親友の抱いた想いにどう向き合う?-3

 放課後。

 生徒自治委員会室という名のプレハブに集まった俺達は、自治会の具体的な活動その他をひたすら聞かされていた。


 三十人入ればいっぱいくらいの大きさの部屋に、十数人ほどが収まっていた。

 まだジャケットが完成していない一年生以外全員が、真新しい作業着風のジャケットを着ていた。

 ドラマでよく見る町工場の朝礼みたいな光景だった。


 一年生は前に立たされ、挨拶をさせられた。

 俺以外は山ほど質問攻めにされたが、俺への質問は全くなかっ……なかったらよかったのになあ。


「つっきーはこの中に好きな子いるのー?」


 もちろん、ダメ子こと条辺先輩だ。


「ど、どういう意味でですか?」

「ああん? どういうもこういうもねーよ! 好きな子誰だって聞いてんだよぉ!」

「うちのタレントのプライバシーに関わる質問はお断りっつってんだろ!」


 いつから芸能事務所の記者会見になったか知らないが、助け舟を出してくれたのは交野先生だった。


「つぐちゃんを取り合ったりしてんだろ!? どっちのミギーなの?」

「え!? あ、え!?」


 寄生されてないから。うまく言葉を話せない自分がもどかしい。


「あがぁ!」


 条辺先輩の面倒な質問攻めは山丹先輩の小さなアイアンクローで収まった。

 俺の幼馴染は誰かの右腕に寄生した化け物ではないので御免被る。


 当の嗣乃はケラケラ笑っていた。帰ったら父上の書庫にある漫画を読ませてやろうか。


「お前ら、一年生のきれいどころナンパしたらケツにラケット刺してテニスさせるからそのつもりでいろよ!」


 交野先生への大ブーイングの中、自治会の会議は進む。

 座れたのは嬉しいが、今度は眠気が自分の意識を絡め取ろうと静かに押し寄せてくる。

 男子三人衆は早くも上級生の女子に話しかけられまくりだ。


「い、いやーモテたことなんてないですよーいじめられっ子ですよーあははー」


 くっ! 杜太め。多江の笑い方をパクるんじゃねえ。

 白馬に至っては女子の先輩に可愛いを連呼されながら頬を触られたりしていた。白馬にとって『可愛い』はNGワードなのに。


「注目! ちょっと真面目な話すんぞ。一年生よく聴け」


 なんだ、また寝れないじゃないか。


「いいか? この学校知っての通りめっちゃでけぇんだ。生徒数は減ってるけど二千人以上いるし。それに対して自治会は今回正式加入の一年入れて二十人もいないんだわ。のんきに選挙してー、生徒会長決めてー、役職決めてー……なんてことするだけですんげえ労力だし時間の無駄なんだよ! だから始まってすぐこうして希望で入ってきた生徒にやってもらうんだわ。一年のオメーら、入ってくれて本当にありがと」


 先生が深々と一礼してから、話を進めた。


「……で、生徒数が多いから色々特殊になるんだよね。体育祭もないんだわ。でかい競技場は借りられないし。代わりにリーグ戦形式の球技大会はやるけどさ。それより何より、学園祭は地獄だかんな!」


 上級生達がうんうんと首を縦に振っている。

 よほど大変なんだろう。


「だから一年生はとっとと仕事覚えること! それから赤点だけは取らないようにな。長期休暇全部潰れるからな! ていうかアタシが潰してやるからな!」


 クビになったりはしないのか。なら安心だ。

 他にも交野先生は色々言っていた気がするが、もう眠気に抗うのは限界に近かった。

 隣の向井桐花はちらちらと俺の方を見ていたが、起こそうとはしてこないのでありがたかった。


「一年生だけの仕事は来週から始まるからな。その名も、『帰宅部狩り』だ!」


 なんて名称だ。

 あまりのインパクトに眠気が一気に覚めた。


「来週一週間、一年生は事務と部活動と委員会活動についての勉強を交互にやってもらうから。んで、未だに帰宅部の生徒に声をかけて合いそうな部活か委員会にそいつらをぶち込め!」


