第11話 そうだ、買い物へ行こう ー2ー

 この話、読み飛ばして頂いて構いませんよ。っていうか読み飛ばしてください。僕が着せ替え人形にされるだけの閑話ですから、ホントに。


「カレン、予算は心もとないが7万だ。街ゆくボンクラの助平ども……いや、猫も杓子も振り向くコーディネートってやつを見せてやろうぜ」

「ガッテン承知の助! お姉さまとカレン、初の師弟対決ですね。手加減はしませんよ!」


 その師弟関係が結ばれたのいつですか? 僕には選ぶ権利無いんですか? いやそんな事よりも……


「ちょ、僕そんなお金払えませんよ!」

「あぁ? アタシ持ちに決まってんだろ」

「そんな迷惑か……かけ……」


 続けるはずだった言葉は本能が怖がって、喉から出てきてくれません。切れ長の座ったメデューサの目が、その長身から僕を見下ろして凍りつかせます。蛇に睨まれたカエルってこんな気持ちでしょうか?


「よだか、冷たい雨の降る夜に子猫が一匹、泥まみれで捨てられてミャーミャー泣いていました。さてどうする?」

「拾いますね」

「拾ってお風呂に入れて、温めたミルクを飲ませるよな?」

「それから動物病院に予防接種に行きます」

「そういう事だ」


 何が『そういう事』なのか全く分からないけど、とりあえず口を挟む余地がない事だけは理解しました。

 というわけで、近くのショッピングモールを舞台に、吉永さんとカレンちゃんの一騎打ち、夢の師弟対決が開幕です。僕の思惑を全て無視して問答無用で開幕です!


「先攻カレン、一ラウンドで師匠をノックダウンします!」


 案の定と言うか、想定通りと言うか、カレンちゃん一発目は黒のワンピースでした。インナーもソックスも黒、フリルのレースや襟だけ白……お人形さんみたいです。カレンちゃんはこういうの、いつもどこで買ってるのかな?


「うぉー! こりゃ辛抱たまらんな! 今すぐ後ろから襲っちまいたいぜ」


 おっさんか、俵屋さんか……そういえばあの行方不明の変態を捜索しにきたはずだったんですが。


「どうですかお姉さま。ギブアップするなら今のうちですよ?」

「しっかしなぁ……カレンと比べるとなんかこう、女っぽさに欠けるんだよな。それにショートにゴスロリってのは微妙かもな。キャラ被るし」


 男ですからね。何度でも言いたいけど、男ですからね?


「確かに……ボーイッシュを生かし切れていない感は否めません」


 『ボーイッシュ』って言葉はてっきり女性に使うものだとばかり思っていました……もはやそんな疑念、着せ替え人形の僕には無用の長物かもしれません。


「ジャーン! どうだカレン、ボーイッシュはこうやっって際立たせるんだぜ」


 吉永さんのコーデは意外な程に常識的で、はっきり言ってしまえば僕もちょっと気に入りました。白のタンクトップ、ファーのついたベージュのジャケット、ダメージの入ったジーンズ、他にも渡された種々のネックレスやらリングをつけてみると、もはやちょっと男らしく感じます。


「さすがお姉さま! カレン今すぐよだかさんにエスコートされて夜の街へと繰り出したい所存です!」

「素材がいいからな。何着せても良いってのは、決め手に欠けて逆に難しいんだよ」

「しかしこれはもはやマニッシュ……ちょっとかっこ良すぎます」

「んー……やっぱカレンもそう思うか?」


 その後、僕をおもちゃにした白熱のバトルはしばらく続きました。二人は火花を散らし、お互いを高め合い……ついにコーデは遥かなる新境地へと昇華されていきます。


「カレン……ついに真理に辿り着きました。オシャレに性別など瑣末。より可愛く、ただ美しく……二重螺旋に呪われた人類の永い永い回り道の果て、永劫の旅の終着点に、ついにカレンは辿り着いたのです!」


