穴
「近頃さあ、知らない間に穴開いてるんだよね」
本当はパスタ屋に行きたかったけど、友人がラーメン食べたいって言うからやってきた中華料理のチェーン店。そこで友人は声をひそめ、両腕を見せてきた。
たしかに、腕全体に小さな穴が数十ほどあった。
貫通しているわけでも出血しているわけでもない。
けれど、鋭くとがった小さな何かで強くつつかれたようにへこんだ跡が、たしかに存在していた。
「どうしたのそれ?」
「分かんない。いつできたのかも、何なのかも」
言ってから、友人は坦々麺の真っ赤なスープを飲み干す。そんな辛いもの、よく飲めるな。こっちも同じのを頼んだけど、麺と具だけでも十分すぎるほど辛かったのに。
そう思ったけど口には出さなかった。
代わりに、その口に自分の丼のスープを口に含んだ。口の中は大火事になってしまい、しばらくお冷で必死に消火活動に取り組む羽目になった。
食べ終わり、帰り道を歩いていた。
友人は論理の通らない、メチャクチャな話をさも正しいことのように話していたけれど、黙って聞いた。
ふと、周りを見渡してみた。
たくさんの人が行き交う道。
ある人がすれ違いざま、手にした短い針で友人の腕をちくりと刺していた。
ある人は追い越しざま。ある人はスマホを見ながら。ある人はまっすぐ前を見ながら。ある人は誰かと話しながら。
友人は気付いていない。
けれど、友人のそばにやってきた人は、みんなみんな、友人の腕を針で刺していた。
なんてことだ。
友人のそばにいるのに、針を刺してないのは僕だけだ。
「この前腕の話したけどさ、近頃さあ、穴増えてる気がするんだよね」
「また?大変だねぇ」
なるたけ優しそうな口調で言い、手のひらに隠した針で友人の腕を刺す。
そうしてから、友人が飲もうと言ったので一緒に買ったメロン味のスムージーを一口すする。
メロンより、氷の味が強いスムージーだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます