第29話 月夜野かれんの任務

 みなさんこんにちわ! 


 パンドラで最も常識的で良心的で人間的な大人の女レディー、いずれ菖蒲か椿油! 月夜野かれんです!

 今日はみなさんに報告したい任務があります。それもよだかさんに内緒で……


 このよだかさんという方、性を一之瀬、名をよだかと言うのですが、ちょっと変わった人です。まず男なのに女の子です。しかも自分を『男の中の男』だと、なんの根拠もなく自負しています。

 神様もヘンな気まぐれを起こしたのか、笑う仕草から怒ったり、泣いたりする姿まで愛らしい女性としてよだかさんを設定してくれました。

 料理も勉強も出来て運動はダメダメ、モテる女の典型です! 太陽に透かすと少しだけ茶色な黒髪はまるで絹、その真っ黒なお目々はかれんに独自調べによる『パンドラ黒目がちランキング』で島村さんに次いで堂々の第二位ですが、霊長類としては相当なものです!

 たまに名推理を披露しても推理ショーはカレンに譲って三歩後ろを歩く、男なら誰しも惚れてしまう大和撫子、カレンもたまに押し倒したい衝動に駆られたり……それが一之瀬よだかさんと言う見目麗しき人間です。

 女子の反感を買うと思いきや、人望厚いよだかさんに限っては逆らしいのです。


「カレンちゃん、ちょっとちょっと」


 何を隠そう、報告というのはその事でして……放課後、よだかさんと帰ろうとした矢先に楓さんに呼び出されてしまったのです。


「行って来なよ、僕は先に帰ってるから」

「分かりました!」

「紅茶いれて待ってるねー」


 呼び出された廊下で、カレンはクラスの女子みんなに囲まれてしまいます。もしかしてこれ……噂に聞くいじめでは……


「はいコレ、カレンちゃんで最後だから」


 そんなワケありませんでした。手渡されたのは黒のクリップボードに挟まった一枚の紙です。そこにはカレン以外、男子も先生も含めた全員の署名の上にこう書かれています。


『一之瀬よだかにスカートを履いてもらい隊』


「嘆願書……こ……これは!?」

「そう、それは私たちの大憲章マグナ・カルタ。言わば人類の総意」

  

 よだかさんなら『嘆願書の体を成していない』と突っ込むところですが、この後に及んでそんな事は重要ではないのです!


「これに署名しろと言うのですね?」

「無理にとは言わないけれど?」


 数の暴力に屈するヴァンパイア一族ではありませんが和光同塵、ここは調和と友好のため、やむを得ません。


「仕方ないですね。皆に詰め寄られたら断るに断れません! カレンがこれ書いてよだかさんに見せてきますよ!」

「やけに嬉しそうね?」


 というワケで、カレンは帰りがてらさっそく『一之瀬よだかにスカートを履いてもらい隊』の上部組織にして秘密結社、『よだかを暖かく見守る会』に LINEしました。


====

カレン『……という内容の請願届に先生まで含めた全員の署名が入ってます!』

お姉さま『(親指を立てたスタンプ)』

俵屋さん『(親指を立てた別のスタンプ)』

古屋敷さん『(古屋敷さんが親指を立てたスタンプ』


 進路オールグリーン、発信準備完了です!

====


「というわけでよだかさん! スカートを履いてください!」

「え? 別にいいけど?」

「いいんですか!?」

「小さい時からよく履かされてたからね。両親に」


 これは意外でした。まだ嘆願書も見せていないのですが……とりあえずゆっくり紅茶をいただいて落ち着きましょう。カレンはお砂糖いっぱいのミルクティーが好きなのですが、よだかさんはいっつも角砂糖一個だけのレモンティーです。


