第30話 一之瀬よだかの任務

 カレンちゃんが楓ちゃん達の女子会に呼び出されてしまったので、僕は一人で帰宅していました。すると何やら行く手を阻む人影があるではありませんか。奇妙なデジャブが過ぎりますが、それは広瀬さんではなくクラスの男子数人でした。

 教室では割と目立たない、学業優秀でとりわけ歴史の授業に熱心な生徒達なのですが、今日は怪気炎をあげ、そわそわしています。

 事情を聞けば、クラス内で不穏な陰謀が蠢いているそうではありませんか。


「僕にスカートを履かせ隊!?」

「その通り」


 ちょっと太った首領っぽい人、丸メガネがチャームポイントの清水君が応対して不気味に頷きます。


「そんなくだらない請願届、本当にみんな署名したの!?」

「くだらない? 一之瀬君はこれが本当にくだらない事だと思うかね?」


 男子生徒にスカートを履かせる署名運動を真面目にやっているとしたら、僕は非常識だと思います。

 ですが、早い潮流に移り変わる大都会東京、日本刀とガンマンが料理勝負をするコミカルな世の中ですから、そんな事に必死になる人がいてもおかしくないのかもしれません。パンドラに住んで見識を深めるうちに、知らず識らず僕の懐はそのキャパシティーを少しずつ深めているのかもしれません。


「まあ人それぞれだよね。それで? それを僕に密告してどうするつもり」

「密告だなんて、とんでもない」


 一言もしゃべらずに仁王立ちする後ろの面々も怖いですが、不気味に笑う清水君が相当に怖いです。


「まさか僕にこの場でスカートを履けと強要しにきた訳じゃ」

「俺たちはそんな野蛮な下郎ではござらん! 俺たちは……」


 ガサゴソ、数人のクラスメイトはスクールバッグから何かをまさぐります。そして取り出した布、鉢巻を全員がギュッと額に締め、戦隊ものみたいなポーズをとりました。

 

「月夜野かれん新撰組にござる!」


 ……帰っていいでしょうか? 今すぐ帰りたくなってきました。ホームシックでしょうか?


月夜鷹つきよだかの鷹が落つる時、それはまた月も沈む夜!」


 ……まだお昼ですけど? 帰っていいですよね。道開けてくれませんか?

 言いたい事を言えない僕は、事をなるべく穏便に運ぶ悪い癖があります。


「その『つきよだか』って何?」

「これは失敬、それはもちろん『月夜野』と『夜鷹』を掛けた造語にござる。一ノ瀬殿には失礼ながら、中でも我々はあの大和撫子、月夜野かれんに焦がれ、忠誠を誓った親衛隊に候」


 何が失礼なのかはさておき、彼らの気持ちだけは分かります。ヴァンパイアでありながら、あの真っ直ぐなロングの黒髪、黒目がちな瞳、守ってあげたくなる大和撫子に見える事請け合いでしょう。


『でもね、君達はしらないだろうけど、カレンちゃんはその気になればクラス全員を相手取って戦っても圧勝するヴァンパイアなんだよ?』


 そんな事、口が裂けても言えません。


「その新撰組が僕に、スカートなんちゃらの事を教えてくれてどうしろって言うの?」

「これは交換条件にござる!」


 鼻息が荒い。聞けばこの怪しい自警団、100%ピュアな真心からカレンちゃんに幸せになってほしいと熱弁を奮うのです。


「そのためならば例え火の中月の中! いっそ悪い虫が付くくらいなら一之瀬殿と!」

「いや、そういう関係じゃないから」

「失礼……我々少しばかり禁断の花園に想いを馳せるばかり、熱くなってしまいまして」


 この人が正直者で、真心に由来する熱意を持っている、という事だけは伝わりました。それで十分なのかもしれません。それなのに……


「カレンちゃんに彼氏が出来るのが嫌なの?」

「まあ……有体に言えばそういう事になりますかな」


 人が怒るタイミングって本当に気まぐれで、よく分からない時がたくさんあります。この時が僕にとってのそれで、自分でもなぜ腹が立ったのかよく覚えていません。ただなんとなく、心の不一致を覚えたのです。


