第12話 入学式、そして・・・

 テーブルにほっぺたを寝かせた吉永さんが気だるそうに聞いてきました。


「ねぇー、ホンっとにその制服で学校行っちゃうのー?」

「当たり前でしょう」

「スカート履いてかない?」

「チワワみたいな瞳で見つめても駄目です。僕は男ですから」


 朝の吉永さんは甘えん坊です。血圧に依存するらしく、夜に向かって男らしさというか攻撃性というか、ともかく『吉永さんらしさ』を取り戻していくみたいです。


「カレンまだかなー」

「おまたせしました!」


 みんなで二階方面を見上げたその時、ちょうどカレンちゃんが姿を現しました。東雲高校の制服は割とオーソドックスな紺を基調としたブレザー。それにちょっと珍しい白地にチェックのスカートです。それを見た正宗さんが一言。


「よかった、カレンはちゃんと女の子らしいのう。カレンまで男だったら一大事じゃ」


 僕だってちゃんと男子高校生してるつもりです。指定の赤いリボンをキュートに着こなしたカレンちゃんが可愛いくないはずがなく、今日に限って珍しく朝食に居合わせた俵屋さんを、僕は睨み据えて牽制しました。


「な、なに? さすがにしばらく変な事出来ないって……俺の命が……ね、イテテ」

「よく今までパンドラで生き延びてきましたね」


 大きな湿布でも隠しきれないくらい紫になった頬を無理やり笑わせる俵屋さん。襲われる瞬間の僕の恐怖も考えれば、情状酌量の余地は『ちょっと可哀想』くらいです。


「よだかさん! そろそろ行きますか!」

「え、ちょっと早くない?」


 ここから学校までは歩いて十分弱、電車やバスの遅延を心配する必要はない距離で、だからこそパンドラに住んでいるとも言えます。


「よだかさんは『そっち派』ですか?」

「そっち派?」

「誰よりも早く教室で読書したり校庭で朝練をしているパターンと、初日から遅刻ギリギリで校門に駆け込んだりパンを咥えてぶつかるパターン、二種類あるじゃないですか!」


 それはフィクションの世界、しかもごく一部の限られたジャンルにおける古典的印象に過ぎません。


「普通に十分くらい前に登校しちゃ駄目かな?」

「そんな折衷案が可能ですか!? 無料オプションですか?」


 全国津々浦々でほとんどの学生がそうしていると思うんだけど……最近、僕の中の山形県のイメージは魑魅魍魎の暗黒大陸に化けつつあります。そんな不安を他所に、ピンクとオレンジの包みをつまんだ正宗さんの白い両腕が伸びました。


「はい今日の弁当じゃ。持ったまま暴れんんじゃないぞ」

「わーい! これでお昼時のクラスの視線を独り占めです!」

「あ、ありがとうございます」


 正宗さん、せっかく作って頂いたところ大変申し訳ありません。カレンちゃん、喜んでいるところ悪いんだけど、今日は入学式だけでお弁当は必要無いんだよ……なんて軽はずみな言葉、言えないよね。あとでカレンちゃんと一緒に食べよう。

 んでもって、僕とカレンちゃんは結局は無難なタイミングを見計らってパンドラを出発しました。カレンちゃんはピンクの包みをクンクン。


「この純和風な匂い、たまりません。カレン早弁しちゃうかもしれません」

「檜のイイ匂いしかしないけど」

「卵焼きにほうれん草のおひたし。それにしめじとキスのテンプラ」

「そ……そこまで分かるもの?」

「ヴァンパイアは鼻が効くんです」

「そういえば前にもそんな事聞いた気がするけど……カレンちゃん本当に吸血鬼なの?」


 ここでカレンちゃんが珍しく、不満そうにほっぺたを膨らませました。


「あんな低級悪魔と一緒にしないでください! ヴァンパイアと吸血鬼は全然違います!」

「そ、そうなんだ……どこが違うの?」

「吸血鬼は悪魔、お日様にも銀にも弱い小物! ヴァンパイアは人間が神格をまとった存在です! こうやってお日様に浸かっても日焼け一つしませんし、カレンは銀弾をいくらブチ込まれようがへっちゃらです!」