「ところでその紙なに?」

「断られた時はこの嘆願書を突き付けようと思ってたです!」


 これなら見せるまでもなかったかもしれません。よだかさんのご両親に感謝感謝。


「え? これまさか、学校にスカート履いていけ、って事?」

「オフコース、無論そのつもりですが?」

「じゃあ嫌だよ。って言うかこれなんで先生の署名まで入ってるの?」

「なぜ嫌がるですか? これほどの需要があるというのに!」

「需要と供給の問題ではないと思うけど……逆になんで僕が女装して学校にいかなきゃいけないの?」

「うっ……」


 その場はいったん退いて翌日の放課後、クラスの皆と戦略会議を開く事になりました。男子達の阿鼻叫喚が聞こえてきます。


『俺たちは一之瀬の着替えも見れてないんだぞー!』

『ご慈悲を……ご慈悲を……』


 よだかさんは先生が気を利かせて、いつも(強制的に)保健室で着替えているのです。が、それでは理由になりません。


『可愛い子が可愛い制服を着ないなんて不毛だー! 神への冒涜だーッ!』

『せめて写真だけでも!』


 楓さんの触覚がピョコッと反応しました。


「よだかくんは『カレンちゃんに見せる分には構わない』って言っていたのね?」

「そうであります! 提督殿!」

「男子ッ! 誰かデジカメ持ってない?」

『はいっ! 此方に!』


 というわけでパンドラに戻ってすぐの事。よだかさんにはカレンの制服に着替えてもらいました。


「ビューティフォーです! よだかさん! 今年のミス東雲間違いなしです!」

「カレンちゃん細いからどうかと思ったけど、普通にはいったよ。で……」


 よだかさんはロビー中を見回しました。


「なんで皆いるんですか?」


 ロビーにはにやけた顔が揃っています。もちろんカレンが通知したのですが、板長さんと島村さんはラインにはいっていないため、残念ながら呼べませんでした。

 古屋敷さんは声が嬉しそうです!


「今日は私、早上がりしちゃいましたよー。なにやら一之瀬さんの華麗なるファッションショーがあると聞きまして。最初が制服とは……これはマニアックな後続が期待できそうですね、ハッハッハ!」

「これが最後です」


 お姉さまの鼻息が荒いです。


「そりゃあよだかの晴れ姿って聞きゃあ、猫も杓子も黙っちゃいねえさ!」

「男のスカートが晴れ姿なんて……スコットランドじゃないんですから」


 俵屋さんも似たように鼻の下を伸ばして……この二人は不思議な事に、どこか似ているところがあるのです。


「いいよー、すごくいいよだか君。もうずっとその姿のまま暮らしてほしい。いや、暮らしてくれ!」

「嫌ですよ。っていうか俵屋さんは怖いのであんまり見ないでください」


 カレンも撮りまくりますよー! ってあれ、よだかさん? カメラをどこへ?


「カメラは没収です。どうせ楓ちゃんに頼まれてクラスのみんなに配る気なんでしょ?」

「どどどどうしてその事をっ!?」

「いやいや、誰でも想像付くって」


 カメラを取り上げられてしまいました。しかも画像を見るなりすぐに持ち主まで特定してしまいます。さすがは難攻不落のサイコメトラーよだかさん。作戦は完全に失敗です。その日は失意に暮れながらも色んな服を着てもらって楽しんでしまいました。

 次の朝、カレンは楓さんに顔向けできないその顔をしょんぼり洗います。どんな言い訳をすればいいでしょうか……


「月夜野さん、ちょっといいですか?」

「古屋敷さん? なんです……ってこれは!?」


 冷たいブリキアームの先には一枚の大きめの写真。それは紛れもなく美少女、女子高生探偵一之瀬よだかのものです。


「私に保存できない映像なんかありませんよ。焼き増しはさすがに一之瀬さんが可哀想ですが、一枚くらいならいいでしょう」

「ありがとうございます! このご恩は一生涯忘れません!」


 この日のカレンは学校で一番の人気者でした! カレン鼻高々、こういうのとっても気分がいいです!


「すごいわね。デジカメ没収されたのにどうやって撮ったの?」

「それは国家レベルの秘密です!」

「これすごい画質よ、相当良いい一眼レフでも使ったのかしら?」

「それはもう最新鋭の機体ですから!」

「機体?」


 画質から犯人と流通経路がすぐによだかさんバレてしまったのですが、なぜかあんまり怒られませんでした!

 これもきっとクラスの皆が少しだけ幸せになって、笑顔になったからでしょう!

  

 ミッションコンプリートです!!


 以上、駆け足になってしまいましたが、カレンが無事任務を遂行するまでのレポートでした!

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