縁切りのおまじない

 小学生の頃、学校でいじめられていた。担任の先生もかばってくれなかった。

 最悪の選択肢ばかりを考えて生きていた、ある日、金曜日の放課後だった。地域の図書館にあった子ども向けの占いの本で、縁切りのおまじないを知った。

 縁を切りたい人の顔を思い浮かべながらある行為をすると、その人に二度と会うことはなくなるというものだった。藁をもすがる思いでやってみた。いじめっ子達と担任の顔を思い浮かべて。


 月曜日、学校に行くとみんな大騒ぎをしていた。

 私がおまじないで縁切りをしたいじめっ子達が、全員急な体調不良や事故、行方不明、登校拒否、転校などの理由で学校に来ていないのだと。担任の先生も、よく分からない理由で急に転勤になったのだと。

 こんないっぺんにたくさんの人達がいなくなるなんて…… とみんな口々に気味悪がっていたけれど、私は内心で小躍りし続けていた。

 私と奴らの縁は本当に完全に切れた。それ以後はいじめられることはなく、それなりに楽しい小学生生活を過ごせた。




 高校に入って、すごく仲のいい子ができた。これまでできたどの友達よりも気が合う、優しい子だった。

 その子は体育の授業なんかで着替える時、いつも部屋の隅っこでバスタオルでその体を隠しながら着替えていた。みんな何だろうと思ってはいたけど、体を見られたくないんだろうと、みんな特に言及しなかった。


 けれど、ある時ひょんなことから見てしまった。あの子の上半身。

 骨の上に皮だけ被せたような細身は、暗い青のアザで満たされていた。

 私に見られたことに気付いた瞬間の、犯罪がバレた悪人のような顔のあの子が忘れられない。何も悪いことなんてしてないじゃないか、と思った。


 かなり強引にだったのは申し訳ないけど、どうにかあの子の口から聞き出すことができた。あの子の家に住む、両親…… いいや、鬼畜共の所業を。あの子は涙を流しながら、全身で苦衷を訴えていた。


 私はあの子に、縁切りのおまじないを教えた。簡単なものだったので、やり方は覚えていた。あの子は半信半疑の様子だったけど、私の実体験を話したら信じてくれた。

「ありがとう。やってみるね」

 あの子がそう言ってくれたから、これでもう大丈夫だと安心した。




 翌日。学校にあの子は来なかった。あの子に関する一切のものが、教室から消え去っていた。友人達や先生達に、あの子はどうしたのかと訊きまくった。誰もが同じ反応だった。

「誰、それ?」と。


 


 休み時間。僅かな記憶を頼りに、あのおまじないが載っていた本についてスマホで調べてみた。

 タイトルも作者も覚えていなかったし、似たような本やおまじないというのがかなりあったせいでその休み時間中には見つけられなかったけれど、授業中にもこっそりスマホをいじった。その日の夜中までありとあらゆるワードで検索しまくり、とある通販サイトでやっとあの本にたどり着いた。迷わず「購入」をタップした。




 本は数日後に届いた。梱包を破り捨て、縁切りのおまじないのところを熟読した。

 注意書きがあった。こんな感じの内容だった。

「生みの親に使ってはいけません。生んでくれた人との縁を切るとあなたはその人と関係がないことになる。あなたはこの世に生まれてこなかったことになり、存在が消滅してしまいます。このおまじないをやった人以外の、すべての人の記憶からも消え去ります。」




 そんな理屈ってある?

 生んだならあの子よりも偉いとでも? 生んだなら何をしてもいいとでも? 生んだならあんな鬼畜でもこの世でのうのうと生き続けていいとでも?




 だからあの子に代わって殺してやったんだよ。家に忍び込んで。あの鬼畜共を。

 無様に大騒ぎして、あがいて、キモい顔して死んでったよ。血だらけになってさ。

 あれ、考えてみたらあの子は生まれてこなかったことになったんだから、こいつらが我が子を虐待したこともなかったことになったのかな? 私、無実の人達を殺しちゃったのかな?


 まあいいや、どうでも。もう全部終わるんだから。

 分かるよね? 私が一番許せないのが誰か。

 注意書きを見落としたことにも気付かず、他にいい方法があるかもと考えもせず、あんないい子を、殺すよりも酷い目に合わせた。

 

 じゃあ、もう電話切るね。手間かけさせて悪いね、3死んだ現場なんて大変だろうけどよろしくね、警察さん。

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