 テンションが上がりすぎてカレンちゃんは錯乱状態ですが、コーデはシンプルな黒い細身のチュニックにスキニーのジーンズ。高いヒールにアクセは控えめ。なるほどカレンちゃんは大げさに表現してるけど、これはスラっとして素敵かもしれません……おっと危ない。自分が男である事を危うく忘れるところでした。


「強くなったな……カレン。もう教える事は何もねえ」

「お姉さまっ!!」


 知り合ってまだ十日も経っていないのに、もう免許皆伝してしまったらしく、二人はお互いをぎゅっと抱擁します。


「だがな、カレン。お前のコーデを究極とするなら、アタシのは至高ッ! これを以って世に振り向かぬ男無しッ!」


 吉永さんのラストワンもまたシンプルでした。デニムのショートパンツにちょっと長めの白いシャツ、目立つ装備はミュールくらい……うーん……可愛いな。


「ぶふぁッ! ザ・女子!!」


 僕はカレンちゃんの鼻血と吐血を拭いてあげました。なんで口から血が出るのか知りませんが。二人の間には師弟関係を超えた友情が芽生えたみたいです。


「お互い死力の限りを振り絞った、まさに死闘だったなカレン」

「ええ、この戦いに勝者はなく、敗者も必要なかったみたいです!」


 結局、二人の最後のコーディネートを二揃い買うことになりました。お会計はなんと四万円を超えています。僕が一ヶ月分の食費+雑費と考えていた額でした。


「意外と安くあがったな」

「これ本当に僕がもらって良いんですか?」

「もちろんだ。ただし……」

「ただし?」

「着ろ。それだけだ」


 二人の洋服はたまに使おうと決心しました。たまに着るくらい良いよね。せっかく買ってもらったんだし、吉永さんの目が本気だし。

 パンドラに帰ると正宗さんが戻っていたので、さっそく二人のコーデを(強制的に)披露する事になりました。


「お主達、いったい何しに行っとったんじゃ? 俵屋殿を探しに行ったのではないのか」

「いっけね、すっかり忘れてたぜ」

 

 僕もカレンちゃんも完全に忘れていました。そもそも本気で探しに行くつもりがあったのでしょうか?

 吉永さんが201をノックしたところ、俵屋さんがフツーにひょっこりと顔を出します。


「あれ? おめー今までどこ行ってたんだよ?」

「どこって……ずっと部屋にいましたよ?」

「嘘つくんじゃねーよ。てめぇの汚え部屋まで探したんだぞ」

「え、っちょ、勝手に部屋入るなんでヒドくないっすか? 勘弁してくださいよ」


 最初に入ったのは僕ですから、謝らなければなりません。


「すいません。僕が勝手に上がっちゃったんです」


 僕と目を合わせた俵屋さんの表情と言ったらなんとも筆舌にし難い、それはそれは嬉しそうな、僕としてはちょっと恐ろしくなる笑顔でした。


「うっひょー! ぴっちぴちのボーイッシュだぁ!!」


 次の瞬間、俵屋さんは僕に襲いかかり、さらに次の瞬間には壁にめり込んでいました。吉永さんの鋭いハイキックが俵屋さんの顎を的確に砕いたのです。目にも留まらぬスピードとパワーで、おそらく断末魔の叫びを上げる暇もなかったでしょう。


「アタシの目の前で手ぇ出せると思ってたのか?」

「…………。」


 返事は無い。ただの屍になっている可能性があります。


「まあ無理もねえか。誰だって襲いたくなるくらい可愛いぜ、よだか!」

「この格好はもしかして、危ないんじゃないでようか?」

「そうだな。パンドラの中ではやめとくか」


 僕は着替えてから三人で一緒にお茶をしました。そのあと自分の部屋に戻って、先輩が残してくれた服の横に二揃い、新しい洋服を仕舞って、しばらくバリエーション豊富なコレクションを眺めていました。


 明日はついに入学式です!

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