親友の抱いた想いにどう向き合う?-2

 昼休みになった瞬間、俺は何を血迷ったか部活棟の屋上へと逃げていた。


 だが、寂れた雰囲気の屋上で一人嗣乃特製の弁当をかきこみ終わったところで多江に見つかってしまった。


「な、なんだよ?」

「ちと、相談がありましてねぇ」

「はぁ? なんで俺に」

「えっと、ね、ちょっと一人で抱えきれない状況が発生しましてな、どうしたらよきかなと」


 許可もなく切り出すなよ。

 そしてその古語の使い方は間違ってるぞ。


「眠いんだよ……短めに頼むよ」


 寝ようとしていたのは本当だ。

 さすがにここまで寝てない上に自転車通学までするのは命をカンナで削っているような気分だった。


 多江がべったりくっつくように座った。

 こういうことをしてくるってのは未練タラタラの男の精神衛生上大変良くないんだけど。

 今居る校舎の屋上は掃除が行き届いておらず、ひどく汚かった。

 給水塔付近にだけきれいになっている一角を見つけたのでそこに座っているのだが、その一角は人が二人座れるかくらいしかなかった。


「いや、ね、にーがよりによってあたしにこう、なんつーの、艶っぽい話をしてきたもんだからさあ」


 また艶っぽいって合ってるんだか合ってないんだか分からない言葉を使いやがって。なんとなく言いたいことは分かるけど。

 瀬野川がなんだってんだ。


「なんだよ、陽太郎が気になるとか言い出したのか?」


 んな訳ないよな。

 あいつは多分白馬のことが好きだ。


「……お察しの通りでごさる」

「は、はぁ!?」


 人間驚くと眼球がひっくり返るような感覚がするんだな。

 もう二回目だよ経験するの。俺の中のジョークで留まっていて欲しかった。


 驚かせてくれたからには、俺も軽く意趣返しをしておきたかった。


「お、お前、俺が最終的に誰の味方か分かって相談してんのか?」

「うー……うん」


 意識の外だったな。

 助け出してやりたい。

 中学時代は色々と嫌な目に遭ってきた多江だ。今のような思い詰めた顔はもう見たくなかった。


 多江は中学の頃、かなりひどいいじめを受けていた。

 重度の腐女子で陰キャだったのに、愛くるしい容姿のせいで男子によく言い寄られていたのが原因だろう。

 中学二年生になってから、多江は俺からスポンジのようにオタ知識を吸収していた嗣乃と仲良くなった。

 確か、嗣乃が情報処理の授業で先生に何度も褒められていた時だ。

 同じ匂いを感じ取ったのかもしれない。


 数日後、多江は一気に人気者になっていた。

 なんせ女子はパソコンについてもスマホについてもヲタ系の男子に質問せず、多江に質問すれば良くなったのだ。

 そう仕向けたのは陽太郎だ。入れ知恵したのは俺だけど。


 俺達三人共用だったスマホを陽太郎に持たせ、操作が分からなくなる度に多江に質問しろと突き放すだけで良かった。

 もしかすると、多江が陽太郎に惹かれ始めたのは俺の蒔いた種だったのかもしれないな。

 なんせ陽太郎の一挙手一投足はクラスの女子共の注目の的だった。

 必然的に多江が機械に強いことがすぐ知れ渡った。

 だが、それは別のやっかみを生んだ。なんせ多江がしょっちゅう陽太郎と話すような状態になってしまったのだから仕方がない。

 しかし、多江の幸運はここで終わらなかった。絶妙なタイミングで学年の中心人物だった瀬野川仁那が最新のスマートフォンに変えたのだ。

 瀬野川は数少ない陽太郎に興味の無い女子(当時)で、嗣乃とはどういうわけか中一の時から仲が良かった。


 瀬野川も陽太郎に負けず劣らず機械音痴だ。

 シンプルな携帯にすら翻弄されていたのに、なんちゃらティーンだかいう雑誌に紹介されていたアプリを使いたくて変更するという暴挙に出たのだ。


 当然瀬野川が頼るのは俺だったが、あの当時の瀬野川は別世界の生き物だった。

 話すだけでもなんだか刺々しくて怖かったし。そんな俺にとって、多江は格好のスケープゴートだった。

 そう、俺は瀬野川が怖くて多江を盾にしたんだよ。クズだねぇ。


 かくしてガジェットに詳しい男子達は女子と話す機会の一切を奪われた。

 後には女子と触れあえずに亡者の群れと化したヲタと、多江と仲が良くなりすぎかつて瀬野川仁那だったはずの腐乱した何かが残った。まぁ、元々オタクの素養はあったんだろうが。


