親友の抱いた想いにどう向き合う?-4

 あれ? なんだこれ? 息が苦しい。

 バスタブ? 首絞められながら沈められている? しかも杜太に? 何故我が親友はこんなことをするんだ?


「うぇぇ!」

「うわぁ!」


 あれ? 濡れてない。

 また睡魔に襲われて、その後自転車に乗るまでの記憶がなかった。

 ここは確かに俺の部屋だ。

 どうして目の前の杜太は土下座の姿勢なんだ?


 御宿直杜太。

 親友よりも深い間柄のタレ気味かつ切れ長な目をしたイケメン野郎だが、度を越したボケ野郎。だが、俺の大切な兄弟分の一人。


「ど、どうしたのぉ?」

「えと、杜太、なんで、ここに、いるんだっけ……?」


 なんて質問だ。

 俺の記憶を消し飛ばしてくれた衝撃はなんだったんだ。


「は、はいぃ、それはですね、今日はうち、両親いないもんでぇ、かーさんに夕ご飯をいただくためにここにいるってわけでして」


 杜太の言う『かーさん』は我が母上のことだ。


「えと、だ、だから、その、それは分かってるから……その先だよ、先」


 正直全く分からん。頭に入ってこない。


「あのね、うちの母が遅いから夕ご飯は……」

「そこは分かったっての!」

「えーそうかー……分かってしまいましたかぁ……」


 どうして自分から切り出しておいて歯切れが悪くなるんだ。


「ええとーその! このカッコワルイ馬鹿たれに免じてですねぇ」

「俺の容姿をさり気にディスってんのかイケメンが! 糞が!」

「ええー今の『くそ』っての頭の中で漢字で『糞』って思ったっしょー!」


 ああ、思ったとも。だが話を脱線させるな。

 あれ? 脱線させたの俺?


「い、いいから本題を言え!」

「た、た、た……多江ちゃんにフラれさしてくひゃひゃいぃ!!」


 あぁ、そういうこと。


 ……パードゥン? フランス語風に言えばパルドォン?


「いや、ちょっと待って? 何て?」

「多江ちゃんに……フラれさせてくさいぃ!」

「くさい? だ、だからその言葉の意味が分かんないんだって……はぁ!?」


 数秒かかってやっと理解が追いついた。


「お、お前……いつから……?」


 なんだよ、なんなんだよこの急展開。

 このクソシナリオ書いてるの誰よ?


「い、いつからって言われましてもぉ……前からそのぉ、もう見てる内になんていうか、良い所いっぱい見つかってきて……それだけじゃなくてぇ、高校、知ってる人いなくて、多江ちゃんすごい助けてくれて、それで……もう、その、可愛いしぃ」

