第24話 ゲームの達人 ー1ー

 五月の始めの小雨が降る日曜日、僕が買い物から帰宅すると古屋敷さんが碁盤を出して囲碁番組を見ていました。初めて出会った時も将棋番組を見ていた事を思い出します。


「将棋も囲碁もお好きなんですね」

「一之瀬さんもどうです? こんな雨の日は囲碁将棋が一番ですよ」


 僕は古屋敷さんの棋力に思いを馳せます。大量の兵器を搭載した戦闘マシンですから、イージス艦なみの戦略AIを持っていないとも限りません。暴走でもされたらパンドラが……いえ、下手を打つと都市レベルで危険が及びますから。


「いえ、僕はそういう複雑なのはちょっと」

「それは残念です。囲碁ってルールは簡単なのですが」

「そうなんですか?」

「基本のルールは五個しかないんですよ、囲碁だけに!」

「…………」


 前言撤回、すでにちょっと回路がやられているかもしれません。

 僕は買ってきたパックの紅茶を淹れながらそのルールとやらを聞いてみました。そして一通りのレクチャーを受けて一局チャレンジしてみましたが、やっぱり向かないようです。


「難しいですね」

「慣れですよ、慣れ」

「というか、よく考えたらルールの少ないゲームの方が難しいんじゃないでしょうか? 裏を返せばそれだけ自由という事ですし」

「なるほど言い得て妙かもしれません。人生というゲームが難しいのと一緒ですね、ハッハッハ!」


 対局も終わった頃、古屋敷さんは碁盤を仕舞って提案してくれます。

 

「そうだ、インドアな趣味をご所望なら、たまにはテレビゲームでもしますか?」

「え? パンドラにゲーム機なんてありましたっけ?」


 聞いた僕が愚かでした。古屋敷さんから尻尾的なコードが生えてテレビの方へ、右手が僕の方へ伸びてコントローラーに早変わり。最近のテレビゲームはハイテク全自動です。別に遊びを所望してはいないのですが……


「お望みとあらば、ちょっと未来のゲームから世界最古のゲームまで、ありとあらゆるソフトを揃えてありますよ」

「僕、ゲームってほとんどやった事ないんですよね」


 ちょっと未来のゲームは気になりますが、ブロック崩しもまともに出来ない僕の手には負えないでしょう。


「なんと!? これまた珍しい! それなら簡単で有名なやつ、そうですねぇ……ボンバーマンにしましょう」

「ボンバーマン?」


 和訳すると『爆撃男』、なにやら物騒なゲームの予感がしますね。テレビのチャンネルが勝手に切り替わって、あっという間にゲーム画面になりました。


「一度私がでもプレイ致しますから、ちょっと見ていてください」


 紅茶を飲みながらそれを眺めてみるとゲーム、見れば見るほど物騒かつ危険ではありませんか。爆弾を置いたり蹴ったり投げたり……


「古屋敷さん、人を爆死させるゲームが楽しいんですか?」

「う……そう言われてしまうとぐうの音も出ないのですが。一ノ瀬さんは平和主義なんですね」


 別にそういう自覚はありませんが、いったいなぜこの人たちは狭い個室に閉じ込められ、爆弾飛び交う地獄絵図を強いられているのでしょうか? そんな事聞くのは野暮でしょうか。でもやっぱり気になる……酸欠とか心配ないのかな?


「テレビゲームまで出来るなんて、古屋敷さんは本当に万能ですね」

「博士がゲーム大好きですからね! 自称ゲーマーの俵屋さんをコテンパンにした時は痛快でしたよ」


 以前、厳重に封じられた104の部屋主について聞いたときはうやむやにされてしまいましたが、もう一度聞いてみるチャンスかもしれません。


「その博士って104に住んでいる方ですか?」

「いえいえ、博士は101、白いドアの部屋ですよ」

「確かアラスカにお出かけしてるんですよね?」

「その通り、よくご存知ですね。今頃アラスカの氷を割って遺伝子をハンティングしているにちがいありません」


 遺伝子とロボット、一体どのような関係があるのでしょうか? そもそも遺伝子をハンティングってどういう事でしょうか? しかし今現在、もっともっと気になる事があります。思い切って聞いてみましょう。


