第25話 ゲームの達人 ー2ー

「あの、古屋敷さん……はどういう事でしょうか?」

「どうかしました? とはいったい何の話ですか?」

というのはつまり『なぜ部屋がエレベーターなのか?』という疑念の話です」


 青いドアをくぐると、そこは狭いエレベーターでした。


「ハッハッハ! 一之瀬さんのトークは相変わらずユーモアに溢れていますね! でもいくら私でもこんな狭い場所じゃくつろげません。部屋は地下にあるんです」


 でしょうね。上に行くとカレンちゃんの部屋をぶち破ってしまいますから。僕が聞きたいのは『エレベーターが必要な深さの地下が部屋になった理由』です。


「まあまあ、詳しい事は行きながら話しましょう」

「そうですね、お邪魔します」


 エレベーターに『お邪魔します』と言って乗り込むのは初めてです。フロアを示すボタンはデフォルトでたくさんあるのですが、文字が貼られているのは1FとB1だけ、しかも横に貼ったガムテープに書かれていました。

 古屋敷さんはB1を押し小さな個室が動き出すと、急に変なテンションになりました。


「突然ですが、ここでクイーーズ! なぜ私は地下のラボに住んでいるのでしょうか!?」


 地下はラボなんですか? そこからして初耳ですが、せっかくなので考えてみましょう。順当に推測すればそこは『博士』と呼ばれる方のラボであり、古屋敷さんがそこで開発されたと考えるのが妥当です。


「メンテナンスとか充電設備が整ってるから? あっ、鍵のかかっていない博士の研究資料がこっちのラボに保存されているとか?」

「うっ……」


 古屋敷さんのウネウネ伸ばしていた手がピタリと止まりました。心なしかちょっと残念そうです。


「正解です。ちょっと簡単すぎましたかね? では続いて第二問ッ!」

  

 これずっと続けるんですか?


「私と博士以外にラボをよく利用する方が一人います、それは誰でしょうか?」

「うーん……普通に考えたら島村さんがピッタリですが……」


 ですが博士とロボとエイリアンで地下研究所なんてちょっと出来過ぎだし、問題としてヒネリに欠ける気がします。カレンちゃんなわけないし、正宗さんも理由が見当たりません。あるとすれば、俵屋さんを人体実験に利用しているのが最もベストでマッドな回答ですが……


「もしかして吉永さんじゃないですか? 以前吉永さんのお部屋に泊まった時、銃器も武器も無くておかしいと思ったんです。もしかしてラボに保管してるんじゃないですか?」

「うぐっ……」


 その手がついに力なく垂れて、ぺたりと地面に落ちました。


「正解です。いやぁさすが慧眼の一之瀬さん。お見それしました」

「たまたまですよ。じゃあ三問目は僕から出題してもいいですか?」


 アンドロイドは手をガシャンと戻して、武道家みたいなポーズをとりました。


「ぬ? その挑戦、しかと受け取りましたよ。これでもクイズ番組は欠かさず録画しているんです!」

「じゃあ第三問です。このエレベーターは地下何メートルまで降りるのでしょうか?」


 コォーっと静かな寝息をたてて、エレベーターは動き続けます。


「地下1200メートルですが……それはクイズではなく質問では?」

「では第四問、なぜそんな深くにラボを作ったのでしょうか?」


 しばしの沈黙。僕はもしかしたらイジワルな質問をしてしまったかもしれません。


「……この勝負、どうやら私の負けの様ですね」

「いえいえ、たまたまですよ」


 その時ちょうどベルが鳴って、地下1200メートルのラボに到着しました。僕は別に古屋敷さんが核分裂で動いていようが核融合で動いていようが構わないのですが。

 古屋敷さんがカードキーを通すと、分厚い金属の扉が開きました。


「ささ、殺風景なラボですがどうぞどうぞ」

「まさにラボって感じですね」


 まさに研究所という雰囲気の、機械だらけの部屋でした。棚に並んだ数え切れない薬品の瓶、用途がわからない箱やビーカー。複雑に絡まった配線や管。なんだかうかつに触ったら危なそうなものばかりです。

 古屋敷さんは部屋の右手にある白いドアへと進みます。


「私の部屋はこっちです」


 ボタンを押すと白く無機質なドアが勝手にスライド、僕は古屋敷さんに続いてその部屋に入って行きました。


「ずいぶん広いお部屋ですね」

「一人だと広すぎて寂しいんですけどね、人が来るとうるさいんですよ、ハッハッハ!」


 ビリヤード、ピンボール、卓球、麻雀、ルーレットにスロットマシン……etc。そこは赤い絨毯の敷かれた大人のプレイルームでした。


「すごい! めちゃくちゃ楽しそうですね! 僕こういうの憧れてたんです!」

「おや? 珍しくゲームに食いつきましたね。これらもすべて博士のコレクションですから。お好きなだけ遊んでください」


 この目の毒になりそうな原色と黒の配色がたまりません! なんだかちょっと悪い大人になった気分です。僕は気がつくとはしゃいでいました。


「じゃあこれいいですか? ピンボールって一度やってみたかったんです!」

「もちろんです。今電源を入れますね。紅茶もお持ちしましょうか?」


 それからというもの、僕は散々ゲームを遊び尽くしました。インドア派で運動音痴の僕にはどうやらビリヤードが一番合っていたみたいで、古屋敷さんに教わるうちに気がつけば二時間以上ラボに滞在していました。


「すごい楽しかったですよ、ありがとうございました」

「いえいえこちらこそ。またいつでもいらしてください。今日はもう遅いですから、またいつか『部屋周り遊び』の続きをしましょう」


 そしてまた長いエレベーターを戻るときには僕はもう満足して、今日一日のやるべき事を成し遂げた気分になっていたのです。

 数奇な事に、心地よい疲労感でロビーに戻ると吉永さんとカレンちゃんが将棋崩しに興じているではありませんか。


「またカレンの勝ちですね」

「アタシゃこういう繊細なの嫌いなんだって……おっ! 古屋敷、ゲームやろうぜ」

「構いませんよ。何にします?」

「そうだな……ちょうど四人いるしボンバーマンどかどうだ?」

「吉永さん、あんな人を爆死させて競いあう狂気のシナリオを嬉々として遊ぶのはいかがなものかと、私は今日学んだ次第です」

「なんだそりゃ? この前遊んだばっかじゃねーか」


 ほとんど僕の受け売りですから、きっと気を使ってくれたのでしょう。でもせっかくみんなで楽しめるゲームがあるのに食わず嫌いは良くないと、僕は今日学んだ次第です。


「いえ、やりましょうよ。ボンバーマン。僕覚えますから、混ぜてください」

「一之瀬さんがそう言うなら」


 この夜、僕たちは正宗さんに『ご飯が冷めるから』と叱られるまでテレビゲームに熱中しました。

 面白さというのは思いもよらないタイミング、予期できないところに転がっているみたいです。遊びの楽しみ方を深めた僕は、そのうち今日の続き『部屋周り遊び』の続きをしたいと心に誓いました。

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