ヘソ曲がりとカップル未満と翻弄される少年と-3
「なんだ湊か。体調はどう?」
「お、おはようございます」
入ってきた山丹先輩は挨拶を返すこともなく、今日の交流会の準備を始めてしまった。
でも、ちらちらとこちらの様子を伺っていた。
「湊、事後承諾になるけど、安佐手君には話しても良いよね? それとも続きを話すかい?」
旗沼先輩は途中から山丹先輩を『湊』と呼んでしまっていることに気づいているんだろうかね?
学園ドラマに巻き込まれたみたいでゾクゾクしちゃう。
「窓開いてるから聞こえてたわよ。話さないって選択肢はないの?」
「いえ、話したくないなら、その」
今日は血色が良い山丹先輩がにっこり笑った。
あれ? なんだかいつもと違うな。
「な、なんか今日は爽やかですね」
「そうねぇ、普段から爽やかさとは無縁だし」
「そういう意味じゃないですよ」
今日の山丹先輩はやたらおしゃれな細いフレームの眼鏡に変わり、一房だけの三つ編みもなかった。
後ろ髪をヘアクリップで逆立てるようにして後頭部に止めるというシンプルなヘアスタイルになっていた。
「い、いえ、すごくいいです」
正直な感想を述べてしまった。
「でしょ? 多江と一緒に眼鏡作ったんだ。こんなんでも少しくらいオサレしたっていいでしょ?」
存分にしてください。
破壊力が高過ぎて目眩がするけど。
「うん、よく似合ってるよ」
「心にもないこと言わないで」
小さく溜息を吐いてから、旗沼先輩は続ける。
「可愛いから可愛いって言って何が悪いの? 痛いって。褒めてるのに」
恥ずかしいのか山丹先輩が旗沼先輩の前に立ちはだかり、その腕に拳を叩き込んでいた。その動作すら可愛かった。
旗沼先輩ってどこまでパラメータ高いんだよ。
歯の浮くような台詞簡単に言うわ、包容力はカンストしてるわ。
「次からかったら顔殴るからね!」
どこを殴っても効かないと思うけど。
「……で、月人君は私とダメ子の話なんて聞きたいの? ダメ子の相手してくれてて助かるから、話せる限りは話すけど」
「は、はい……僕が心配することじゃないとは思うんですけど、一応僕が蒔いた種なんで」
あんなに全力で条辺先輩を叩いても一緒に帰るなんて、まるで姉妹だ。
山丹先輩と条辺先輩はかなり不思議な関係にありそうだ。
「ダメ子に絡まれたのは月人君のせいじゃないと思うけど……まぁ、あの時は一緒にダンスの練習してたら急に喘息の発作が出ちゃって、りっくんのところへ連れて行ってって言っちゃったんだっけ。あまり覚えてないんだけど」
話してくれるのか。
いつかと同様、『りっくん』と呼んでいる。
「でね、ダメ子が自治会室まで連れて行ってくれたんだけど……すごく恥ずかしくなっちゃって。ダメ子を自治会へ引き入れるために誘導したってことにしたの」
「そ、それに条辺先輩も乗ってくれたんですか?」
苦笑いだった山丹先輩の表情が少しふくれっ面になった。
「あんまり察しがいいと嫌いになるよ? そもそも私友達いなかったから、りっくんしか頼れなかったんだもん」
「て、てことは……旗沼先輩とは友達よりも上の関係……?」
言ってから気が付いた。
なんて質問をしているんだ俺は。
「そ、そんな話まで知ってるの? だってその、院内学級と特学にずっと通ってたんだよ? 中三の半ばで学校戻っても腫れ物扱いでさ。相手にしてくれたのなんて学級委員のりっくんだけだったから、なんか勘違いしちゃうっていうか……どうしてそんな話までするのよ!」
あらら、すごい事実を。
えらい早口でまくし立てるもんだから、ストップとも言えなかった。
「いや、その話はまだ一切聞いてないですけど」
やっと口が挟めた。
「え!? なななんで止めないの!?」
「湊が自分で話したのに」
余裕の笑みを浮かべる旗沼先輩に向かって怒鳴るが、もう遅い。
俺中三の頃何してたっけ?
推薦通したるわって先生に言われて引きこもってたなぁ。
念のため受験勉強はしたけど。予習を兼ねて学園モノの泣きゲーをやりながら。
「あ、あのね、月人君! 落ち着いて聞いて! あの、その、好きっていうのは、過去形だから……いや、現在形なんだけど……わああ! うわああ!」
頭抱える山丹先輩が可愛すぎてやばいんだが。
「どーーん!」
「うひぃ!」
いきなり自分の真横に着地されて思わず声を上げてしまった。
入ってきたのは条辺先輩だった。しかも窓から。
「へいつっきー」
俺を呼びながら靴を玄関にポイと放る。
ちゃんと下駄箱に入れて欲しいんだけど。
「な、なんですか?」
「新しい挨拶流行らせたいから協力しろ。どーん!」
「しませんよ! 空気を読ん……」
いや、この場の空気を読んだ上で馬鹿発言しているのかもしれないな。
「あ? 空気? どうしたのこいつら? ていうかアタシ窓から入ってきたんだけど? 誰も突っ込んでくんないの?」
あ、全然空気読んでなかった。
「だ、だって! 発作が出た時にシャツのボタン開けてもらったりは恥ずかしくて! だ、ダメ子だったら……って、あの、自分勝手なことばっかり考えてて、あああ!」
「あん? 何いってんの? 喘息の話? アタシも小さい頃喘息持ちでさー! 湊の気持ち超分かるんだよね。あーでもコイツ沼っちのところ連れてけって言ってねーよ?」
なんだ、そのくだりからしっかり聞いてたのかよ。
「こいつさ、『りっくん助けてぇー!』って言ったんだぜぇ!」
「うわああ!」
立ち上がって条辺先輩に向かって両手を振り回すが全く当たらない。
「ほら、そろそろ落ち着いて」
旗沼先輩の丸太のような腕が山丹先輩の体に回された。サイズ感がまるで大人と子供だな。
山丹先輩の踵浮いちゃってるし。
「イチャつくなようっぜーな! つっきー相手しろよ」
「イヤです」
すっと条辺先輩が近寄ってきた。
俺のこめかみに指紋だらけのダテ眼鏡が当たった。
「な、なんですか?」
「アタシがなんで自治会にいるか不思議か?」
「え? は、はい」
「ほっとけねーだろ。こんな奴ら」
心臓に悪いから突然落ち着いた声色で耳打ちしないで欲しいな。
条辺先輩が一人でダンスを続けず、自治会を選んだのはこの一言に尽きるのかもしれない。
山丹先輩が大事なんだ。
どうして条辺先輩が道化を演じているかは知らないが、山丹先輩は条辺先輩に粘り強く接した。
しかし、山丹先輩と旗沼先輩の甘ったるい空気に飲まれて忘れていたが、あの部活・委員会オリエンテーションで条辺先輩は旗沼先輩にあのお嬢様学校に彼女がいると言っていたような。
いや、忘れよう。冗談かもしれないし。
「コイツらってほんとバカっていうかヴァーカ! って感じなんだぜ? 沼っちなんて湊のために柔道部辞めたんだぜ? クソヘタレ!」
「や、やめてよダメ子!」
「そんなことで柔道部を辞めたりしないよ」
「そんなことあるだろがヴァーカ!」
条辺先輩の容赦ない口撃が続く。
「コイツ柔道から理由で逃げてよ、しかもその逃げた先は振られた女の都合のいい男になることとかさ! もうほんとバーカバーカ!」
本当にこの先輩は軽薄なフリをするのが上手い人だ。
条辺先輩が浮かべていた表情を簡単に表現すれば、困惑だった。
しかし、振られたって何だ。
山丹先輩が旗沼先輩を振ったってことか?
