一年委員長に降り注ぐ二発の拳-5
ダンス部と遊んでいる間に、他のメンバーは皆仕事に散ってしまっていた。
なのに、俺は山丹先輩の言いつけで残らされてしまった。
「月人君、さっき
「ささいもと……誰ですか?」
山丹先輩が溜息を吐いた。
「創作ダンス部の部長よ。ダメ子は何を教えたんだか」
ちなみに条辺先輩は山丹先輩の逆鱗に触れたので、水入りバケツ二つを両手にぶら下げて自治会室前に立たされている。
この炎天下では持ってあと二、三分だろう。
「なんか、条辺先輩が好きらしいですね」
「え? そんな話までしておいて名前は聞かなかったの? ダン部は部員数がそこそこ多くて大会も八月で終わるから、学園祭の手伝いをたくさんしてくれるのよ。覚えておいてね」
「あ、はい」
なるほどな。
ああいう人達ってお祭りが好きなのかな。
「だああ! 無理!」
汗だくの条辺先輩が自治会室に戻ってきた。
「どうせ馬鹿の話してんだろ! カスの!」
「馬鹿の話もカスの話もしてないわよ」
どうしてそこまで嫌いなんだか。
「今年も予選落ちしやがってザマァねぇわ」
条辺先輩が実績を把握しているなんて珍しい。
「はーあ」
条辺先輩がケレン味たっぷりのため息を吐いた。
注目されたそうだ。
こんな時は放って置いた方が良さそうだ。
「ひぃ、ふぃ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ」
古風な数字の数え方と一緒に、どしんどしんと床を蹴る音がした。
物資保管のために空いたスペースをいっぱいに使い、条辺先輩がブレークダンスのような動きをしていた。
両足を一気に振り上げて片手倒立の姿勢を一瞬だけとってから、すぐに両足を地面につけた。
その拍子に、いつもかけている丸レンズの伊達眼鏡が飛んでいってしまった。
すごい身体能力だった。
どうしてダンス部に入らないんだろう。
今条辺先輩に抜けられたら自治委員会が忙し過ぎて崩壊するけど。
「ダメ子、暴れないで」
山丹先輩が関心なさそうに条辺先輩を咎めたが、俺はその動きから目が離せなかった。
「……すごいですね」
「そうよ。ダメ子はすごくダメなの」
そういうすごいじゃないんだけどなぁ。
「ふう、汗かいた! おうつっきー、着替えるからこっち向いたままでいろ!」
あっち向けの間違いだろうに。
山丹先輩と次の交流会の作戦を練らなきゃいけないってのに。
「月人君もダメ子の扱い分かってくれて助かるわ」
「分からされましたよ……あの、笹井本部長が丸出ダメ子って条辺先輩のこと呼んでましたけど、なんであんな呼び方気に入ってるんですか?」
「ああてめぇコラ! 人と話す時は目と目を合わせろと先生に教わっただろボケ!」
うるさいなぁ。
山丹先輩と話しているのに。
「着替え終わったらいくらでも目合わせますよ」
振り返りそうになって、少しドキッとしてしまった。
「ウヒヒ、ちょっと声上擦ったな今。聞き逃さなかったぜぇ?」
「はいはい上擦りましたドッキドキですぅ」
くそ、恥ずかしいな。
「つっきーつっきー! こっち見てよぉ」
徹底無視。
「つっきーー!!」
きっと振り返ればアホなポーズを取った条辺先輩に馬鹿にされるんだろうな。
「……どんなポーズで迎えてくれるんですか? もういいから仕事してくださいよ」
あぁ、相手してしまった。
「振り向いてくれたら仕事するー!」
「絶対嫌です」
「んぐぐぐ……着替え終わったよ」
ふう、今日の条辺先輩の面倒臭さは恐ろしいな。
「はい、スポーツ部活関連の処理おねが……」
「ぎゃあああ!」
振り向こうとした瞬間、山丹先輩が椅子から飛び上がって座ったままの俺の顔を覆った。
「え!? なんですか!?」
「早く服着ろ世界一の馬鹿! ゴホッ! ゲホッ!」
山丹先輩がむせながら大声で叫ぶ。
「だってつっきーが振り向いてくれないんだもーん」
「いだだだ!」
頭がおかしくなりそうだ。
山丹先輩の腕で耳たぶが潰れて痛い!
そして、最悪のタイミングでドアが開く音がした。
「お、桐ちゃん先生のお使い終わった?」
「ひっ……!」
桐花!? 何を見たんだ桐花!?
ドンという音がした。
「あだぁ!」
陽太郎の声だ。桐花にドアごと押し返されたのか?