 恐ろしく非常識かつ武闘派な展開がない限り、そんな事は絶対起こらないはずだけど、身近に宇宙人とロボットとピストルと日本刀……つまり光線銃とレーザーとピストルと日本刀の危機が潜んでいるので一概には……


「ここが東雲高校ですか!」


 さて、ここ東雲高校においてはどうでしょうか? 山形県の高校みたいに魑魅魍魎の巣窟でさえ無ければいいけれど……


「思ってたよりずっと近代的です! 小中と木造平屋だったカレンの常識を覆す構造物です!」


 行ってしまえば白い箱の詰め合わせですが、確かに新しくてピカピカの建物です。見れば玄関の掲示板に人だかりが出来ているではありませんか。


「見てカレンちゃん。クラス分け貼ってあるよ」

「夢にまで見たクラス分け……もう別学年と一緒に授業する時代は終わったのですね!」

 

『いちのせ』は大抵2~5番目くらいにくるので探すのは簡単です。一年C組、五つあるクラスの真ん中に僕の名前、下に追った名簿の中ほどに『月夜野かれん』の文字。ひらがなは珍しいのですぐ見つかりました。

 ……ってかカレンちゃんって名前、ひらがなだったんだ。


「カレンは……カレンの……名前が無い!? まさか痛恨の手続きミス!?」

「いやちゃんとあるよ。僕と同じクラス、1ーC」

「いちねん、しー……本当だ! 一緒のクラス嬉しいです!」


 これは最高にラッキーな展開です。なぜなら田舎からやってきた僕のような一人者は新しい学校でポツンと孤立してしまいがち、最初の授業が始まるまでのモラトリアムをどうやり過ごすかが課題だと想定していたのですが、そこにカレンちゃんという架け橋があるのはとっても心強い。


「よだかさん見て見て! 下駄箱まで金属で……木組みじゃないです!」


 でもそんな大声で喜ばれると、正直ちょっと周りの視線が気になります。


「今はきっとどこの高校もそんなもんだよ。木造の方が僕は好きだけどなー」

「確かに下駄箱作るの楽しかったですが……」

「え、手作りだったの?」


 そんな雑談を交わす合間に教室、新しい世界を開くドアの前に着いてしまいました。僕はカレンちゃんと目を合わせ、小さな覚悟と興奮を胸に、ドアを開けます。

 ちょっと早めに来たつもりだったけど、小綺麗な白い部屋の中にはすでに10人以上の生徒、これから一年を一緒に暮らすだろうクラスメイトが立ったり座ったり、喋ったり。


「……普通のヒトばっかりに見えるね」

「極めてフツーのホモサピエンスしかいません。もっとエピデミックでパンデミックな世界を想像してただけに、カレンちょっと拍子抜けです」


 別に何かを期待していたつもりは毛頭無いけど、拍子抜けと言えば否定しきれません。

 僕も心のどこかでもっとファンタジックなクラスルーム、アンドロメダ星人と恐竜が喧嘩して、地底人とスターチャイルドが恋話こいばなをしているビジョンを思い描いていたのかもしれません。


「よだかさん見てください。ホワイトボードに『席はテキトーに』ってでっかく書いてあります」

「ほんとだ。とりあえず隣に座ろっか」


 ひと昔前ならいざ知らず、現代の高校においてホワイトボードは黒板よりメジャー。椅子も背もたれはメッシュ生地で、昔ながらの雰囲気を残すのは机くらいです。カレンちゃんもご満悦の様子。


「驚愕の近代設備……近未来です! 」


 え? なんでセリフを宇宙人とロボットに言わなかったの? そう聞こうとした時、見知らぬ男子生徒が話しかけてきました。


「二人、どこ中から来たの? 君なんで男子の制服着てんの?」


 結果から言ってしまえば、この日僕は似たような絡みに奔走するので終わってしまったわけで、結論を述べるなら、予想通りでした。

 そして一通りの行事が終わったあと、僕はある疑念に駆られていました。


「よだかさん、カレンひとつ思った事があるのですが……」

「奇遇だね。僕も一つの疑問を持っていたとこなんだ」

「ひょっとして、パンドラって、ちょっとおかしいのと違います?」

「奇遇だね。僕も今そう思い始めてたところなんだ」


 ここが普通科高校だから普通の人しかいないんでしょうか?


