第10話 そうだ、買い物へ行こう ー1ー
シェアハウス『パンドラ』は一階と二階に四部屋づつ、計八部屋が存在しています。101は正体不明、102に正宗さん、103が古屋敷さん、104は正体不明、201が俵屋さん、202に吉永さん、203がカレンちゃん、そして204に僕という構成です。
四月某日の朝、この摩訶不思議なシェアハウスにもちょっとづつ慣れてきた頃、僕はまだ見ぬ居住者の部屋、104の前にいました。この部屋だけどう見てもおかしいのです。ここだけ何故か鉄扉、しかも一粒が五センチはありそうな仰々しい鎖で封印……そう、まさしくモンスターでも封印されているかの如き体裁です。
隣のドアが開いて、ヒューマノイドが顔を出しました。
「その部屋なら誰もいませんよ」
「あ、古屋敷さん、おはようございます。今は確か居らっしゃらないんですよね? 出張か何かですか?」
「そのぉなんと言ったらいいものやら……まあとにかく空き部屋と思って頂いて構いませんよ」
こんなに歯切れの悪い古屋敷さんは初めて見ます。でもそれ以上に気になるのは古屋敷さんの服装、金属質の上から濃いベージュの、いつもよりお洒落な背広を着ている事です。ネクタイまできっちり締めて……これが不思議と似合っています。
「これから出社ですか?」
「そうですとも。一之瀬さんは確か明日でしたよね、入学式」
そう、明日から僕は新世界、青春の高校生活に飛ぶこむ……というのに、あんまり緊張していません。いったいどうしてでしょうか?
「そうなんです。馴染めると良いんですけど」
「一之瀬さんと月夜野さんなら絶対大丈夫ですよ。私が保証致します」
折り紙を頂いてしまいました。それから僕は古屋敷さんと一緒に朝食に向かう事にしました。
正宗さんの作る料理は絶品で、僕とカレンちゃんは毎日いただく事にすぐ決めたました。お金は徴収するんだけど、材料費を超えているのか心配になるくらいの額でしかありません。
「よいのじゃ。俺の修行でもあるから」
「板長さん、もう板長を超えています! カレンこれからは板長さんの事マスターシェフと呼ばせていただきます」
先日の一件はもう綺麗さっぱり、水に流れてしまったようです。
「ますたーしぇふ? それはどんなものじゃ?」
「んー……言うなればそれは鉄人です! 料理の鉄人!」
「ハッハッハ! 月夜野さん上手い事いいますね! 鉄だけに!」
正宗さん、古屋敷さん、カレンちゃん、僕、今日はこの四人が席に着いていたのですが、そこに寝ぼけ眼の吉永さんが螺旋階段を降りてきました。ホットパンツにヘソ出しTシャツという惜しげも無いセクシーなお姿です。
「おはよ~」
「おはようございます! ユキお姉さま!」
「おぉーう。今日も朝からカレンちゃんの可愛い顔で目が醒めるわー」
カレンちゃんは吉永さんに髪をワシャワシャされてご満悦。席に着いた吉永さん鋭いはずの目はほとんど閉じています。ほとんど目醒めてません。
「今日は牡蠣の吸い物とカサゴの煮付けじゃ」
「あぁーん。目が開かないから板長さん食べさせてー」
「まったく……しょうのない娘じゃ」
猫撫で声に呆れながらも台所からスプーンを持ってくる健気な正宗さん……二人ともまだ絆創膏をしているのですが、先日の激闘の事なんかもう忘れてしまっったみたい。日常茶飯事なのでしょうか?
