第16話 一之瀬よだかの受難 ー1ー^

 四月某日、僕とカレンちゃんが並んで下校を始めた矢先、行く手を遮る男子生徒がありました。腕を組んで仁王立ちしたその人は、いきなり堂々と名乗ります。


「少し時間をもらえるか? 俺は広瀬典明ひろせのりあきという者だ」


 高校生らしい制服を着ているのですが、クラスメイトではありません。それになぜかブレザーではなく詰襟をキッチリ一番上までしめて、時代錯誤の番長のようです。

 まっすぐな目で堂々と名乗ったので当然こちらも自己紹介、そしてすぐに本題に入りました。


「単刀直入に聞くが、月夜野君と一之瀬君は付き合っているのか?」


 思わずカレンちゃんと目を合わせて、返答も忘れてしばし惚けてしまう。なるほど、いつも一緒に帰る姿を見れば、そう取り違える人がいても不思議はありません。

 自己紹介の雰囲気から、カレンちゃんとこの男子生徒が初対面なのは明らかです。入学から一月も経っていないんだから、おそらくは一目惚れでしょう。


「付き合っていませんよ」


 端的に返して、僕は先に帰ろうとしましたが、カレンちゃんの左手がもの凄い力で僕を掴んで離しません。見れば変な汗を多量に吹き出しています。


「ヨっよよだかさ……カレンごういうのなれでねえず。行かねえでけろ」


 山形の方言でしょうか? どこからどう見てもヤバそうです。目の焦点が合っていない上に小刻みに震えています。


「でも向こうからしたら、こういう大事な事ってやっぱり二人きりで話したいものだと思うよ?」

「それはそう、だげれども……」

「いや、そのままでいいから聞いてくれ。俺はそんな些事を気にする様な男ではない。別段、恥ずべき行いをするでも、やましい告白をするでもないのだからな」


 見た目も爽やかでスポーツでも得意そうな、男らしい番長生徒はきっぱりそう断言しました。百人に聞いたら九十九人が美少女と答えそうなカレンちゃんとこの人が並んで歩いていたら、額に飾っても恥ずかしくない絵になるかもしれません。


「端的に言う! 一目見た時から君の事を慕っていた。付き合ってほしい。それが急すぎると言うのなら、メールアドレスだけでもいいんだ。俺と交際してくれ、一之瀬よだか!」


 …………。


 …………興ざめです。


 勘違いどうこうを考える前に、そういう目でみられていた事にちょっと引いて、思わず表情も声も無機質で冷たくなってしまいます。


「僕が男子の制服を着ているのが見えませんか?」

「ふっ……真実の愛の前には性別など関係あるまい」


 知らんがな。少なくとも僕には重要な問題です。


「いや、僕そういうんじゃないんで。行こう、カレンちゃん」

「ええ、そうですね。早く帰りましょう」


 カレンちゃんの顔もまた無味乾燥そのもので、地に足がついた様でした。別れ際もその男子生徒は『まだ諦めない』等等、熱弁を振るい続けています。


「また明日もここで待っているぞ!」


 悪い人じゃなさそうだけど……明日から遠回りして帰った方がいいでしょうか? 僕は内心複雑な心境だったけど、それはカレンちゃんも同じだったみたい。


「カレン正直ちょっと複雑な心境です……確かによだかさん可愛いけど」

「まだ四月だけど、カレンちゃんに想いを寄せてる人ってけっこういると思うよ」

「本当にそう思いますか?」

「絶対、しかもきっとたくさんいる」


 こんな可愛らしい、ロリッとした女の子を好きな男子生徒が少ないはずがありません。ややもすると変な人に攫われたりしないか心配になるくらい素直だけど、銀の弾丸を撃ち込まれても大丈夫って言っていたから、僕が心配するまでも無いでしょう。


 パンドラに帰ると、ロビーではエイリアンがコニャック片手にドストエフスキーを読んでいました……シュール過ぎます。


「おう、おかえり。学校には慣れたかい?」

「ええ、おかげさまで」

「島村さん聞いてください! 今日よだかさん告白されたんです、好きって言われたんですよ!」


 カレンちゃんはホットな話題をすぐ喋ります。島村さんだけならともかく、吉永さんが知ったらどうなるか分かったもんじゃないのに。


「そいつぁハッピーじゃねえか。オーケーしたのかい?」

「でもその人、男だったんです」

「そいつは……バッドだな」


 島村さんは興味なさそうにコニャックを呷って、ページをめくりました。


「カレンちゃん、僕ちょっと出かけてくる」

「どうしました? 急に??」

「髪、切りに行ってくる」


 そうです。僕が紛らわしいショートヘアをしている事自体が問題を引き起こす一因になっている訳で、丸坊主にでも刈ってしまえばこの問題は簡単に解決されるはず。


 という訳で、僕は私服……もちろん吉永さんとカレンちゃんに選んでもらった可愛らしい格好じゃなく、普通のYシャツとジーンズに着替えました。

 ロビーに戻ってみると、島村さんは相変わらず本を読んで、カレンちゃんは制服姿のまま、携帯電話を片手に悲しそうな顔をしていました。


「よだかさん、ただでさえそんなに短い髪をどうするつもりですか?」

「刈っちゃうよ。別に髪なんかなくても困らないし」

「カルッ!? 稲穂のように? また、あるいは魔女の様に??」


 後半のは『狩る』です。カレンちゃんは錯乱すると日本語が所々おかしくなるみたいです。


「バリカンでも買ってきたほうが安くつくかな? 時間も手間もお金も節約できるし」

「バリカンですと!? ペリカンで無く!?」


 カレンちゃんは携帯電話、スマートフォンを床に取り落として唖然とします。

 靴に履き替えドアに手をかけ、足早に逃げ出そうとした時でした。本から目を離さずに島村さんが言います。


「本当に行くのかい? 一之瀬君」

「何か問題でも?」

「人にはそれぞれ在るべき姿、自然な振る舞いってもんがある」

「つまり坊主は似合わないと?」

「そうは言ってねえ……そんな事言う資格は俺にはねえ。だが……」


 一呼吸区切って、島村さんは本を閉じて僕を見ます。


「だけど……なんですか?」

「受難と荊の道になるぜ」


 若干の恐怖を飲み込んで、僕は生返事でパンドラを飛び出しました。


 今思い返せば、この時に何が起こるのか予見しておくべきだったのです。いや、多少なりとも予見はしていたのですが、『まさか人が髪型を変えようとしたくらいで、誰も彼もドラスティックな算段に及ぶはずがない』という楽観が、僕の心の奥底にあぐらをかいていたのかもしれません。

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