「つっきー? どこに旅立ってんの?」

「あ、いや、過去? そ、それはいいから……なんで瀬野川は多江に打ち明けたんだ?」

「あぁ、その、なんつーかねえ、ほ、ほら、あたしとつっきーさ、ちょいと親しくし過ぎてたから、誤解されてたみたいでねぇ。だからその、よーちんとベタベタしてたのはつっきーへの当て付けに思われたらしくてですねぇ?」


 瀬野川は親友とこんなキモヲタが付き合う異常事態が発生しても容認するのか?


「んで、なんでとーくんでもなっちでもなくよーちんなのかと問い詰められましてな……これチャットログ」


 多江が陽太郎にべったりしていたのは瀬野川からすると、はっきりしない俺への当て付けに見えたらしい。

 杜太でも白馬でもなく陽太郎を使うのはめろという趣旨の言葉が見えた。

 確かに、遠回しに陽太郎が好きなのだと告白しているようなものに思えなくはなかった。


「んー、なるほどな」


『んー』という台詞が出てしまったのはチャットログの最後、俺との仲を多江が否定した所を見たからだ。こいつは強烈なレバーブローだ。


「で、どうするつもりだよ?」


 こんなことを俺に相談してどうするんだ。


「い、いやぁ、報告程度に思ってくれればいいかなあ」


 俺と話せばどうにかなるとでも思ったんだろうか。


「……そんな報告して、俺が嗣乃に行動起こせなんて諭したらどうするつもりなんだよ?」

「うーん……そこは信用してるかなぁ?」


 変なところで信用厚いなぁ、俺。

 だでも、正しい。多江を傷つけて楽しむ趣味なんてない。


「ど、とにかく、相談相手を間違うなよ。そうだな……ほら、白馬とか」


 自分で言っておいてなんだが、多江と白馬が楽しそうに会話している姿が頭を想像するだけで嫌な気分だ。


「な、なっちゃんかぁ……相手にしてくれるかねぇ?」

「だ、大丈夫……だと思うけど」


 白馬の優しさを知らないな。

 そもそも白馬は非ヲタだし、人並に恋愛についても考えているだろう。

 でも、白馬についての肯定的な意見をこれ以上言えなかった。


「ど、どいつであっても俺よりマシだよ。多分」


 多分なんてつけ加えてさ。

 ちゃんと突き放すべきところ突き放さないのは良くないぞ。


「え? お、おい」

「み、見ないでおくんなまし!」


 まただ。また泣かせたよ。

 分かっているつもりなのにできない。

 コミュ障はもう少し相手の顔を見ながら話すべきだ。


 顔を見ないから相手の気持ちの変化に気付かずに、相手の言葉の意図や本音に気付かず会話を続けてしまう。

 せっかく目の前に相手がいるのに。分かっているのに、それができない。


「……その、よく頑張ってんな。俺が多江と同じ状況ならもっと取り乱すよ」


 多江は何も言わずに頭を小さく縦に振った。

 取りあえずポケットティッシュを丸ごと渡した。


「ぐぬぬ……ティッシュすら持っていない女子力の低さを暗にディスるとか」

「黙って鼻ふけ!」


 もうすぐ予鈴が鳴る時間だ。多江に二人で発見されたらまた誤解されるからと告げて、先に屋上から逃げるように下の階へと降りてしまった。

 こういう台詞、父上にもらった古いゲームにあった記憶があるな。メインヒロインの鉄壁度合いには舌を巻いた。


 ついに俺は、泣いている女の子を放って逃げる最低野郎になってしまった。

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