第14話 俵屋孝一殺人事件 ー2ー
図らずも全員の視線を集めてしまったので、僕は仕方なく状況を整理しました。
「じゃあまず俵屋さんが『死なない人』だって事を知っていた人は手を上げてください」
島村さん、吉永さん、正宗さんの三人が手を挙げます。
「この三人は犯人の可能性が低いでしょう。なにせ『死なない人間』に対してアリバイ工作をするのはおかしいですから」
「おお! 言われてみれば、これはカレンにも盲点でした!」
『不死』という極めて特殊な条件は確かに稀有だけれども、基本的原理です。島村さんが煙と一緒に疑問を吹きました。
「低い、って事は絶対じゃないんだな」
「犯人がそれを逆手にとって『アリバイ工作をすれば白と思われる』って考えた可能性も捨て切れません」
「なるほどねぇ」
「そして僕とカレンちゃんは白の可能性が高いです。何せずっと学校にいたんですから」
6人中5人の犯行がそれとなく懐疑的になった今、立ち上がった吉永さんの勇ましい姿は惚れ惚れするほどカッコよかったです。
「いくらよだかの言い分でも、アタシは認めねぇぜ! 古屋敷はそんな事する奴じゃねえ! 確かに古屋敷のアームなら凶器いらずでブン殴れたるだろうし、指紋も残らなそうだけど……」
カッコいいのは最初の三秒だけでした。後半からはずっと古屋敷さんを訝しげに見ています。
「古屋敷! なんだってあんなニートのために手を汚したんだ!?」
「なんですかその手のひら返し!? 待ってくださいよ! そんな状況証拠だけで決めつけられたらたまったもんじゃありません! それに密室の謎がまだ残っています!」
畳み掛けるように、カレンちゃんが冷ややかな目線で言い放ちました。
「カレン推理小説好きの友人から聞いたことあります。密室殺人って別に密室の謎を解く必要は全然ないんだって。明確な証拠さえ揃えば問題無いって」
「そんな、月夜野さんまで……」
さらに冷たい日本刀が冷たい一太刀をあびせます。
「そういえば古屋敷殿、ロビーの天井の電球が切れた時、細いワイヤーを伸ばして直してくれたことがあったのう。あれを脱衣所の隙間から伸ばせば、外側から鍵を締める事が出来たやもしれん」
「板長さんまで! そんな事言ったら私、誘導ミサイルから液体レーザーまで搭載しているんですよ!? 日本全国ありとあらゆる事件の犯人が私になってしまいます!」
そんな物騒な兵器まで内臓してるんですか? あなたどこのリーサルウェポンですか?
「長ぇ付き合いだからな。今月の家賃くらいは餞別にしてやるぜ」
「島村さんまで、信じられません……みんな人情溢れる素敵な人たちばかりだと信じてたのに」
あれ? なんかパンドラの絆が解れつつある気がします。これってピンチ?
どうしましょうか? 入居二週目にしてパンドラ崩壊の危機です。その時僕はとんでもない事に気がつきました。
吉永さんが臨戦態勢、いつでもハジキを抜ける態勢で構えているのです。いえ、吉永さんだけではありません。島村さんも正宗さんもカレンちゃんまで、みんな少し腰を落として事に備えているのです。
なんという事でしょうか……ここのいる人、僕以外全員生粋の武闘派かもしれません!
「おぉ……いてて。あれ? なにこの修羅場な状況??」
そんな時でした。バスタオルを巻いた俵屋さんが風呂場からひょっこり出てきたのです。本当に死んでなかったみたいで、とりあえず安心です。
「いいところに来ました。俵屋さん! あなたを殺したのが私じゃないって事証明してください!」
「へっ!?」
僕は俵屋さんに大まかな状況を説明しました。
「なんていうか、死んだ時の事ってあんま覚えてないんだよね。ボンヤリして」
「犯人は見てないんですか?」
「うーん。急にドカッと……はっ!」
「何か思い出しました?」
「そういえば最後に古屋敷さんを見たような……やっぱ見てないような」
「そんなはずありません! よく思い出してください!」
そうなのです。考えれば考える程この事件ちょっとおかしいのです。
昼間にシェアハウスの同居人を殺して同じ建物の風呂場に遺棄するなんて、計画犯とは思えません。それなのに密室はしっかりと作られ、凶器はきれいさっぱり取り去られている。
僕はその疑問を解決したくなりました。
「俵屋さん、それはどこでした? どこで犯人らしき人を見たんですか?」
「風呂だよ風呂。だって俺、風呂で死んでたんだもん」
そうなると先ほどのアリバイ工作に矛盾が生じます。古屋敷さんが犯人だとして、なぜ俵屋さんを浴槽にも入れずに密室を作ったのでしょうか。犯人は慌てていた、非常事態でそんな事まで気が回らない、という可能性は十分ありえるけど、慌てていたのに密室だけはしっかり作った、と考えるのも、それはそれで可笑しい気がします。
「そうだ! あれは確かに古屋敷さんだった!」
「そんな……嘘だ! 私には動機がありません! 私は……私は犯人じゃない!」
「カレンの友達はこうも言っていました。証拠さえ揃っていれば動機なんか必要無い。それは裁判で必要なだけだ、って」
無意味に思える密室、消えた凶器……過去に遡って、もっとヒントは無いでしょうか? 今日は入学式、帰ると吉永さんは玄関、吉永さんが聞いた妙な音、右手の血まみれのフェイスタオル……妙な音??
「吉永さん! さっき俵屋さんの部屋から音を聞いたって言って言ってましたよね? どんな音でしたか?」
「なんだ急に。コォーって感じのいびきみたいな音だったぜ」
「それは何時頃?」
「よだか達が帰ってくるちょっと前だよ。部屋ノックしてもいねえからアタシは見張ってたんだ」
なるほど。これで僕という凡人でさえ想像できる犯人のシナリオ、無理のない自然な犯行動機、自然なアリバイ工作の全貌が見えてきました。
ここまで来れば、やる事は一つだけです。こっちをむず痒そうに見つめてモジモジしてるカレンちゃんを呼び寄せて、僕は耳打ちをしました。
「実はね……」
「おーなるほど、それでそれで……ふむふむ」
「それじゃ頑張ってください。シャーロック月夜野」
「バッチリです!」
これで全て準備は整いました。可愛い可愛い名探偵、月夜野かれんによる鮮麗な推理ショーの始まりです。
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