一年委員長に降り注ぐ二発の拳-3

 久しぶりに依子先生のスーツ姿を見た気がした。

 教頭にまた説教を喰らったのか、白目が赤かった。


「きりつきょーつけれい! 遅くなってすまん! 学級委員二人。続投できる?」


 いきなり何を言い出すんだ。


 二人の学級委員カップル未満が依子先生の言葉に淀みなく『はい』と答えた。

 甘酸っぱくてよろしいですなぁ。


「よし、早く係決めろ! 二学期は学園祭実行委員に二人追加で合計四人、自治会と実行委員会は掃除当番無し! 放課後はそっこー仕事だ! 自治会前出ろ! 学祭の企画説明しろ! あんのクソ教頭にこの企画通すのになんでアタシが説教されなきゃなんねーんだよ! お前のせいだからなよたろー!」

「そ、その呼び方しないでくださいよ!」


 笑いの渦に包まれるのは少し羨ましい。


「返事は『はい』だろデコスケ野郎! 朝からゲロ教頭に説教食ってストレス満点なんだよ! 怪我しないように対策しろとかくだらねーことばっかり言いやがってクソクソクソ!」


 リアルに地団駄を踏む人は初めて見た。

 ご指名にあずかった陽太郎が前に出た。


「普通科一年生の出し物ですが、合同で『恐怖の館』と『休憩所』に決まりました」


 案の定、めんどくせーだのつまんねーだのというぼやきが噴出した。

 しかしこれらは各クラスの学園祭実行委員会が話した結論なのだ。

 覆そうにも覆せない。


 これが決まったのも経緯がある。

 お化け屋敷耐性S級の我々真顔三兄弟を、学園祭実行委員会に売った奴がいたのだ。

 そしてその兄弟の内二名である陽太郎と嗣乃に話を振り、多分こうなれば怖いという提案をさせた訳だ。

 その売ったという人物は瀬野川仁那と白馬有光に他ならないんだが。


「廊下に大がかりな仕掛けは作りません。グループ入場で真っ暗な廊下を、壁や床に貼り付けられた矢印を頼りに進んでもらいます。音は風の音を流して外の音を遮断します」


 えげつない。

 真っ暗で一定した音しか聞こえないってのは本当に怖いぞ。


「また、いくつかのクラスの教室に立ち寄る構造にします。その中はクラスの垣根を超えたグループ分けを実行委員会で組みますので、自由に装飾や仕掛けをします……」


 陽太郎の見事な演説が終わると、クラス中がやる気に満ち満ちていた。

 同じように生きてきたのに、どうしてここまで差が付くんだろう。


「はい、学級委員とよたろーありがと。他に連絡事項ある人? あ、あった。おいつっきー! テメーだよテメー!」

「は、はぃ……?」

「コイツ自治会の一年委員長閣下だかんな。二年委員長の次に権力あっからな! 上級生の平の委員より。お前ら口の利き方には気をつけておいた方がいいぜ?」


 俺の心配とは裏腹に、特にクラスの連中からの反応は小さかった。

 まぁ、陽太郎から情報は既に回っていたようだし。


「いいかてめーら、学園祭楽しくしたかったらつっきーに媚びへつらえ! 以上! 号令!」


 嘘だろ。

 恐喝しに来る奴が続出したらどうしてくれるんだ。


「ねぇ、席替えしないのかなぁ?」


 どこからともなく聞こえた席替えというキーワードが、やたら大きく耳に響いた。


「ん? あぁ、行こうか」


 桐花がじっと俺の方を見ていた。

 教室内を見渡すと、ダンス部のチャラ男君は数人の男子と盛り上がっていた。

 逃げるなら今をおいてないだろう。



「なんであんなのに気ぃ遣うんだよ!」


 廊下に出た瞬間、怒り狂う嗣乃に怒鳴り散らされた。

 無茶言いやがって。

 陽太郎に押さえつけられながら、ぶわっと膨らんだ嗣乃の長い黒髪が振り乱れるのはなかなか怖い。


「あんなのと揉める根性ねぇよ」


 桐花が物干し場のことを思い出してくれなかったら、もっとこじれていた。

 陽太郎を振り払った嗣乃が、肩を組んで顔を近づけて来た。


「……桐花があんなに怖がってたのに何よあのザマは!?」


 小声で話す努力をしているんだろうが、余裕で聞こえるよ。


「だから手早く終わらせただろ」

「お、音楽がうるさいって苦情も、あったから」


 桐花が横に並んで嗣乃を制してくれた。

 あぁ、それはまずいな。サンルームは受験真っ只中の三年生を満載した校舎の前だ。


『パシャッ』というシャッター音で我に還った。


「な、何撮ってんだよ?」


 スマホを横に構えていたのは陽太郎だった。

 クスクス笑うなくそイケメンが。


「いやなんか、左右に髪の色違う女の子がくっついててハーレムゲーみたいで。痛いよ!」


 嗣乃のパンチが陽太郎の肩にめり込んでいた。

 俺と同じ発想をした報いだ。


「馬鹿言ってないで学食行くよ!」


 早めの昼を済ませたら、委員長の仕事が始まるのか。

 頑張ろう……と思った矢先のことだった。


 桐花と瀬野川合作のだし巻き玉子サンドという斬新な食べ物に舌鼓を打ってから、自治会室の扉をくぐった瞬間だった。


 頭に鈍痛が走った。

 うん、なかなかの急展開に付いていけない。

 俺は今、陽太郎に続いて自治会室の扉をくぐっただけだ。まさか俺の身長で頭をぶつけるはずはない。


「あの、痛いんですけど?」


 結構しっかり握り込まれた鉄拳を額に打ち込まれたようだ。

 誰だこんな暇なことをする奴はと思ったら、条辺塔子先輩だった。

 一体何の得があって俺の額に拳を叩き込んだんだ。


「だ、ダメ子!?」


 山丹先輩も状況が見えていないらしい。


「え!? こいつ何やらかしたんですか!?」


 最初から俺に非がある思うのはどうかと思うぞ、嗣乃よ。


「一緒に来い。白馬も来い」

「どこへ行くんですか?」


 案の定、白馬の声が怖い。


「物干し場に決まってんだろが」


 条辺先輩は美少年の威圧を意に介さなかった。

 呆然とする桐花が少し心配だが、従わざるを得なかった。


 自治会室を離れるなり、条辺先輩の目が怒りを増した。


「テメェ、ダン部と揉めただろ?」


 情報早過ぎるよIT社会。


「も、揉めてないんですけど……」

「つっきーの癖に歯切れが悪いんだよ!」


 機嫌悪いなぁ。

 生まれてこの方歯切れが良かった試しがない。


「条辺先輩、安佐手君を叩いた理由はなんですか?」


 あ、白馬さんがかなり怒ってらっしゃる。


「ストレス解消」


 うわぁストレート。


「白馬、いいから」


 条辺先輩の物言いに、目つきが変わった白馬の肩を掴んで止める。


「ごめーんちゃい」


 白々しい謝り方だ。


「し、白馬、謝ってもらえたから終わりな」


 お願い理解して。白馬さん目つきまじ怖いの。

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