一年委員長に降り注ぐ二発の拳-4
「条辺先輩、質問には答えてください。どうしてですか?」
「あとでねー。あっちぃなぁ今日も」
条辺先輩は学校指定ワイシャツの上から自治会ポロシャツを着ていた。
それだけ着込んでいれば暑いだろう。
条辺先輩は何故か、校門の外へ出てしまった。
道路は学校を囲むように敷かれているので、三年校舎の裏にある北門から入ることはできる。
大幅な遠回りだが。
「聞いてよ二人とも! ていうか聞け!」
突然いつもの条辺先輩に戻った。
「ダン部マジででぇっ嫌えだから難癖つけて潰そうぜ!」
言うに事欠いて何言ってんだ。
「私怨で人をぶん殴らないでくださいよ」
「そんなこと言うなよー! つっきーの犠牲は無駄にしないってー!」
「抱きつかないでください!」
自分より背が高い条辺先輩に抱きつかれるのは惨めさ倍増だ。
俺は白馬とは違って小さな美少年ではなくてちんまい不細工なんだよ。
「えー? 何言ってんのよぅ。当たってるじゃなくて当ててるのよぅ」
定番のエロ台詞吐かれるのはちょっと嬉しいけど、条辺先輩は微妙に隙間を作っていて当てていない。
「はぁ、安佐手君得したね」
白馬も毒気を抜かれたか。
しかし、美人の彼女持ちが何言ってんだクソが。
「な、なんでダン部が嫌いですか? あと歩きにくいから離してください」
「えーやだー! 恋人歩き楽しくなーい?」
心底楽しくない。
「せめて真っ直ぐ歩いてくださいよ」
「うほほ! 照れるなよ!」
辟易してるだけだっての。
「やっぱりブスの方がモテるってホントなのな! アタシ得してるなー!」
「ふぅん、条辺先輩はずいぶん贅沢ですね」
女に間違われる美少年がふてくされていた。
羨ましい。俺もそんな贅沢な理由でふてくされたい。
「はあ!? チ○コついててそんなに美人なのにそれ以上何が必要なんだよ彼女クソ可愛いしよお! ところでもう行き着くところまで行った? 言えYO! 素直に言えYO!」
「なな何言ってるんですか!」
白馬は瀬野川との間柄について弄られると、途端に機嫌が良くなってしまう。
条辺先輩はそれを分かって言っている。
「条辺! わざわざすまん」
北側の校門前にさしかかったところで、ワイルド系のお兄さんに声をかけられた。
「何? 行き着くところって表現が婉曲過ぎた? 白馬なっちゃんは性器って言葉分かる?」
タンクトップを着た細マッチョなお兄さんは、条辺先輩に無視されて困理果てていた。
「先輩呼び止められてますって。あと抱きつかないでください!」
「は? アタシつっきーと違って妖精とか見えねぇタチだしぃ」
妖精見えないタチってなんだ。
「条辺先輩! 創作ダンス部の部長さんですよ!」
おお、この人が部長さんか。
優しそうな人で良かった。
「はぁ? アタシの視界には入んねーわ。早く物干し場の前の写真撮って帰るぞ」
「……条辺、頼むよ」
あ、部長さん傷ついてる。
見た目ワイルド系なのに、捨てられた子犬みたいな目をしていた。
「あぁん? 幻聴が聞こえるんだけど? ダン部うぜーから部長とやらのタマ握り潰して苦しんでる姿を動画に撮って拡散して広告収入稼ぎたいんだけど!」
早口でなんてことを。
一体どんな落ち度があってここまで言われなくちゃならないんだ、部長氏は。
「ま、丸出ダメ子!」
ええ!? 部長さん何その呼び方。
「あぁ、いたの?」
認識するんだそれで。
「こんな呼び方させないでくれよ」
へたれた声を出す部長さんに連れられて北門をくぐった瞬間、俺も白馬も目を疑った。
なんだろう、この光景。
男女十数名の集団が、両腕を前に突き出して中腰姿勢を取っていた。
それがどれほどきついことか、全員の表情からうかがい知ることができた。
変な柄のタンクトップやらTシャツやらを着ているから、この人達が創作ダンス部の部員達なんだろうということは分かる。
まだ使用許可は出ていないから、使って欲しくないんだが。
創作ダンスって海やら川やら大雑把なテーマをそれを踊りで表現するみたいなのじゃなかったっけか?
どう見ても普通のダンス部なんだが。
「わざわざ来てくれてありがとう。部活動統括の白馬君と、それから君は?」
「あ、安佐手です」
「一年委員長の名前と顔を知らないクソ部長のせいでこの部は廃部ぅ!」
「条辺先輩!」
きつい姿勢を維持している集団は一年生だけのようだ。
二、三年生と思われる先輩達が一人一人マークしていて、少しでも腰が上がろうものなら頭をぐいっと押さえ込んでいた。
うちのクラスのチャラ男君は、その集団の一番前で中腰になっていた。
「ぶ、部長さん、まだ学校から使用許可が出ていないので、後にしてもらえませんか?」
戸惑いながらも白馬が
「連帯責任によるペナルティーなので練習ではありません。ここへは一同で自治会さんへ謝罪しに参りました」
この人多分三年生だぞ。
一年生の白馬に敬語って、徹底してるなぁ。
「オイ、ウジ虫! 久しぶりに連絡よこしたと思えばなーにがペナルティだコラ。なんでてめぇがやんねーんだバーカ! 早くやれ!」
「条……ダメ子、分かったよ」
うわ、素直に一年生と同じ姿勢とったよ部長氏。
「せ、先輩、一年はもう勘弁してやってください」
部長氏、優しいな。
というか、従順だな。
「いいだろう。おい一年生! クイズ出してやる。正解したら昼飯だ」
突然三年生と思われる人が大きな声で宣言した。
「「はい!」」
うひぃ!
返事が体育会系で怖い。
「生徒自治委員会とはー?」
「「本校の最高機関です!」」
初っ端から違うよ。
最高機関は教職員の皆様だよ。
「生徒自治委員会への要望はー?」
「「申請書を各担当者に提出します!」」
「誰の許可が必要だー?」
「「部長と副部長両名、及び顧問です!」」
これは正しい。
チャラ男君、分かったかな。すげぇ怯えた目でこっちを見られている。
俺は権力を傘に君を脅したりしないから安心してね。必要に駆られない限りね。
「生徒自治委員会からのお言葉にはー?」
「「必ず従うこと!」」
いや、ちゃんと異議は唱えて欲しい。
あらかじめ答えが用意されているんだな、このクイズ。
「構え、解けぇ!」
ダンス部なのに軍隊式だな。
一年生全員が地面に崩れ落ちた。
「起立! 生徒自治委員会の皆様へ礼!」
「「申し訳ございませんでした!」」
謝罪を受けるようなことは何も無いんだけど!
「俺達からも謝罪する。申し訳ない」
三年のいかつい先輩にも頭を下げられる。
「え、あ、え、は、はい……」
怖い。ちびる。心臓麻痺で死ぬ。
「あぐぁっ!」
白馬が俺の頭を掴んでぐいっと下げた。
「こちらこそ、周知の徹底が不足しておりました!」
白馬さんこんな時も冷静でイケメン……!
「昼休憩取ってよし!」
一年生達がふらふらと昇降口へ吸い込まれていく。
まさか、昼休み開始からずっとあの姿勢を取らされていたのか?
「あー皆さんはもういいっすよ。飯でも食いに行ってください」
条辺先輩が三年生相手に手をひらひらさせながら言う。
怖いものなしかこの人?
「後輩の教育なってねーな」
「うぐお!」
部長氏の頭を押さえつけて中腰を深くさせる。これはきついぞ。
「説明しろやこの顛末」
どうやら、俺に凄んでいるチャラ男君は別の一年生部員に目撃されていたらしい。
しかし、それも多少誤解があった。
どうもチャラ男君はか弱そうな桐花にインネンをつけていると思われたらしい。
内気な金髪少女に凄んでいたクソ野郎と解釈され、連帯責任となったそうだ。
連帯責任なんて理不尽なことをして憎しみを連鎖させるのはどうかと思うなぁ。
「ぷっくくっ! 桐花にインネンつけてると思われたって! つっきーの存在が認識されてねぇとか! ぶひゃひゃひゃ!」
条辺先輩シドイ。
「さ、されてないことはない! だからダメ子にアメリカ人の子と一年委員長に絡んだ後輩がいると言ったんじゃないか!」
なるほど、まだ俺の名前と顔が一致していなかったのか。
「だから腰が高えっつってんだろハゲ!」
「ぐぅぅぅ!!」
条辺先輩が部長氏の頭を下へと押す度に、部長氏が苦悶の声を上げる。
「さぁ、お前の罪の数えろ」
え? 条辺先輩ニチアサ好きなのかな?
