。
そりゃそうか。うちで交流会やるんだし。
あ、やばい。
「し、白馬! 俺まだジャージとポロシャツなんだけど!?」
制服はバッグの中だ。
「ぼ、僕もこんなに早く来るって今知ったんだよ! ツナギよりはいいでしょう? 仁那ちゃんとペアルックみたいになっちゃってるし!」
何のろけていやがるんだ。
うちは選ばれし生徒会とは違う野良仕事委員会だ。
他校の集団はずいぶんゆっくり歩いているらしく、なかなか近付いて来なかった。
だが、先頭を見た瞬間。
「「え……?」」
思わず白馬とハモってしまった。
元お嬢様、現セレブ共学学校の制服だ。セーラーの黒い襟以外はすべて濃い緑色。
清涼感をまるで感じさせない夏服だった。
「うっわ、オッパイでか!」
いつの間にか、瀬野川が隣に立っていた。
どうしようもない感想を漏らしながら。
「声を抑えろよ!」
確かに、セーラー服の上部が不自然なくらい前にせり出している。
腕に黒い日焼け防止アームカバーを装着しているからか、清涼感が輪をかけてなかった。
そんなことよりも、その人物の醸し出す大人の美しさに目を奪われた。
ほっそりとした顔に、高い鼻。
大きな瞳の下に、少し膨らんだ涙袋にぷっくりとした唇。
目を見張るほど美しい。
でも、顔全体はちぐはぐだった。
首が隠れるくらいのセミショートヘアに、一房だけの三つ編み。
そして、紅色のアンダーリムの眼鏡。
普段はそのヘアスタイルで、色違いの全く同じモデルを愛用する人物を俺も白馬も知っている。
俺のようにファッション云々に一切造詣のない人間が見ても、この人のヘアスタイルと眼鏡はまるで似合っていないことは分かった。
その人物はゆっくりとした足取りで瀬野川へと近づき、うやうやしく礼をした。
「あの……一年委員長はこっちの安佐手ですけど?」
「あ、あら、失礼しました! 思わず可愛い女の子に目を奪われてしまいました」
違う。
瀬野川を見て、人の上に立つタイプの人間だと見抜いたんだ。
「あらためまして、生徒会長の笹井本です」
笹井本?
まあ、同じ名字のダンス部部長氏の兄弟ってことはなさそうだ。
全く似ている要素がない。
「あ、安佐手です」
「あら、そちらの見目麗しい殿方は……?」
え? 何この人?
早速白馬を完全にやばい目で見てるぞ。
「あ、あの、し、白馬と申します」
思わず白馬も頭を垂れる。
生徒会長氏の後ろの女子達が色めき立った。
「なっち! ちょっと
『
というか化粧を左官と言うなよ。
「ちょっと、仁那ちゃん失礼だよ! みんなに挨拶してから!」
白馬は色々喚いていたが、そのままずるずると体育館の方へと引き摺られていってしまった。
「あ、あの、自治会さんは|壁塗りまでするのですか……?」
「え? し、しません! あの、化粧という意味だと思います」
なんで俺が瀬野川のスラングを説明しないといかんのだ。
それよりも、一人だけ後ろに立つ男が気になった。
顔は相当良いな。
黒縁の眼鏡はかなり度が入ってそうだ。
髪の毛は長めだが、ちゃんと整っている。
恐らく嗣乃が『庶民サンプル』と評した宜野とやらはこいつだろう。
「安佐手委員長、おはようございます。
柔らかいが、しっかり腹から出ていて通る声だ。
「あ、安佐手です。えと、同じ一年だから、そんなに、その」
「あら、またそんなこと言ってぇ。私が任命したから正式な生徒会メンバーですよ?」
変なタイミングで生徒会長氏が割って入ってきた。
会話したくないと俺の本能が騒いでしまう。
得体の知れない他校生って怖い。
「すみません、どうやら正式な生徒会メンバーのようでした」
「そ、そう、ですか」
それにしても、男なのにセーラー服とは。
笹井本会長氏の着ている制服とほぼ同じだが、セーラー襟はやや小ぶりになっていて、スカーフが若干ネクタイ風にまとまっていた。
そして下はグレーのパンツ。
うん、心の底から言える。ダッセェ。
「もしかして、制服気になります?」
あら、バレた。
「え? あ、うん、うち夏服はただのワイシャツだけなんで……」
その制服よりは数百倍マシでございますぅ!
