『クリスティニア』が『桐花』でいるために……再び-4
「あーあ。おもしれぇ漫画書いて土下座させたかったなー。あのうんこたれ」
校舎を出て開口一番がそれかよ依子先生。
本当に面白い先生だな。
「……先生って、自分の夢をばらされて恥ずかしくないんですか?」
なんとなく疑問に思ったことを口にしてしまった。
「はぁ? 恥ずかしがる必要なんてねーし! 毎日死ぬほど書いてたし! 持ち込んだし!」
なるほど。本気度の問題か。
「あ! もしかしてつっきー話したくない夢とかあんの? 何なりたいの? AV男優?」
「一日一時間でいいから教師らしくしたらどうですか?」
ちょっとパクりっぽい台詞を言ってしまった。
多江が近くにいなくてよかった。
「無茶言ってくれるねー!」
ケタケタと笑う先生と共に、自治会室のドアを開けた。
そしてすぐに違和感に気付く。
「おーみんなお帰り!」
多江が出迎えてくれたが、俺達の視線は違和感の元に釘付けだった。
「あれ湊は? 慰めて欲しいのに!」
依子先生は早速山丹先輩に愚痴る気満々か。
「みなっちゃん達なら学園祭実行委員会との会議に行ってますよ」
瀬野川が答えた。
しかし、その返答が今一頭に入って来なかった。
「……なにこれ?」
嗣乃がそう言うのも無理もなかった。
机の前に座って書類仕事をする桐花の背後に、椅子を置いて瀬野川が座っていた。しかしその手足は桐花の体に絡まっていた。
なんなんだこの二人羽織りモドキは。
「ああ、今コイツ謹慎中だから。気にしねーで仕事しろ」
いや、気になり過ぎて仕事にならねぇ。
「仁那ちゃん、みんな帰ってきたんだから離してあげて!」
白馬のちょっときつめの一喝に渋々瀬野川が脚の拘束だけ解いた。
よく見ると白馬も桐花も砂まみれだ。
「な、何があったんだよ?」
「四人が呼び出された後に向井さんが突然外に向かって走って行っちゃって、慌てて止めたんだけど、転んじゃって」
白馬は苦笑しているが、桐花の顔はどんどん暗くなっていく。
白馬の膝は擦り傷まみれだった。
「だ、大丈夫か?」
「え? こんなの陸上やってればしょっちゅうだよ。向井さんってものすごく力持ちなの知ってた? 引きずられちゃったよ」
それで桐花はやたら小規模な反省房に入れられてしょげてたのか。
白馬の方を向いて口をパクパク動かしているが何も聞こえない。
「桐花、声出てないって」
瀬野川に指摘されると、口をつぐんで下を向いてしまった。
多分、ごめんなさいと言っているんだろうな。
「仁那、交代!」
瀬野川が離れた瞬間、嗣乃が両手両足を桐花に絡ませていた。
「どうや、ええのか? ええのんか?」
「嗣乃、アンタどこでそんなセリフ覚えたのよ……?」
依子先生が引いている姿なんて初めて見た。
「んで、どーなったの? いい感じに話進んだっぽいねぇ」
多江の期待に満ちた質問に、いい回答ができることだけは幸運だった。
「おうよ。半公認程度は取れたぜ! あたし何もしてないけど!」
嗣乃が正直な宣言をするが、居てくれて助かった。
「うん、杜太のお陰で半公認というか、四分の一公認くらだいだけど。騒ぎにもならねーし」
さりげなく杜太を褒めておく。
「……え、えぇー!?」
どんだけ褒められ慣れて無いんだよお前は。
「おぉー! とーくんが?」
「ほー杜太が?」
多江と瀬野川の杜太への評価が丸分かりだな。
残念イケメンが少しだけ頼れるイケメンに進化した。多分。
「ゲホ! あ、ありがとう……ございます」
「う、うわあ! 『ございます』付けられたー! なんか壁を感じるー! あいたぁ!」
うるさいからチョップをお見舞いしてやる。
せっかくの桐花からの感謝に難癖つけるんじゃねえ。
「よしみんな、奪うか! 奪ってしまうか!」
突然、瀬野川が変なことを言い出しやがった。
「おう! 奪おう! 奪ってしまおう!」
まさか嗣乃も腐った発想を始めたのか?
「胴上げバージン奪うぜぇ!」
多江が笑いながら言う。
うん、訳分からないけれど楽しそうだからやっておこう。
「イケメンしねー!」
「くたばれー!」
「何でもいいから爆発しろー!」
「け、蛍光灯! あたるぅ! 俺、なんも、してないぃ!」
良いんだよ杜太、あの時あの瞬間お前の口から出たアイディアが先生を動かしてくれたんだから、誇っとけ!
「わわっ! 怖かったぁ」
めちゃくちゃな胴上げに目を回した杜太が、フラフラと床に崩れ落ちた。
「お前ら訳分かんなくておもしれーわ」
依子先生は苦笑しながらその光景を眺めていた。
照れくさいけれど、ほんの小さなことでも人を褒めるのは大切だと思う。
なかなかそれが実行できないんだけど。
どんなに仲が良くても、けなすよりも褒め合う方がずっと良いはずだ。
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