第15話 俵屋孝一殺人事件 ー3ー

 制服のスカートをふわっと翻し、カレンちゃんは高らかに宣言しました。


「謎は全て解けました! ワトソン君、みなをここへ集めてくれたまえ!」

「承知しているとは思うが……既に全員おるぞ」


 絶好調です。このちょっと間を抜く感じ、ユーモラスを交える感じ、僕には再現できません。たぶんカレンちゃんは天然でやってるんだろうけど。


「ウィー、よろしい。では本日白昼に起こったこの忌まわしい事件の真相をこの名探偵、月夜野かれんがご覧にいれましょう!」

「おい、よだか。手っ取り早く説明できねえのか?」

「ノンノンお姉様! ちょっとの間でいいからカレンに注目してください!」


 フランス語も日本語も堪能な山形県出身の美少女ホームズ、それもまた個性的でいいじゃないですか。真似できません。名探偵は指を三本、順番に立てます。


「そもそもこの事件、不可解な点が三つあります。まず第一に密室の謎、犯人はなぜ密室を作ったのでしょうか? 二つ、消えた凶器、犯人はなぜ凶器を隠したのか。そして最後、なぜ犯行現場がバスルームだったのか」

「そうですそうです。もし私が犯人なら俵屋さんをバラバラにして燃えるゴミに出す事どころか、ものの数秒で跡形も無く蒸発させる事だって可能なんです。バスルームに放置したりしません!」


 古屋敷さんに搭載された兵器群が徐々に露呈してきました。瞬く間にこの界隈を焼け野原に出来そうです。完全無欠のウォーマシンです、アイアンマンです。山形県に続いて、埼玉県のイメージが世紀末になってまいりました。


「犯人は確かに凶器を隠し、密室を作りました。しかしバスルームという場所を想定していなかった」

「古屋敷じゃねえなら犯人は誰なんだ? よだかとカレンは白なんだろ? 古馴染みで俵屋が死なない事を知ってるアタシ、正宗、島村も可能性が低い。それで古屋敷が白。でも外部犯じゃねえって言ったのはカレン自身じゃねえか」

「そう……お姉様。これはいくつもの事象が複雑に絡み合った事件、まさにトラップとフェイクのジャングルを目隠しで歩くような迷宮事件でした」


 素晴らしいです、このくだらない事件をさも大事件かの如く吹聴するテクニック。僕はあんまり読まないけど、推理ものはきっとこうでなくちゃいけないんだと思います。


「って事は事故か。俵屋が足を滑らせて頭打ったとかそんなオチか?」

「いいえ、犯人は確かにいます。少なくとも密室を作り、凶器の血を拭き取り、誰にも分からないよう隠した真犯人が!」

「それはいったい……」


 最後はしっかりビシッ! と人差し指を決めてくれました。


「犯人はあなたです! 俵屋孝一さん!」


 雷のエフェクトとフラッシュを追加してあげたいくらいパーフェクトです。


「あの……俺、被害者なんだけど」

「なるほど読めたぜ。日頃から頑張って働いてる古屋敷が羨ましくて妬ましくて、自作自演の嫌がらせしたって訳か。ニートの考える事ぁわかんねえな」

「ちょ、そんな訳ないでしょ。むしろ通勤する労働者を二階の窓から蔑むのがニート唯一の特権にして日課なんですよ」

「なんですと!? 俵屋さん、毎日早く起きて出社する私を、そんなゆがんだ目でニヤニヤ見ていたのですか!?」

「いやそれは一般的な価値観と相場の話で……」

「ノンノン! みなさん落ち着いてください! カレンの説明はまだ終わっていません!」


 ここでカレンちゃんはロビーを歩き始めました。木目のパイプにチェックのハンチング、鹿撃ち帽でないのが悔やまれます。


「ミスター俵屋、殺された時の事、もっとはっきりと思い出せませんか?」

「あー……さっきも言ったけど、そういう記憶ってぼんやりして……取り戻せない事の方が多いんだよねー」

「でも古屋敷さんの姿は見たんですね?」

「なんとなく見たような……やっぱ見てないような……」


 古屋敷さんがちょっと怒った口調で割り込みます。


「はっきりしませんね。さっきは『確実に私だった』なんて言ってませんでした?」

「よろしい、ではカレンが説明いたしましょう。この事件、事故だと考えれば密室の謎は解明されます。俵屋氏は自分で鍵を閉めバスルームに入った。そこでなんらかの事故があったとします。例えば足を滑らせて頭を強く打った」


 あまり口を開かなかった島村さんがゆったりした動作で、台詞と煙を一緒に吐きました。


「だがそれだと頭の傷が前後二箇所あった説明が付かない、って事か……なるほど見えて来たぜ、この事件のカラクリ……」


 それだけ言うと、島村さんは正宗さんとアイコンタクトをとってから二階へ、正宗さんは無言のまま風呂場へと消えてしまいました。

 俵屋さんの頭には電球が灯ったようです。


「ああ、思い出した! 電球! 俺、切れた電球の交換をしようとしたんだ!」


 古屋敷さんは容疑が晴れつつあるせいか、いつもの落ち着きを取り戻しています。


「するとなんですか? バスチェアか浴槽の縁にでも乗って電球交換しようとしたところで足を滑らせて転倒、後頭部を打ってから落ちてきた照明ガラスで前頭部を……そんなオチなんですか?」

