第18話 月夜野かれんの吸血 ー1ー

 それは四月某日、そろそろ寝ようかと思った夜更けの出来事でした……それにしても、なんだか嫌な予感しません? まるでカレンちゃんが誰かに襲いかかって血をすする様な……

 

「よだかサァーン……」


 遺憾ながら最初の犠牲者は僕かもしれません。『ヴァンパイアに血を吸われた人間はその奴隷になってしまう』なんて噂を聞いた事がありますが、真相やいかに?


「カレン……もうダメです……」


 一之瀬よだか史上最悪のピンチ到来かと思いきや、僕の部屋に黒の寝巻きで入ってきたカレンちゃんには元気も覇気もなく、抜け殻みたいです。


「もしかして血が足りない、とか?」

「なんで分かるんですかー? さすがマインドシーカーの異名を持つよだかさんです」


 言いながら、顎から僕のベッドにぺったり突っ伏してしまうカレンちゃん。僕は逆に寝ていた体を起こしました。


「元気なさそうだからもしかしたら、ってね」

「いつもは実家から血液パックが送られて来るんですが、おとんが送り先間違えたらしくて、切らしてしまったのです」


 かなり迂闊なお父様のようです。手違いで受け取った人は中身を見てしまったんでしょうか? だとしたら、さぞビックリした事でしょう。僕だったら警察に連絡しちゃうけど。


「僕でよければ力になろうか?」

「ああ、よだかさん優しくて助かります……ほんの500ccくらいでいいんです。安心してください。二次感染とかそういうのヴァンパイアには無いですから」


 気にしてなかったけど、言われてみれば確かに……やっぱり尖った牙でグサッといくんでしょうか? ってか500mlペットボトル一本分って、けっこうな量じゃない? まぁとある麻雀アニメで1500ccからが致死量と言っていたので、たぶん大丈夫でしょう。


「いいよ。カレンちゃんがそう言うならきっと安全だろうし」

「むしろ病気に強くなります。ヴァンパイアの唾液は万病の薬なんです」


 なんか悪徳宗教の勧誘チックな気配を感じ取らないでもないけど、ここは困っているカレンちゃんのために一肌……でもやっぱりちょっと怖いな。


「ちなみに他の人じゃダメなの?」

「男の人じゃないとダメなんです。でも古屋敷さんロボだし、島村さんはなんか血から十円玉の匂いするし、俵屋さん触りたくないし……」


 つまり消去法で僕しかいないという訳ですね、納得です。宇宙人の血が青いのと同じくらい自然な理屈です。漢一之瀬、可愛い同級生のために一肌脱ぎましょう!


「おっけー、わかった。どうすればいいの?」

「そのままでけっこうです。ちょっとだけ痛いけど我慢してください!」


 言いながらベッドに座っていた僕の膝にカレンちゃんが乗ってきました。背が低い上に細いのでとっても軽……


「痛ッ!」


 お腹ペコペコだったのか、カレンちゃんの牙が野生動物の疾さと鋭さで僕の首に食い込みました。結構痛いです。


「はむゎ!? これは!!」

「どうかした?」


 謎の感嘆詞で目線を上げて、やや下から間近で僕の瞳を除きこむカレンちゃん。可愛いけど口から血が滴ってます。


「…………」

「ぁ痛ッ!」


 また噛みつかれる……本当に大丈夫でしょうか。吸い尽くされてミイラにならないか、ちょっと心配になってきたな。

 一度大見得を切った手前、そんな事言えるはずもなく、僕は5分ほどそのままの体勢で血を吸われ続けました。


「ぷはぁっ! くぅ~! 五臓六腑に染み渡るーー!」

「すごい元気になったね」


 目に見えて血の気というか、生気がみなぎっています。さすがリアルヴァンパイア。目が血走ってます。


「よだかさんっ!!」

「はい、なんでしょうか」

「よだかさんの血、最高です! カレンこんな美味しい血初めて飲みました!」

「そう。それはよかった」


 あんまりよくないです。今でさえちょっとクラクラしてるのに、あんまり気に入られたら体育の授業に出られなくなっちゃうかもしれません……そっか、カレンちゃん昨日今日と体育の授業があったから、たぶん我慢してたんだ。


「よだかさん大丈夫ですか? 顔色が……お水持ってきましょうか?」

「ちょっと寝れば大丈夫だと思う。僕もう寝るよ」

「そうですか。何かあったら呼んでください。一応お水だけ置いておきます」


 カレンちゃんは後ろめたそうに、後ろ髪を引かれてる感じで部屋を後にしようとしました。


 途端、『ガギャッ!』っと音を立ててドアノブが壊れました。カレンちゃんは右手のひしゃげたドアノブを見てポケーッとしてます。どんだけ元気になっちゃったんだ。


「どどどどうしましょう。よだかさん、取り敢えずドアぶち破いて」

「落ち着きなよカレンちゃん……明日になれば……きっと外から開けてもらえるから」


 なんでしょう?? 急に体がだるく、座っているのも億劫になってきます。


「言い忘れてました! カレンの唾液には一時的な催眠、麻痺の効果があるのです!」


 はよ言わんかーい。もう口に出して突っ込む気力もありません。


「毛布二つもないんだ。ベッド……使っていいよ」

「ダメです、よだかさんが風邪引いちゃいます!」

「じゃあ……どうしよっ……か」


 最近よく記憶が曖昧になりますが、今日の意識はここで幕引きとなりました……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る