第26話 彼を訪ねて ー1ー

 あるお昼休みの事です、僕は広瀬さんの件を楓ちゃんに説明しました。弁明したと言い換えてもいいでしょう。もちろん僕が告白したシーンだけすっ飛ばして。


「ふーん。ロマンチックな悲劇ね」


 軽くあしらわれてしまいました。まあ深く突っ込まれるよりはよっぽどマシです。


「ところでよだか君。私はまだかっこいいよくて背の高い人なんか紹介されていないのだけど」


 うぅ……楓ちゃんが意地悪な目で痛いところを突いてきます。愛想笑いで誤魔化しましょう。


「だからそれは相手が幽霊だったなんて想像もしなかったから」

「そう。じゃあ私『よだか君に幽霊のイケメンを紹介されたんだ』ってみんなに面白おかしく吹聴して回るね」


 それをされると僕の学校での立場、今後の身の振り様も慌ただしくなってしまいます。楓ちゃんは荒唐無稽な情報を流布して回る悪い子ではないけれど、僕にも沽券と多少の責任があります。


「ち、近いうちになんとかしてみるよ」

「ありがとっ!」


 楓ちゃんはツインテールを揺らして大きくウィンクしました。『小悪魔的』という言葉は、楓ちゃんに惚れた誰かが発明した言葉かもしれません。

 大した当てもないのに大見得切ってしまったので、帰り道カレンちゃんに相談してみました。


「正宗さんを紹介するのですか?」

「それしか無いかな、他に知り合いなんていないし……そういえばカレンちゃん、この前正宗さんに『人間の女性に興味あるか』聞いてたよね?」

「そうでしたっけ?」

「俵屋さんの死体を発見した時」

「おー思い出しました! あの時はカレン興奮のるつぼに囚われの身だったので」

「それで正宗さん何て言ってた?」

「あんまり興味無いって言ってました!」


 ついため息が出ます。お互い地方から出てきた身では都会に知り合いなんて居ません。この案件は八方塞がり、四面楚歌でしょうか?


「カレン、背の高い人なら一人知ってますが……」

「奇遇だね、僕も一人だけ知ってるよ」


 背ばっかり高くてもダメなのです。楓ちゃんにとっては次に顔くらいの優先順位かもしれませんが、人間中身が大事です。


「あの手のダメ男は髪を切って髭を剃るとイケメンに豹変します! カレンが読んだ全ての書物で例外はありませんでした!」


 現実とは多くの場合無情なもので、そうそう上手くは行かないのが世の常ですが、カレンちゃんの読む『物の本』は馬鹿になりません。爆発する料理だって実現させてしまうのですから。


「もし仮ににそうだったとしてだよ? 楓ちゃんに俵屋さん紹介できる?」

「もし俵屋さんが絶世の美男子なら楓さんに……うぅ、俵屋さんとカレンが知り合いである事さえ知られたくありません」


 ですよねー。


「話は聞かせてもらった。だが『男子三日会わざれば刮目して見よ!』。その男のうちに眠る生粋の大和魂を目覚めさせればいいだけの話!」


 横をみると生粋の日本男児が腕を組んでおりました。キリッとした眉毛と眼差し、快活そうな顔に短髪、詰め襟はきっちり上まで。


「なんでいるんですか広瀬さん……って言うか成仏したんじゃないんですか?」

「俺は成仏するなんて一言も言っていないぞ、一之瀬よだか。あのシーンでは消えないと格好がつかないと思い空気を読んだに過ぎん。ビザの有効期間いっぱいまではこっちにいるつもりだぞ」


 ビザ? この世とあの世の境目って、そんなシステマチックなんですか? 強制的に連行されたりはしないんですか?

 カレンちゃんはそんな疑問お構いなしに話を進めます。


「元はと言えば、広瀬さんにだって責任があります! 出来るものなら三日であの変態ニートに大和魂を吹き込んでみやがれです!」

「いいだろう。その挑戦受けてやろうではないか」


 そんなホイホイ約束しちゃっていいんですか広瀬さん? あの人は本当に筋金入りで混じりっけなしの無職、ニート界のリーサルウェポンですよ?


 何はともあれ、カレンちゃんの口車に三人で乗っかって、未知へのフライトが始まりました。

 パンドラに着いて最初に出会ったのは正宗さんです。今日は珍しくキッチンではなくソファーに陣取り、落語を見ています。割烹着で落語を見るのがこれほど絵になる色男は、世界広しと言えども滅多にいないでしょう。


「誰じゃその幽霊は?」

「おお! これは髪を切るまでも髭を剃るまでも無く、まさしく和の体現、大和魂の権化ではないか! いやそれだけに惜しい。なぜ職にも付かずフラフラしているのか」

「なるほど例の広瀬とかいう小僧か。地縛から解かれたらしいのう」


 二人ともあんまり会話が噛み合っていませんが、正宗さんは立ち上がって、お互い面と向かって話しています。おもむろに広瀬さんが正宗さんの髪を掴みました。


「だがこの髪だけはいただけないな。銀色に染めるなど軟弱の極……痛でぇ!」


 ゴチンッ、と石と石をぶつける様な鈍い音がしました。正宗さんは軽く頭を小突いただけなのに、広瀬さんすごく痛そうです。


「狼藉者が。俺とお主では神格が月とすっぽん。何よりあの妖怪無職と一緒くたに扱うなど無礼千万。せめてあと二百年修行してから出直してこい」


 寄り道を楽しんだので次の目的地、というより終着駅へと向かいます。広瀬さんはまだ頭を押さえています。


「やれやれひどい目に遭った」

「あれは正宗さんと言って、世の男性のいいところだけを集めた空想の産物、女性が思い描く理想像が神様の手違いで動き出してしまった代物です」

「なるほど確かに、あれは逆に女性に紹介しにくいタイプかもしれないな」


 まさにその通りかもしれません。女性はあまりにも隙がない男性には一歩引いて斜に構えてしまうと聞いた事があります。では隙だらけな殿方はどうなのでしょうか?


「で、問題の男性の部屋がこちらになります」

「なるほど、確かに一般人とは思えん妖気を感じる」


 妖怪ですからね。


「俵屋さん、ちょっといいですかー」


 この時、僕がノックの一つでもすればよかったのですが、失念し怠ってしまったのが悔やまれます。


 ドアを開けると、パンツを頭に被った変態がソーラン節を踊っていました。

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