「んー……そうか」


 ここは平静を装え。目を伏せるな。気取られるな。


「俺にそんなこと聞いてどうすんだよ?」

「へ……?」


 へ……じゃねぇよ。


「お、俺は別に多江とそういう、ある種の感情で接してなんてねーよ。そうであってもなんで俺の許可なんて求めるんだよ?」

「へ? いやでも……そんな……あれえ?」


 とりあえず杜太の脳内で出来上がっている状況を確認しないと。

 多江が陽太郎に振り向いてもらおうと画策していることがばれない程度に。


「まずお前の勘違いを正してやるから。俺と多江がどういう関係にあると思ってるのか教えてくれ」


 そう、俺は何にも知らないんだ。何も。

 ゲームによくいる主人公の友人BかC並に状況が掴めないキャラと一緒なんだよ。


「も、もう、つ、付き合うの秒読みだったっしょー! 多江ちゃんが陽太郎にべたべたするなんて月人の気を引くためでしょー?」


 揃いも揃って同じ解釈しやがって。


「つ、月人も陽太郎の方ちょっと睨んでたしぃー! それでその気はないって言われてもぉ」


 まじか。無意識怖い。


「い、いや、真面目に分からないんだけど」


 否定しないと。あくまで自然体に。


「えっと……帰った後ぉ、瀬野川ちゃんがみんなにぃ、ブチ切れチャット送ってきて、多江ちゃんのやり方、効率悪過ぎって」


 ぬあぁ……元凶はやはり瀬野川かぁ。

 あのチャットには杜太も入っていやがったか。


「んーと、多江との接点なんてネトゲしてる間だけ通話だけだぞ? 他の人もいっぱいいるし。二人きりなんてごくたまーにしかしねえよ」


 たまーになんて言ってしまったが、実際は五割以上の確率で二人だけで話していた気がする。

 俺はただ一方的に多江が好きになって、そのうちどうにかなるよとか勝手に思い上がっていたんだよ。


 はぁ、超痛い。超死にたい。

 茶化さないとやってらんなーい! かっこ悪ぅー! 


「つ、月人ぉ! それは無いわー!」

「は……?」

「お、俺でももうちょっと多江ちゃんの気持ち察してるわー!」

「は、はいぃ?」

「た、多江ちゃん、すごくがんばって月人の気を引こうとしてたと思う! なのに多江ちゃんのこと全然考えてないなんて流石にちょっと、ひ、ひどくない!?」


 珍しく杜太が怒っていた。

 でも、誤解は誤解だ。多江は俺のことをなんとも思っていない。


「と、杜太、だとしても俺に許可はいらないだろ? 俺が駄目って言ったら多江に告白しないのか?」

「うん」

「はい!?」


 いやいや何言ってんだよ訳分かんねーよ!


「だ、だって、俺、多江ちゃんが、楽しそうにあははーって笑うの見れたら……それでいいんだぉ……」

「そ、それと俺の許可がどう関係してくるんだよ?」

「い、いや、もう二人はもういい関係と、思ってたんだお……そこにあのー、なんだっけ? こういうのよこれんぼーっていうんだっけ……」


 横恋慕な。と訂正はできなかった。

 杜太の涙を見たのはいつ振りだろう。


「えと、多江ちゃんともしまだ付き合ってないならぁ、俺より先に告ってあきらめつけさせて欲しいなー、なんて、ほんと、思ってて」


 釣られて涙が出そうだ。

 でも、ここで俺が動揺しても仕方ない。

 並々ならぬ決意で杜太はこんな話をしているんだ。


「杜太、分かった。正直に言うから。俺、もうフラれてるんだよ」


 うつむいていた杜太が急に俺の方を向いた。

 思わず言ってしまったが、うまく多江の状況は誤魔化さないと。


 多江は今まで恋愛なんて縁遠い俺に、楽しい恋人未満の気分を味わわせてくれた。

 その見返りには全く足りないが、できる限りの恩返しはしないと。


「えぇ? どーゆー……?」

「いや……俺もその、多江のこと、気になってる時期はあったんだけど、多分普通の友達だからしょっちゅう話してられたんだよ。お互い下心なかったからさ」

「ほぇ? 告白したんじゃないの?」


 やばい、フラれた発言と矛盾してしまった。


「いや、えっとな、つまり、俺は毎日あいつと接してたからさ、ちょっとした勘違いを自分の中でしていただけなんだなって気がついたんだよ。告白する前にそれが分かったって感じでさ。その証拠にさ、その、俺がちょっと積極的な態度に出ても多江はかわすんだよ。だからその時に俺はもうフラれてたっていうか」


 なんて穴だらけの言い訳だ。

 具体的にどんなと質問されたら終わるぞ。


「じ、じゃぁ、あの多江ちゃんの、態度ってぇ……?」

「勘違いだろ。あいつは誰とも同じように接してんじゃねえか。よーに負けて腹立ちまぎれに物理攻撃仕掛けただけだろ。イケメンに触って癒やされたかったのかもしれないしさ」


 苦しい。更に苦しいぞこれ。

 頼むから疑わないでくれ。


「そ、そーかなぁ?」

「そ、そうだよ!」


 そうなんだっての! 納得してくれ!


