少女の不満、少年の狼狽-2

 通訳、ねぇ。

 難しいと思うなぁ。


 会場整理の仕事から戻ってきた金髪少女が、黒板に書かれた役職名に愕然としていた。

 パクパクと口を動かしていたが、声は出ていなかった。


「終業式の運営お疲れ様でした。早速ですが、例祭れいさいの仕事配分を決めたいと思います」


 我が街の神社は夏祭りを『例祭れいさい』と呼ぶ。

 オタク界隈では『例大祭』という呼び方が浸透しているが、我が街では通じない。


 仕事の説明のために、山丹先輩が前に立った。


「えっと、既に大体の割り振りは決めてあります。他の仕事をしたいという人は遠慮なく言ってください」


 仕事割が黒板に書かれていく。

 その間、自治会室の席が徐々に埋まっていった。


 自治委員にはランクのような物がある。

 権力の高低ではなく、活動への参加率だ。

 家庭の事情で部活や委員会に参加しづらい生徒は基本的に生徒自治会に所属するのは既に分かっていることだ。


 二年生は数こそ多いが、常に参加しているのは山丹先輩、旗沼先輩、条辺先輩の三人だけだ。

 三年生は受験もあってか、あまり見かけたことがなかった。


「なーにー? つっきーアタシの方見ちゃってぇ」


 条辺先輩は俺の視線の先に移動してから何言ってんだ。


「説明はちゃんと聞こうな、ブス専」

「な、なんですか急に」


 条辺先輩の手が俺の頭を掴む。


「この仕事割りの進め方よぉーく見ておけってんだよ。来年は湊抜きでやるんだぞ?」


 条辺先輩は真面目とおふざけとの境界線が分かりにくい。

 仕事割りには誘導や警備の他にも、『セット替え』というご本尊隣の能舞台での出し物に使う大道具・小道具の配置換えをする仕事なんてのもあった。


 そんな中、嗣乃と瀬野川は『囃子はやし役』というよく分からない仕事に名前を連ねていた。

 どうやら催し物の最中、見物人に声掛けを強要する役目らしい。


「それから、通訳に人を拠出します。今年は通訳ボランティアがいないという相談がありました」


 山丹先輩の説明に、桐花は完全に凍り付いていた。

 自分にお鉢が回ってくるのは察しているんだろう。


「通訳案内所は桐花ちゃんのご両親のケイティさんとクリスさんに担当していたんですが、今年は所用で例祭に参加できないそうです」


 今年は残念ながら二人揃って家を空けているらしい。

 その間は一人で家にいるってことだろうか?


「ごめん。私達ケイティさん達の苗字知らなかったんだよね。まさか桐花ちゃんのご両親とは思ってなくて」


 山丹先輩が言い淀むのも仕方ない。

 三人が並ぶとどこからどう見ても親子だと納得できるんだが、ご両親の明るいキャラが桐花と似ても似つかなかった。


「外国人がたくさん来るのはね、桐花ちゃんのお父さんが海外向けのサイトで紹介したからなんだよ」


 桐花は完全に下を向いてしまっていた。


「あと、さっきから気付いてないフリしてる月人君」


 俺の名前は黒板上になかった。

 決して、忘れられていて切ないなんて思ってなんかなかった。なかったもん!


「月人君は案内係です。タブレットを活用して案内係をしてください。案内所は御札授与所です」


 そんな!

 タブレットちょっと使えるってだけの理由でコミュ障殺す気か?


「多江もタブレットを持って沼っちと外回りの案内係です」


 くっ!

 多江と変わってくれと言えなくなった。


「べ、別の仕事に……!」

「つっきと向井と多江は決定済みだよ。他の人にはできないし」


 サディストか陽太郎。


「つっきーつっきー! きりきりが見てるよ!」


 桐花の方を見ると、舌を突き出された。

 ああ、なんか忘れがちだけど、たまに可愛い動きするんだよな。


 少しは桐花の態度が柔らかくなった気がした。

 多江に言われた通り、筆談を持ちかけたり話しかけたのが効いたのかもしれない。


 でも、今は桐花の事よりも来週の例祭だ。これは早急に対策を打たないと神経が持たないぞ。

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