「ではあの104には誰が住んでいるんですか?」


 ウィーーーーーン…………


 突然のディスクが高速で回転するような音とともに、少し間が空きます。


「そうだ! たぶん博士の部屋、鍵か掛かっていませんから! 『部屋周り遊び』なんてどうです? きっと楽しいですよ!」


 あれっ!? 完全にスルー? というか話をすり替えられちゃいました。俄然104が気になりますが、触らぬ神に祟りなし、とも言います。


「その遊びなら僕も楽しめるかもしれませんね」

「そうと決まったら101から順に巡っていきましょう。今日はパンドラ一周、イベントツアーです!」


 若干、鬼が出るか蛇が出るか懸念が残るイベントですが、せっかくですし興味もあるのでみんなの部屋を巡ってみましょう。 


 一階の端、101号室の白いドアが見えてまいりました。博士博士とみなさんは呼んでいますが本名はなんと言うのでしょうか? まさか正宗さんと同じように『博士』という名称とは思えませんが。


「いいんですか? 勝手に入って?」

「博士が面倒くさがって鍵かけないんですよ。それに留守の間、植物の水やりは私の役目ですから」


 中を覗くと、そこはインテリアのほとんど無いオフィスでした。デスクとベッド、大きな棚に観葉植物。オフィスと言うか、まるで病院の一室です。

 ポトスみたいな観葉植物は元気にウネウネ踊っていますが、いまさら驚くほどの事でもないでしょう。


「特に何にも無いですね」

「あの人いらない物は全部とっぱらっちゃうんですよ。ストイックでしょう?」


 ではなぜ古屋敷さんにゲーム機能をつけたのでしょうか? きっとユーモアのあるゲーム好きな方なのでしょう。


「『博士』ってどんな人なんですか?」

「そぉですねぇ、一言で表すなら……」


 古屋敷さんのよく回る首がぐるり、僕を捉えました。


「『嫌な奴』ですよ」

「そ、そうですか……」


 棚を物色するのも気がひけるし、ポトスに噛み付かれても嫌なので、僕たちはちょっと覗くだけでその部屋をあとにしました。

 さくさく参りましょう。続いて102は着色されていない無垢の木のドア、正宗さんのお部屋です。


「ほいほい、どなたかな? おや珍しい組み合わせじゃのう」

「突然ですが突撃、お宅訪問です。よろしければ部屋を見せて頂けませんか?」

「そりゃ構わんが、大したものは無いぞ?」

「おじゃまします」


 正宗さんの部屋、案の定さっぱりした和室でした。あるのは畳、箪笥に本棚、それにお布団です。これは……


「さっきの部屋に雰囲気が似てますね」

「確かに、博士の部屋の和室バージョンといったところでしょうか」

「畳じゃないとどうも落ち着かなくてな。島村殿に無理言って変えてもらったんじゃ」


 一千年も畳文化に慣れ親しんだのなら、それも当然でしょう。正宗さんが天蓋付きのベッドに寝ている方が違和感あります。


「でもちょっと意外ですね。正宗さんの部屋、もっと調理器具とか日本刀がゴロゴロしてると思ってました」

「興味あるならいくらでも見ていくとよいぞ、よだか」


 少年のように目をキラキラさせて箪笥を開ける正宗さん。そこには何本もの日本刀らしき包みや木箱が入っていました。


「すごいコレクションですね」

「うむ、名刀妖刀珍刀なんでも揃っておる。一本一本説明してやろう」

「いえ、それはまたの機会に」


 こんなにご機嫌な正宗さんは初めて見ました。ゴーサインを出すと余裕で二時間くらいかかって足が痺れそうなので、今回は遠慮して次の部屋に行く事にしました。


 次は青い103のドア、古屋敷さんの自室です。


「いざ自分の部屋になると、なんだか妙に照れてしまいますね」

「嫌だったら別に構いませんよ?」

「そうは行きません。言い出しっぺは私でございます故」


 ギィーっと音を立てて、その青いドアが開きました。

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