「そうかぁ。陽太郎いいなぁ。嗣乃がいるのにぃ」

「そっちもどうにもなってねえのは分かってんだろ。もう俺は放っておくって決めたんだよ」

「えぇー放っておくのぉ!?」


 杜太は俺の犯してきたお手紙返信サービス等の愚行を知っているからか、俺が放っておくと言ったのが結構衝撃的だったらしい。

 まぁ、まだ放っておくという覚悟は決め切れてはいないのだが。


「……そっかぁ。二人とも月人から卒業するのかぁ」

「なんだそりゃ?」

「だってさぁ、あの二人ずぅっと月人に頼りっきりだったし、月人も世話焼きっぱなしだったし」


 確かに世話を焼いていたとも言えるな。

 手紙の返信を用意するのだってかなりの労力ではあった。


「なぁ……俺がそもそもあいつらから卒業できてないんだけど」

「そっかぁ。じゃあ俺も月人に在学しっぱなしにしとくね」

「今退学処分通知書くわ」

「えー! そりゃないよー! 明日玉砕してきた後に慰めてくれないのぉ? 二次元に誘ってよー!」


 俺も目下二次元へのトンネルを捜索中だっての。

 こんな気分になるくらいなら教室描写の中のモブになりたい。

 ただ机に突っ伏していれば良いなんて最高だわ……ん? 今なんて言った? 


「お、お前もしかして明日いきなり決行するつもりか!?」

「そ、そりゃそうだよー! 善は急げだよー!」


 何考えていやがる!

 相手は別のターゲットがいるんだぞ。


「ま、待てって! 絶対にしくじるじゃねぇかよ!」


 杜太の頭の周囲にはてなマークが飛び交っていた。

 多江に告白してフラれることが主目的だったんだろう。

 ポジティブなんだかネガティブなんだか。


「あ、そ、そっかぁ! 月人も決意したのかー! な、なら俺はそこであきらめがつくから……」

「違ーう! てめーはなんで俺にこの話をそもそもしたのか思い出せよぅ!」


 もう嫌だ不貞寝したいよぉ。


「えーと、人様の彼女を好きになっちゃいましてー……でも踏ん切りつかなくてーでも彼女じゃなかったってー……あ!」


 やっと気付いたか。


「え? でもぉ、それって……あれ? でも……」


 そう、お前にはまだチャンスがあるんだよ。

 後押ししてやりたいのに素直に口が動かない。


 しかし、運良くここで杜太の母親の大型バイクの音が聞こえてきた。


「え、えっと、月人、お、俺、俺……」


「杜太ー! お母さん迎えに来たよー!」


 陽太郎の声だ。


「は、はいぃ!」


 杜太は慌てて階段を駆け下りて行ってしまったので、それに付いて行くしかなかった。


「何よ? あんたらすぐ出てくると思ったら結局出てこないし。何の話してたの?」


 階下のリビングには嗣乃もいた。


「話すと軽蔑されるから言えない……かな」

「それ以上は追求しないでくださいなぁ、姉さん」


 杜太もそれに合わせてくれた。


「……ふぅ」


 目の前がくるくるしていた。深呼吸しても収まらない。

 パソコンがたまにCPU使用率100%になった挙げ句に固まるのはこういう状態なのかもな。


 しかし俺も一応人間の端くれなので、電源をブチンと切って再起動って訳にはいかなかった。


 もう、限界だった。

 トイレへと駆け込み、内臓が求めるままに胃に残っていた夕食を吐き出した。


 どうしてここまで気分が悪くなるのかなんて、簡単なことだ。

 自分にも他人にも、嘘を吐いているからだ。

 俺は一体誰の味方なんだ。

 誰の味方をすべきでどう動くのが正解なんだ。

 どうすればこの気分から解放されるんだ。


 優しい嘘なんていう歯の浮く台詞があるけれど、自分にも他人にも優しい嘘なんてない。相手に都合の良い嘘を吐けば吐くほど、自分がその傷を請け負うことになってしまう。


「ちょっと、どうしたの!?」

「……水」

「わ、分かった!」

「つっき! 入るよ!」


 こういう時に兄弟同然の存在はありがたいな。


 たくさんの足音が聞こえた。

 救急車なんて不穏な言葉が聞こえたのでなんとか止めないと。

 交友関係のもつれで搬送なんてされてたまるか。

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