制服なんざどうでも良い。顔面偏差値高い奴は皆俺の敵だ。
「早く入って来て!」
山丹先輩に促されるままに自治会室に入ろうとしたが、生徒会長氏はゆったりとした足取りはやたら鈍かった。
マイペースな人なんだろうか。
「ほらトッティ会長、段差気をつけて」
スローモーな会長を気遣っているのか、女子生徒が手を貸していた。
なんだかぎこちないな。
怪我か病気かもしれない。
「いやぁ、いつも済まないねぇキヌエさん」
「おばあちゃん孫に勝手な名前つけないでよ」
「トッティとか勝手に呼んでいるのはどこのどいつかねぇ?」
何だそのショートコントは。
それにしても『トッティ会長』って。松でいうところの末っ子派か。
ところ構わずこっち側の人間っているんだなぁ。
「はぁ……どっこいしょぉい」
生徒会長氏は変なかけ声と共にパイプ椅子に座り込んだ。
「始めて他校に入りますけど、自治会室はバス停に近くて良いですねぇ。トイレが近かったらもっといいのに」
ボケボケした人だな。
トイレが遠いことを知っているのに来たことがないってどういう意味だ。
手早く互いの自己紹介を終え、俺と白馬は学校交流会の新参として説明を受ける立場になった。
しかし、なんで他校生に引継を任せるんだろう。
指示した山丹先輩がたまに分からないな。
「うわぁ、白馬君間近で見ると格好いいですねぇ。お触りしてもいいですかぁ?」
「あ、あの、触ってから言わないでください」
既に長机越しに両手で頬を包まれている白馬が戸惑っていた。
そろそろ瀬野川が爆発するかな……なんてことはない。
瀬野川は彼氏を助け出すどころか、ドヤ顔でその光景を眺めていた。
「あ、あの、うちの会長が申し訳ありません」
「いや、敬語はいいから」
横柄な言葉を吐いてしまった。
白馬の前には超弩級美人生徒会長氏なのに、俺の前にはクソ議事録で全員を混乱に巻き込んでくれたイケメン野郎って。どんな理不尽だ。
「あ、あの、瀬野川さんと白馬さんはお付き合いしてるんです……だよね? なんで怒らないのかなって……?」
色事に興味津々でございますな。
「白馬が他の女と遊ぶ下衆野郎になったら、それはそれで興奮するとかいう頭おかしい女だからだよ」
本当にやられたら泣き叫ぶんだろうけどな。
先ほども複数の女子に群がられて焦っていたし。
「え……?」
まずい、吐き捨てるように言ってしまった。
絶賛コミュ賛発症中だ。
こんな話するのはもう少し打ち解けてからだろうが。
「あ、ごめん、脇道それた。続きお願い」
話題を元に戻さないと。
「は、はい、まずは交流会の進め方をご案内します」
若干内向的な面が見え隠れしているが、人当たりが柔らかくて話しやすい奴だ。
敬語は気になるが、仕方あるまい。
だが安心できたのも束の間、宜野が開いたノートパソコンの画面は真っ赤な文字で埋まっていた。
山丹先輩謹製の未決定事項リストだ。
合同企画が決まったが、他の事項の進行はまるでないらしい。
「おーい仁那」
「んー?」
条辺先輩が瀬野川を呼びつけた。
「巻きグソ」
条辺先輩は客がいてもこれか。
独自のアルゴリズムで超高圧縮された条辺先輩の言葉を展開すると、
『部活倉庫の掃除を手伝いに行く時間だから、髪の毛を頭の上で団子にしてくれ』
という意味だ。
「ああ、もうか。はーい」
瀬野川がポーチの中からブラシやらゴムやらを取り出した。
案の定、宜野と他の女子は驚いた顔をしていた。
条辺先輩を注意してくれる山丹先輩も旗沼先輩もいないかった。
いつの間にか桐花もいなかった。
「あぁー私がやります!」
え? 会長氏は巻きグソがどういう意味か知ってるの?
女子高生には一般的? んな訳ないよな?
「は、はぁ……ど、どうぞ」
案の定、瀬野川も唖然としていた。
「はぁ? 手早くやってくんないと困るんだけど」
条辺先輩は随分偉そうだ。
さも当然という顔でパイプ椅子に座った会長氏の前にあぐらをかいた。
スローな動きとは裏腹に、雑な三つ編みが解かれた条辺先輩の髪が、すいすいと頭の上に巻かれていく。
「ああもう! マイペースでごめんなさい」
宜野が謝ることじゃないんだが。
会長氏と条辺先輩は同じ中学出身なのかもしれないし。
「はい、できた!」
「ん、さんきゅ」
条辺先輩は一言おざなりな感謝を言っただけで、瀬野川と一緒に出て行ってしまった。素っ気ないなぁ。
「あら? なにか私変なことしました……?」
やっと皆の視線に気付いたか。
ふーむ。条辺先輩とは前からの知り合いって線で間違ってないだろう。
「あ、安佐手……君?」
おっと、気を取られすぎた。
「あ、ああ、ごめん。ええと、呼び捨てでいいから」
「あ、すみません、安佐手……君?」
「あははぁ、お見合いみたいですねぇ」
黙れ腐女子と突っ込みたい。
でも初対面では流石に無理だ。
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