「しかし照明ガラスはひどりでに戻ったりはしません。カレンが見た時にはちゃんと天井にはまっていました」

「そうだ。俺、痛みとかあんまなくて……ぼんやり交換しなきゃって思いで電球だけ戻して……血で濡れてるから拭いて……それでそのまま意識を失ったんだ」


 まだ言い逃れをするかこのニートは。まあその辺も犯人らしくて臨場感があります。

 ……あぁっ!? でもこの迫真の演技、カレンちゃんにはめっちゃ効いてます。おそらく俵屋さんの事件前後の記憶は本当にかなり曖昧なのでしょう。カレンちゃんが定まらない虚ろな目線でこっちにアドバイスを求めています。


「変えた古い電球はどうしたんですか? 俵屋さん」

「そ……そこまではちょっと。排水溝にでも落ちたの……かなぁ?」


 カレンちゃんが僕を自信ありげに一瞥しました。フィニッシュブローに入りそうです。


「見苦しいですね俵屋氏。カレンにはもう分かっているんですよ。本当は電球交換なんかをしていたんじゃないって!」

「おいカレン! いい加減に結論を教えてくれよ。アタシゃそういうまどろっこしいのが大の苦手なんだ」

「ふふふお姉さま、慌てずとも真実はもうすぐそこ。俵屋さん、本当は電球交換なんかをしていたんじゃなく、そのすぐ横、換気口をいじってたんじゃないですか?」

「ギクッ!?」


 聞き間違えでなければ俵屋さん『ギクッ』って言いました。口で『ギクッ』いう人間が世の中に実在すると思いますか? はい、ここにいます。


「仮に換気口をいじっていたと仮定しましょう。さきほど古屋敷氏が言った通り、足を滑らせ転倒、不幸にも持っていた鉄の格子も頭にぶつかってしまった。これなら電球は必要ありません」

「でも格子ははまってたんだろ?」

「即死ではなかったのでしょう……俵屋氏はボンヤリする意識の中、どうしても鉄格子の血を拭いて戻す必要があった」

「お……俺がそんな事する必要性は、どこにも無いと思うんだけどなぁ」


 容疑者の顔は汗ばんで紫色です。これは間違いなく黒ですね。


「それにお姉さまが音を聞いています。俵屋氏の部屋から聞こえる寝息のような音。この音に何か覚えはありませんか?」

「音? ……音ってなんの事?」

「犯人自身が気がつかないのも無理はありません。おそらく『穴の蓋』が開いている時に換気扇が動くと笛のように音が鳴るのでしょう。『先日からの俵屋氏の失踪』、『部屋からの異音』、『バスルームの換気口』! ここから導き出される真実はたった一つ!」


 その時でした。俵屋さんがふいに、ものすごい勢いでロビー北側の大窓に向かって走り出したのです。窓を破ってでも逃げ出そうとしたのでしょうが、古屋敷さんの長いアームに捕まってあっけなく御用。

 逆さ吊りにされて、バスタオルが落ちないように両手で必死で抑えています……せめて服くらいは着てほしいです。


「なるほどそういう事だったのか、やっとアタシにも分かったぜ。てめぇ覚悟は出来てんだろうな?」

「ねぇ、吉永のあねさん? 『据え膳食わぬは男の恥』って言うじゃないっすか」

「開き直ってんじゃねぇ!!」


 ロビー中央であられもない姿の俵屋容疑者は吉永さんに銃口を突き付けられました。さらにご機嫌なモーター音と共に、古屋敷さんの手から丸ノコが飛び出します。


「吉永さん、は私に譲ってください。なにせ私、危うく殺人犯に仕立て上げられるところだったんですから」

「アタシにも残しとけよ。女の敵を裁くのは、やっぱ女じゃねえと」


 いったいこれから何をやるのでしょうか。それに『前回』があったのでしょうか。『前々回』とかそれよりもっと前もあったのでしょうか。二人から冗談めいた雰囲気をいっさい感じないのがゾッとします。

 なんと間の悪い事に、島村さんが二階から、正宗さんがバスルームから出てきて言いました。


「こりゃ見積もりいくらになるか分かったもんじゃねぇぜ。201、敷布団の下にでけぇ穴が空いてやがった」

「風呂場からはカメラまで見つかったぞ……こんな事して何が楽しいのかのう?」


 そう……悲しいかな。犯人は覗き穴を自室からバスルームまで通していたのです。しかも覗きだけでは飽き足らず、どうやらカメラまで。俵屋さんはここ数日を費やし、201からバスルームに至る秘密の通路でも作る仕事に従事していたのでしょう。その熱意を真っ当なビジネスに活かせないものでしょうか?

 カレンちゃんが悲しそうに呟きました。


「残念ですがゲームオーバーです、ミスター俵屋。かつてない難事件、かつてない強敵と巡り合えた事にカレンは感謝しています。後は法のもとで罪を償ってください」

「ああ、いい勝負だったな。次は負けねぇぜ」


 俵屋さんは壊れたのか、死を悟ったのか、澄み切った漢の目つきでした。次があると思っているのでしょうか? ここたぶん治外法権ですよ?

 

「行きましょう、よだかさん」

「すばらしい推理でしたよ。名探偵」


 あとの処理は大人に任せて、僕たちは螺旋階段を上り忌まわしい現場をあとにしました。


「それにしても今日はすごい一日だったね」

「すごいのはよだかさんです! あんな才能があったなんて! やっぱりエスパーです!」

「いやいや、たまたまだよ」


 会話の途中、遠くから断末魔の咆哮が響き渡りました。


 この事件……被害者は二度、そして犯人も二度死ぬかもしれません。

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