「桐花ちゃん毛布!」
山丹先輩の指示に従ったのか、ばたばたと桐花が走る音がする。
「ヒャッハー! そんな重たい毛布持ってアタシが捕まえられるとでもゲフぅ!」
ナイスタックルだ桐花(推定)。
条辺先輩が何かわーわー言っているが、片手倒立はできても桐花のパワーには流石に抗えないだろう。
「桐花ちゃん、そのままマウント取ってて」
脱ぎ散らかしたシャツやらポロシャツやらがそこら中に散らばっていた。
「ぬぁんだよぉ!? ウィットに富んだアメーリケンジョォークじゃねえかよぉ! 桐花っちなら分かるだろーよ!」
「アメリカ人じゃないです!」
桐花が叫び返した。
「これはストリーキングよ変態! 月人君ごめん、そのままの方向いて外出てて!」
言われるがままに首の向きを固定しつつ、外へ出た。
外は外で大惨事だった。
「だ、大丈夫か? 嗣乃、中入って条辺先輩押さえてくれ」
「わ、分かった。よーのこと任せたから」
陽太郎のきれいな顔が血まみれだ。
桐花が閉めたドアが思い切り炸裂したのだから仕方ない。
「俺の鼻、どうなってるかなぁ?」
「俺よりマシだ」
俺のフェイスタオルが半分ほど血に染まったところで、血は止まってくれた。
「……な、中で何があったの?」
「条辺先輩が荒れてるとしか言いようがねぇ」
「そ、そっか……痛てて」
実のところ、山丹先輩のヘッドロックは一寸間に合わなかった。
ワイシャツのボタンを全て開け、スカートも下ろした条辺先輩の姿が目に焼き付いている。
人をからかうためにそこまでするか。
「保健室行くぞ」
「だ、大丈夫だと思う。先に頭にぶつかったから」
派手な音がしたのは頭の方か。
従兄弟同士で頭にダメージ食うとは仲良いな。
「……向井に見られないようにしなきゃ」
「人の心配してる場合かよ」
でも、その通りだ。
前も白馬がちょっと擦り剥いたくらいで狼狽えていたし。
「だ、大丈夫!? 何があったの?」
白馬と先輩達が駆け寄ってきた。
気がつけば桐花が自治会室から顔を出していた。
「悪いのは条辺先輩だからな。ちょっと、よーを頼む」
陽太郎を桐花に任せて自治会室に入ると、服を着た条辺先輩は口をへの字に曲げて正座していた。
「先輩、怪我人出ちゃいましたよ。もう暴れないでください」
「……うん」
やっと自分のしたことを自覚してくれたかな。
「こ」
この人はもう。
呆れるのもつかの間、山丹先輩のほぼ掌底に近い平手打ちが条辺先輩の頬に炸裂した。
山丹先輩の二撃目は嗣乃に止められた。
「も、もういいですって! よーならあたしが責任持って許させますから!」
いや、その点については本人に任せて欲しいんだけど。
とにかく、条辺先輩は落ち着いた様子なので陽太郎と桐花を招き入れた。
「……悪かったよ」
「だ、大丈夫です……な、何があったか、教えてくださいね」
陽太郎は努めて優しい声を出しているんだろうが、相当痛そうだ。
「今日はみんな帰りましょう」
山丹先輩から解散が言い渡されてしまった。
「ダメ子、一緒に帰ろう」
「うん」
山丹先輩は急に従順になった条辺先輩を引き連れて、自治会室を出て行ってしまった。
「申し訳ないけど、今日は僕も失礼するね」
いつの間にか戻ってきていた旗沼先輩が、三人分の鞄を抱えて二人に続いた。
この三人の信頼関係は不思議だった。
まるで俺と陽太郎と嗣乃みたいに、何年も前からこうしていたみたいだ。
人付き合いの深さは年数に依存しないのかもしれない。
三人の後ろ姿を同じく見守っていた嗣乃が、俺へと振り返った。
「で、あたし達はどうする? 委員長?」
ああ、忘れていた。
仕事をこなそう。
「えと、要望書の整理と、各部活学園祭申請書の入力と添削、ええと……」
他にも色々あったような。
「あとは自治会作業服の洗濯ね」
「あ、ごめん、忘れてた」
嗣乃が露骨に溜息を吐く。
「全部つっきが覚えてる必要ないってば」
駄目だ。
山丹先輩みたいに覚えていられない。
こんな俺が一年とはいえ委員長とは悪い冗談としか思えないな。
しかしこうして支えてくれると請け合ってくれた嗣乃を前にすると、それは現実だという実感だけは湧いてきた。
俺はこの大きな高校で要職に就いてしまった。
その覚悟がまだ全くできていないのに。
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