「ねえねぇ二人、何話してるの!?」


 高い声で話しかけてきたこの子は神宮楓じんぐうかえでちゃん。小柄で短めのツーサイドアップ、人当たりの良さそうなわりに初対面から言いたいことはズバズバ言う、面白い子です。神宮さんも中学からの友人がいないらしく、三人で仲良しグループを形成しました。


「ねえ神宮さん、この教室には宇宙人とかロボットとか、人間でもいいからピストルを持った人とかいないの?」

「んっとさ……一之瀬君ってもしかしてあれ?『ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上。』とか言っちゃう人?」


 信じられないかもしれないけど宇宙人は本当にいるんだよ神宮さん。そう言ったら、僕の高校三年間におけるヒエラルキーが概ね決定……いや、下手したらヒエラルキーの遥か彼方にはじき出されてしまうかもしれません。引きつった愛想笑いで頑張ります。


「そんな人いるわけないよね。冗談だよ」

「一之瀬君もなかなか変な人だと思うけどな」


 結局、僕たちは神宮さんも含めた三人で、屋上で昼食を摂ることにしました。神宮さんは『せっかくだから』と、わざわざコンビニまで行って昼食を買ってきてくれたのです。


「二人弁当箱まで一緒なの!? なんかメイドインジャポネ! って感じ満載のおべんと箱だね」

「パンドラでは腕の立つ料理人さんがお弁当作ってくれるのです! 料亭で働いている板前さんで、実力は赤紙付きです!」


 ほんと、正宗さん様様です。開けた中身はカレンちゃんの朝言ったとおりの内容にトマトなんかが添えられた、目にも健康にもよさそうな、食欲そそるメニューでした。


「うわ、めっちゃ美味しそー。うちもママがもうちょっと料理上手ければなー」

「しかもすごいかっこいい人なんだよ。性格もいいし」


 そして実は刀の付喪神なんだよ、なんて付け加えるのはやめておきましょう。それが処世術という名のテクニックです。


「え!? 男なの? その人いくつ? フリー??」

「え……と、年齢までは聞いてないけど……彼女もよくわかんない……かな」


 日本刀が女性に恋をする、なんて事あるんでしょうか?

 深く考えれば気になります。吉永さんと銃剣コンビで……なんて妄想してる間に、かえでちゃんの顔が迫っていました。


「一之瀬くん! 一歩間違えるだけで、この世はハーレムにも地獄にも、箱庭にもユートピアにもなるのよ! 聞いといて!」

「無問題です! 今度カレンが聞いてきてあげますよ!」


 鼻息荒い神宮楓ちゃんをなだめて僕たちはお互いの事を少しづつ話して打ち解けていきました。

 この光景はまさに僕が想像していた高校生活そのものです。謳歌したかった青春の一コマです……なのに何故でしょう……心がちょっとだけもやもやします。


 神宮さんと別れた帰り道もカレンちゃんと楽しく話して帰宅しました。歩いて十分という距離は短くて、一つの話題で盛り上がるか盛り上がらないか、という間に着いてしまいます。パンドラに着くと玄関に仁王立ちして、番犬も顔負けの苛立たしそうな顔で待ち構えていたのは吉永さんでした。


「よう! よだか、カレン。初登校はどうだった?」

「お姉さま! ただいまです!」

「お姉さま……いい響きだぜ、はいおかえり」

「どうというか……想像以上に普通でしたね」

「そりゃあいい事だ。パンドラは変な奴多いからな。学校くらい平和にいこうぜ」


 『変』と呼べる枠組みを大幅にワイルドピッチしたイレギュラーしかいない気がするの、僕の思い過ごしですか?


「お姉さま、どうして玄関に?」

「そうそう、またニートがいなくなっちまってよ」

「また部屋に侵入したんですか?」

「いやな、朝飯食った後部屋に戻ろうとしたら俵屋の部屋からゴォーって妙な音がして……」


 その時でした。どこからともなく正宗さんの落ち着いた声が聞こえました。


「おーい! こっちじゃ吉永。俵屋殿が死んどるぞー」


 内容とは裏腹に間を逸したそのアンニュイな声の方へと、とりあえず僕たちは駆けつけました。

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