「俵屋さんは今日も寝坊ですかね。あ、私そろそろ行かなきゃ」
「じゃあ僕見てきますよ」
俵屋さんは基本的に自力で起床する事が出来ないらしいので、誰かが起こしに行くのが暗黙の了解になっています。僕は二階に上がって、若干の警戒心を持って呼びかけました。
「俵屋さん、今日のご飯食べますか? 牡蠣にカサゴとすっごい美味しい海の幸ですけど」
……返事は無い。どこまで面倒くさいんだこのニートは。
「俵屋さん起きてください!」
返事はない。おかしい、いつもならこのくらい呼びかければ物音くらいは立てるのに、今日は誰もいないみたいです。
「まさか……あれ、鍵開いてる」
ここに至って、ノータイムで他人の部屋に踏み込む様ではパンドラで生き抜く事は出来ません。誘い込んで襲う罠かもしれない……けど一応生存確認くらいはしなければいけないので、僕は恐る恐るその部屋、薄暗い201を警戒心マックスで覗き込みました。
「俵屋さん、いるんでしょう? シェアハウスで変死なんかしないでくださいねー。疑われるの僕たちなんですから」
ちょっと臭う部屋です。ベッドではなく敷きっぱなしの布団、あたり一面に散らかったゴミ、オーパーツ並に近代化されたパソコン周りとソフト……案の定いかがわしいソフトが大部分を占めています。でも肝心の部屋主は見当たりません。
トイレやお風呂まで一通り探してからロビーに戻って、僕はこの事実、信じがたい事実をみんなに報告しました。
「まっさか、あのヒキニートが!? んな事有り得るか!?」
「以前何度か
「いや昨日はいたぜあのニート。エロゲの音がこっちまで漏れてたからな。それに最近は全部ネットで予約購入してたはずだ」
……俵屋さんの隣が吉永さんで、僕じゃなくてよかった。カレンちゃんは名探偵さながらに顎に指をかけて考え込んでいます。
「これは事件かもしれません。もしかしたら俵屋さんはもう帰らぬ人に……」
「心配すんなカレン! あいつが死んだら201をアタシ達のプレイルームにしちまおうぜ」
「おお! それは素敵なアイデア! 濡れ手で粟です!」
心配のベクトルはそっちなのか……酷い言われ様だけど、なぜか俵屋さんには同情できません。自業自得な気がします。
「しかし行方不明にでもなられたら厄介じゃぞ。俺は戸籍も何も持っておらんから……万が一警察が来たりしたら、吉永も鉄砲を見られたらまずいのではないか?」
「あぁ、あの引き篭もり、居ても居なくてもお荷物だな。しゃあねえ探すか」
「カレンお姉さまのお手伝いします!」
「俺はバイトじゃ、お暇させてもらうよ」
というわけで、失踪した俵屋さんの捜索を口実にした遊びが始まりました。
「と言っても、部屋、お風呂にトイレは僕が全部見ましたよ? 他に怪しい場所はありますか?」
「あとは庭の物置くらいだな。じゃなきゃコンビニかどっかに外出してるかなんだが……あいつはいつも外出する時は必ず鍵を掛けてる」
パンドラには簡易な立方体の物置があります。そこに大きな荷物、炬燵やストーブなんかを入れてあるんだけど、そんなところに長時間滞在する理由があるはずもなく、誰もいませんでした。
「鍵の掛け忘れでしょうか?」
「買い出しついでにコンビニでも行ってくっか。二人とも好きなもの買ってやるよ」
「やったー! カレン、お姉さま愛してます!」
カレンちゃんのペット化計画は着々と進んでいます。
そんでもって、暖かくなってきた天気のいい今日、吉永さんは出すとこ出した軽装にテンガロンハット、カレンちゃんはプリーツいっぱいの黒いワンピース、僕はジーンズに黒のワイシャツでお出かけに……なりませんでした。
「しっかしよだか、もうちょっと女の子らしい格好出来ねえか?」
「男ですからね」
「花組みたいでカレンは良いと思います……が! よだかさんにはもっとフリフリのキュートなのを着せたいです!」
「男ですから」
「カレン、予定変更だ。今日はよだかの服を買いに行くぞ」
「カレンも! カレンも選びます!」
あれおかしいな? 僕の声が聞こえていないのかな?
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