 なんてこった。部活難民高等弁務官事務所が本当に発足するとは。

 コミュ障には絶対に無理なんだが。とにかくここはパソコンスキルを活かして事務方に回ろう。


 会議はそれで終了だった。

 その後は色々な仕事についての説明だったが、最後にうちのイチオシカップル未満である陽太郎と嗣乃が手を上げた。


「あの、すみません。突然ですが提案したいことがあります」


 口火を切ったのは陽太郎だった。


「ええと、フロンクロスさんなんですけど、日本語の名前が無いことについて提案があります」


 山仁先輩が立ち上がった。


「事前に私が相談していた件で、クリスティニア・フロンクロスさんっていう名前だと自治会ジャケットにはちょっと刺繍するのが難しいから、日本名は無いのかって聞いたんだけど……そこからどういう訳か、そこの安佐手が考えた『桐花』という名前を名乗りたいと言う提案がありました」


 うおい! なんで俺の名前しか出さないんだ!

 交野先生は渋い顔で聞いていた。

 公的に認められていない名前を学校内で使いたいということだ。親の確認は取れているとはいえ、渋い顔にもなるってもんだろう。


「ええと、とりあえずジャケットに日本名を記載することに反対の人?」


 山丹先輩の決に、誰も手を挙げなかった。

 でも、俺にとっては良くなかった。

 条辺先輩が後ろから俺の肩をバンバン叩きつつ邪悪な笑みを浮かべていた。いじくり回す気満々だな。


「では依子先生、教頭先生の承認よろしくお願いしますね」

「うーんと」


 山丹先輩に言葉をかけられ、更に渋い顔になった交野先生が口を開く。


「あのさー、今朝教頭に超絶説教喰らったんだよねぇ。来週じゃだめ?」


 悩みの次元が違った。


「てっきり難しい提案だからって悩んでたと思ってたよ」


 白馬が俺と似たような感想を漏らす。


「アタシも。あの先生好きだわ」


 瀬野川もそれに応じる。うん、見ていて飽きない先生だ。


「もう! 使えない先生にはもう頼まないわよ。自治会ジャケットには向井って入れておくからね。いい?」

「はぁ? 向井って何よ?」


 交野先生が口を挟む。それもそうか。『桐花』の部分しか伝えていなかった。


「これも安佐手君が考えた苗字だそうで」


 山丹先輩がホワイトボードに俺が考えた通りの経緯を書く。どこまで説明したんだ陽太郎の奴。

 漢字は陽太郎……いや、『向井』は全部俺だった。そう考えると向井って呼ぶのは恥ずかしいぞ。なんだこの気分。


「なので、フロンクロスさんは今後向井さんまたは桐花さんって呼んであげてくださいね」


 山丹先輩の言葉に向井桐花が慌てて立ち上がり、深々と礼をした。

 横からだと口がぱくぱく動いていたのが見えたのだが、声が出ていないことに本人は気付いていないようだ。いくらなんでも緊張しすぎだろう。


「じゃ、後は交野先生宜しくお願いしますね」

「うん、来週までにはなんとかするわ!」


 山丹先輩が先生に詰め寄る。


「早急に! お願いします!」

「えー湊厳しいー! 一緒に教頭んとこ行こうよー」

「生徒を盾にする教師なんて前代未聞だよ!」

「いけずぅー!」


 山丹先輩と交野先生は相当仲が良いみたいだ。

 まあとにかく、今はどう弄ってくれようかという邪悪な笑みを浮かべる条辺先輩をどう避けるか考えよう。


 今のところ……という言葉を付け足さなくてはならないが、名前問題は一つ目の山を越えた。

 しかし恥ずかしい。

 何度も何度も頭を去来するが、人に名前を付けてしまったとか。しかも女の子にだよ。なんだこのムズムズ感。

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