「それってズルくない? 君たちはカレンちゃんに恋してるのにそれを伝えようともしない」

「それは……ギムナジウム的不文律があるのでありまして……それが我々の共同戦線と申しますか……」

「それなのにカレンちゃんが恋するのが嫌だなんて卑怯だと思うよ」


 そう捨て台詞を吐いて、僕はその場を逃げ出してしまいました……卑怯者は僕かもしれません。


 でも一旦パンドラに着くと奇妙なくらい落ち着いて、なんだか安心感を覚えて、もうすぐ帰ってくるカレンちゃんに紅茶を淹れたい気分になりました。

 罪滅ぼしでしょうか? でもカレンちゃんにしたところで贖罪にはなりません。


「カレンやっぱりよだかさんのスカート姿が見てみたいのです! というわけでよだかさん! スカートを履いてください!」


 こんな屈託のない笑顔の愛らしい、無垢な少女を目の前にしているのに、僕は紅茶をすすりながら『ある悪い考え』をおこしてしまいます。僕はやっぱり卑怯者です。心がもやもやします。


「え? 別にいいけど?」

「いいんですか!?」


 そのあとはトントン拍子でした。次の日、僕は学校にデジカメを持っていき、清水君にそれを渡します。

 当たり前ですが、清水君は学校では鳴りを潜めているらしく、ごく普通の生徒を演じていました。


「これは?」

「それは僕からの罪ほ……交換条件。僕はカレンちゃんの彼氏がどうとか、好きな人には干渉しないから、その代わり……」

「その代わり?」

「いいからそれ持っていて、きっとそれを使う時が来るから」


 案の定、僕がパンドラに帰るとカレンちゃんは僕のデジカメを僕に向けてくるではありませんか。

 申し訳ないとは思うけど、カレンちゃんも署名して嬉しそうに任務を遂行しているのですから、こっちにも協力してもらいましょう。


「カメラは没収です。どうせ楓ちゃんに頼まれてクラスのみんなに配る気なんでしょ?」

「どどどどうしてその事をっ!?」

「誰でも想像付くって」


 あとは多少サービスショットを撮るだけ。カレンちゃんのハリセンボンみたいな顔も可愛いです。


「カレンちゃんこっち向いて」

「カレンを撮っても意味ないです!」


 パシャリ。焼き増しするのはかわいそうですから、この一枚で十分でしょう。


「デジカメは明日僕が返しておくから」

「よだかさんのミレニアムな制服姿は?」

「またいつか機会があればね」


 この写真一枚でカレンちゃんの恋愛が保証されて、僕の女装画像が出回る事を回避出来るのならば、それに越した事はありません。

 翌日学校で清水君にその写真を一枚だけ渡しました。


「こ、これはッッッ!?」

「交換条件だって言ったでしょ。僕もスカート履かなくて済んだからね」

「一之瀬君の制服ブロマイドならあそこで絶賛展示中だが?」

「え!?」


 女子の人だかりを掻き分けてみれば、撮られているはずのない僕の写真が一枚、金の延べ棒の様に重宝されていました。写真サイズより少し大きなこの画像は……?


「一之瀬君かっわいぃ! もう毎日この格好で来ればいいのに!」


 楓ちゃんには申し訳ないけど、撮らせた記憶は全くありません。それにこの画像……画質が良すぎる、って言うかなんかちょっと3Dじゃない? こんなオーバーテクノロジー地上にありましたっけ?


 ハッ!? なんという盲点でしょう。僕はやっぱり名探偵でも聖人君子でも、ましてや聖母マリアでは断じてあり得ないのです。


「カレンちゃん?」

「はい? なんてしょうか?」


 僕は帰り道、カレンちゃんにそれとなく聞いてみました。


「これ撮ったの古屋敷さんだよね?」

「そればかりはよだかさんと言えども……カレンにも守秘義務がありまして」

「別に怒ってるわけじゃないんだよ。むしろ僕も謝りたいって言うか」

「……?」

「古屋敷さんはもしかして『喧嘩両成敗』って言いたかったのかな?」

「なんの事です?」

「分からないなら気にしないで、独り言だから」


 あるいは古屋敷さんはこう言いたかったのでしょうか、『人を呪わば穴二つ』と。今回はとても浅い穴だったので擦り傷程度ですが、これに懲りて妙な画策をするのはやめようと思います。

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