「あ、あの、さ、さっき、旗沼先輩のことまだ、す、好きなのに、振ったってどういう……」
混乱してまともに言葉が出てこない。
「さすがつっきー! そこに気付くとは!」
「だ、誰でも気付きますよ!」
「そこの今抱っこされて悦に浸ってる馬鹿女はねー、」
「ダメ子! お願い! やめて!」
気配を感じて窓側を見ると、明らかに誰かがいた。
入るタイミングを逸した白馬と瀬野川だ。二人して自治会の作業用ツナギなんて着やがって。
「沼っちに告ってソッコー自分から振ったんだぜ? バカっしょ? 大馬鹿!」
「いやああ! ゲホッ!」
まるでお父さんに押さえつけられたこどもみたいにじたばた暴れている。
ものすごく可愛い人だ。
「湊、落ち着いて! 条辺さんもそのくらいにしよう!」
なるほど。
俺には山丹先輩の気持ちが痛いほど分かってしまう。
「つっきーの思ってる通りだぜ。言うだけ言って聞いてくれてありがとうサヨナラ! 返事はいらないですぅーだって! 馬鹿だなぁ!」
「ぎゃあああああ! ゲホッゲホッ!」
山丹先輩が好きになった相手は学校で一、二を争う大男だ。
しかもその相手も憎からず思ってくれている。
でも、山丹先輩の自己評価では旗沼先輩に良い返事はもらえないと頭から思い込んでいた。
だけど、それを告げなくちゃならない程想いは強かった。
そして、そんな告白をしてしまった自分を許せない。
そんなところだろうな。
「うひぃ!」
耳に生ぬるい感触がした。
「み、耳舐めないでくださいよ!」
「耳くそホジってやったんだよ感謝しろ。きれいになった耳で聴けや、それと外の奴らにも伝えとけ」
条辺先輩の顔がほぼ一センチくらいの場所にまで近づいて来た。
「おいつっきーよぉ、アタシにはすんげぇ許せないことが一つだけあんだわ。この二人によけーなことしてくれる糞がいたらブチ殺す。何があっても、ブチ殺す」
条辺先輩がすっと息を吸い込む音が聞こえた。
「アンタはアタシ達の間にあのダンスモドキしかできねー外患を誘致したんだからよぉ、本来は死刑であるべきなんだよ。でもアタシも湊も沼っちもアンタのこと大好きだから許してやるわ……あいたぁ!」
「死刑はあんたよバカダメ子!」
旗沼先輩がわざと山丹先輩を放したらしい。
山丹先輩が条辺先輩の後頭部を思い切り叩いたのが見えた。
条辺先輩と山丹先輩が怒鳴り合っている中、俺はただ呆然とするしかなかった。殴られた条辺先輩の頭が俺の方に押し付けられた訳で。
条辺先輩の前歯が鼻の直ぐ下の人中に刺さった訳で。
正しくは人中の更に下の部分なんだけど……人中に当たったことにしておきたい。
というか、山丹先輩と旗沼先輩の間にダンス部部長氏は関係なくないか?
明らかに俺に恐喝したかっただけだろ?
「あ、こら! 桐花!」
瀬野川?
今桐花と言った? なんでこんな時間に? いや、そもそもなんでこの時間にどうして集合しているんだ。
「い、椅子が足りない!」
声でか! 今日は制服姿か。
そりゃそうだよな。交流会だし。
「まま、まさかみんな聴いて……!? ゲホッゲホ!」
瀬野川も白馬もいることに気付いてるよね。山丹先輩大丈夫かな?
「大丈夫! 聴いてませんよっ!」
桐花の後から入ってきた瀬野川が、ものすごい笑顔で大嘘を吐いた。
「へ!? だ、だって……!」
「聴いてません。信じてください」
右手を胸に当てて恭しく礼をしつつ言う。宝塚か。
「……そ、そこまで正面切って嘘吐かれたら怒る気も失せるわ……」
「まじ? やった! 三年校舎裏の掃除行ってきまーす!」
瀬野川の態度に毒気を抜かれたのか、山丹先輩の呼吸は落ち着き始めていた。
「さ、さぁ、みんな仕事しましょう」
山丹先輩が自分の気持ちを立て直そうとするようにパンパンと手を叩いた。
ああ、なんだろうこの和やかな空気。ずっと浸っていたい。
そう思ったのに、俺の腕には人間の手の形をした万力が引っかかっていた。
「な、なんだよ?」
「椅子!」
「だから椅子をどうすんだよ!? いだだだだ! 腕! 砕ける!」
「来て!」
「あだだだ! 行くから! 離して!」
くそ、全員ゲラゲラ笑いやがって。桐花の『
ん? なんか気分良いな。俺しか知らないなんて。
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