第十二話 少年、自分が投げかける言葉の重さを知らず

少年、自分が投げかける言葉の重さを知らず-1

「最近のドラム式はよくできてるなあ」


 陽太郎が読んでいる洗濯機の説明書を覗き込むと、本当に感心してしまう。


「ねぇつっき、このシャツ何枚分とかって目安なんだけど、嗣乃と俺のも一枚ってカウントしていいの? あとさ、嗣乃のつま先とかかとくらいにしかかからないのとニーソも同じ靴下一組として数えるの?」

「お前身内以外にニーソとか言ってねえだろうな?」

「別に隠してないからいいだろ」


 お前みたいな見た目をした奴がガチヲタだと発覚したら世界中のリアルヲタが息絶えるから止めてくれ。


 それはともかく、陽太郎の指摘は正しい。

 大体ドラムの上四分の一くらい残して突っ込めば良いって言ってたから、あまり気にしなくて良いのかもいしれないが。


「あんたら洗濯機回すだけなのに何時間かけてんの!」

「いや、説明書読んだことねえから確認してんだよ」


 陽太郎が電源ボタンを押すと、洗濯機がピーピーと鳴った。


「こ、壊れたよ!?」


 陽太郎がうろたえるが、その辺嗣乃は冷静だ。


「壊れてねーし! 下に蓋あるでしょ? そこ開けて糸くずキャッチャー引っ張りだして」


 嗣乃に言われるがままに陽太郎が糸くずキャッチャーなる物を引っ張り出すと、大量の黒い糸くずが引っかかったネットが現れた。


「うえぇ! なんだこれ!?」

「糸くずが溜まるようになってんの! 排水口にそのまま流したら詰まるでしょうが」

「これ、嗣乃の髪の毛ばっかりじゃねぇか」

「うっさいなあ! 夏毛に生え替わってる最中なんだよ!」

「え? 人間にもそういうのあるの!?」

「「信じるなよ!」」


 嗣乃と俺の声がハモってしまった。

 結局嗣乃がどさどさと洗濯物を詰め込み、スイッチを押して洗剤投入口へ洗剤と柔軟剤をどぼどぼと入れた。見事に目分量だ。


「え? 計って入れないと駄目なんじゃないの?」


 陽太郎が慌てて止めようとするが、嗣乃が投入口を締めた後だった。


「駄目って何よ? もう何度もやってるとこのくらい入れればいいってのが分かんの! 覚えといて! ここくらい!」


 そうじゃねぇよと言いたいが、嗣乃が正しい気もする。

 家電って奥が深いな。


「はい次!」


 汀家から安佐手家へ残った洗濯物をカゴに入れて移動する。


「嗣乃、毎日こんな事してるのか」


 俺も陽太郎と同じ感想だ。毎日ではないにしても、こりゃ結構な作業だ。


「よーは掃除機! つっきは拭き掃除!」


 陽太郎は少しずつ変わり始めていた。

 今まで任せきりだったのに、突然洗濯機の使い方や掃除の仕方を教わるようになった。

 皿洗い程度しかできなかった自分を見つめ直したいんだそうだ。


 やっと現状に不安を覚えたんだろうか。

 もしまかり間違って嗣乃に愛想尽かされたら生きていけないのは間違いないし。


 陽太郎が引っ張り出した掃除機が、ズズズという嫌な音を立てた。


「よー、中のゴミ捨てねぇと吸わないぞ」

「え? でもダイソンってそういうの大丈夫なんじゃ?」


 物には限度があるんだよ馬鹿たれが。

 第一この掃除機は三家共同購入なので壊れたらアウトだ。


「これどう捨てるの? ここか」

「ちょ! 待て!」


 遅かった。


「「ぶわあああ!」」


 陽太郎と俺の情けない叫び声と共に粉塵が舞い散った。

 ああ、まずい。

 粉塵の向こうから、黒髪の鬼が迫って来ていた。

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