「テメーが一年の時に犯した罪は忘れねぇぞ? アタシに告って来た癖によぅ、学祭の出し物アタシの案に反対しやがって! 賛成したら付き合うくれぇしてやったのに馬鹿だなぁ!?」
すごいキーワードぶちかましてるぞ。
「それからよぉ、桐花はアメリカ人じゃねぇ。日本人なんだよ訂正しろクソハゲ!」
「分かった、訂正する!」
条辺先輩が俺と白馬の方を見てニヤーっと笑う。
もしかして、出し物に何を提案したか質問して欲しいのか?
「……何を提案したんですか?」
白馬が仕方無さそうに質問した。
「キャバクラ!」
「部長さん構え解いてください。白馬!」
白馬と二人、条辺先輩を羽交い締めにする。
「何すんだよテメーら! コイツの後輩への教育がなってねーからこうなってんだろ!」
「うちも先輩への教育がなってねーからお互い様でしょ!」
「それもそっかぁ!」
はぁ、やっと暴れるのをやめてくれた。
「あ、安佐手君、たまにすごいことを言うね」
「伊達にストレスのはけ口にされてねぇよ」
朝から絡まれるわ殴られるわ、二学期が嫌いになりそう。
「部長さん、後でこの場所の使用を検討してください」
「何言ってんだゴラァ!」
白馬の発言に逆上した条辺先輩がまた暴れ始める。
「なんでこいつのために二度手間踏まなきゃいけねーんだよ!」
言いたい放題だな。
「部長さんすいません、条辺先輩は二度と同席させませんから」
「つっきーアタシのことないがしろにするのか!? センパイだぞー!」
「条辺先輩だから特別にないがしろにするんです」
「そーゆーことかぁ! できた後輩だなぁ!」
白馬は盛大にため息を吐いていた。
段々分かってきたな。
条辺先輩の行動動機は悪ふざけが大半だ。
「帰りますよ、特別な先輩」
「ま、待ってくれ! だ、ダメ子……いや、塔子!」
部長氏が何か余計なことを口走りそうだ。
二度目の告白なんて三次元じゃ流行らなそうなことしないだろうな?
「あんだよ? てめえ馴れ馴れしく人の名前呼んでいいと思ってんのかゴミ虫!」
条辺先輩も察したらしい。
突き放して言葉を継げないようにしている。
頼むからもう黙ってくれよ部長さん。
「塔子、俺、やっぱりお前のことが……」
馬鹿じゃないのか、この人。
そう思った瞬間、何故か俺は条辺先輩と部長氏の間に体を滑り込ませていた。
条辺先輩が左足を踏み込み、右腕をムチのようにしならせたからだ。
「ぐっ!」
遠慮会釈のない本気の拳が、ガードのつもりで顔を覆った俺の腕に叩き込まれた。
なんとか体勢を立て直して条辺先輩に掴みかかる。
「つ、つっきー! 何してんだよ!」
白馬も加勢して、なんとか条辺先輩を止める。
「離せ! 一発ぶん殴らせろ!」
「や、山丹先輩に言いますよ!」
やっと俺の口が動いてくれた。
条辺先輩の抵抗が少し弱まった。
「汚ねーぞつっきーのくせに! 約束破ったのはこいつだぞ!」
「と、塔子……俺は」
「部長さん、今日は仕切り直しましょう。また後日伺います」
白馬が棘まみれの声で部長氏に告げた。
「あ、あぁ」
どんな顛末があったかは知らないが、ダンス部部長氏は善かれと思って余計なことをする人だ。
相手にもっと尽くしたいばかりにもっと何かをしなくちゃいけないと空回りする人なのか、単に自分の事しか考えていないのか分からないが。
条辺先輩をここまで怒らせるとは、なかなか問題ありそうな人物だ。
新学期から先が思いやられることばかり起きるなぁ。
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