第9話 身から出た錆 ー2ー
僕のかけた電話は聞き慣れた留守番電話サービスセンターへと送られました。
「駄目です、吉永さん電源切ってるみたいで」
「ならここで食えという事じゃろう。何やら不思議な匂いのする店じゃ」
先行く正宗さんを見て、僕は尻込みしました。あなたは神棚にハンバーガーやフライドポテト、さらにはコーラなんかをお供えをした事がありますか? 僕はありません。罰が当たりそうです。
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「正宗さん、ここがどんなお店か知ってますか?」
「知らん」、あっけらかんと言い放ちます。
「ここはですね、言わば現代の大衆食堂みたいなものでして。決して正宗さんが満足するようなお店では……」
「不味いのか?」
「不味くは無いと思いますが」
「じゃあここでいいじゃろう。俺は全くわからんから、知っているようなら何か勧めを頼んどくれよ」
意気揚々と入店する正宗さんに続いて、僕も恐る恐る入って行きました。昼前なので、店内は空いています。
「いらっしゃいませー、店内でお召し上がりですか?」
「はい」
「ご注文をどうぞ!」
間違いありません。見紛う事ない、何の変哲も無いマクド◯ルドです。僕はアップルパイとレモンティーを注文しました。さっき正宗さんの美味しい朝食を頂いたばかりで、あんまりお腹は空いていないのです。
「正宗さん、お腹空いてます?」
「それなりに。セットのメニューはないのか?」
というわけで、正宗さんにはダブルチーズバーガーのセットをオーダーして商品を受け取りました。
「バカな! もう出来たと言うのか!? 作り置きか?」
「僕も詳しく知りませんが、流れ作業で作ってるんですよ……たぶん」
「確かにポテトは揚げたてのようじゃが」
目を細める正宗さんと近くの席に着きました。正宗さんは興味津々、いたって真面目な目線を数百円のセットに送り、匂いを嗅いだり手に取ったり……ちょっと犬みたいで、いつもとのギャップが可愛らしいです。
「さっきも言いましたが、ここは速さと手軽さが売りで、正宗さんの舌を唸らせるような品ではないと思いますよ?」
「速さと手軽さ……なるほどだから箸もスプーンも無いんじゃな。おにぎりでは流行らんのかのう?」
どうでしょう? 現代ではコンビニがそれをやっている気がします……アイスティーを飲みながら、僕は正宗さんバンズににかぶり付くのを眺めました。
お父さん、お母さん、日本刀がダブルチーズバーガーを食べるのが、東京の日常風景みたいです。
「うむ、まあ600円ならこんなものじゃろう。ちと食いにくいがまあまあじゃ」
「そうですか、それは良かったです」
僕は密かに胸を撫で下ろしました。最悪、『責任者を呼んでこい』、あるいは『少し厨房を貸してもらえるか?』なんて言い出すグルメ漫画みたいな展開を懸念していたのですが、どうやら杞憂に過ぎなかったようです。
「しかしこれでは栄養バランスがちと悪いな」
「まあ毎日食べるようなモノではありませんよね」
それからしばらく、僕は正宗さんが食べ終わるまで黙って見届けました。横を過ぎる高校生が噂話をしています。
「さっきの二人、めちゃくちゃ可愛かったなー。俺は断然あのお姉さんだわ」
「胸なんか飾りですよ。お偉いさん方にはあの黒ロリの良さ分からんのです」
「見ろ見ろ、あの子もめっちゃ可愛い」
「ボーイッシュキター、控えめなお胸。だがそれがいい」
「彼氏もイケメンだなー」
失礼な、僕は男です。
ですが、なるほどなるほど、端から見るとカップルに見えなくも無いわけですね。そして今の話でカレンちゃんの魂胆が大体見えました。正宗さんもこの会話を聞いていて、理解したようです。
「あいつら尾行しておったのか。何が楽しいんだか」
「きっと僕が『髪を切る』なんて言ったからです。正宗さんとデートさせれば男を好きになって、女性らしく振舞うとでも考えたんでしょう」
「なんじゃよだか、おぬし女が好きなのか?」
「なんですか正宗さんまで? 恋愛対象としては、そりゃあ……」
自問してみるものの、そんな事あまり深く考えた事ありませんでした。
「れずびあんというやつか。パンドラの他の連中もそうじゃが、おぬしもなかなか稀有な境遇じゃのう」
僕は思わずテーブルに突っ伏す。すっかり忘れてました。僕が男である事を、正宗さんにはまだ説明していません。
「あのですね正宗さん、そうは見えないかもしれませんが僕は男なんです」
「ほー。そうなのか」
あっさりさっぱりレスポンスされてしまいました。正宗さん基本的に常に超然としてるので、本気かどうか分かりません。鷹揚な人柄……刀柄です。
「本当に信じてくれてます?」
「どちらでもよかろう。よだかはよだかじゃ。違うか?」
あと何年くらい人生経験を積めば、正宗さんの境地に辿り着けるのでしょうか? 山に篭って座禅とか組まなきゃ駄目ですか?
「言われてみればその通りですね」
「さ、飯も食ったし帰ろう、よだか。帰って『言いたい事があれば、その口で言え』とカレンにお灸を据えてやるのじゃ」
その通りなのですが、普通の人間は込み入った諸事情をバッサバッサと快刀乱麻はできないものです。
帰り道にふとカレンちゃんの心中に思いを巡らせました。
「でもカレンちゃんも善かれと思ってやってると思うんです。だから別にいいかなって」
「女としての道を歩むという事か?」
その言い方はなんか重いですね。さすがに人生単位でのプランニングはまだ建てられませんが、女として生きる選択肢は今のところありません。
「まあそのうち、なるようになるかな……って」
「俺に一ついい考えがある。ちと耳を貸せい」
悪戯っぽい笑みを浮かべた正宗さんは僕に耳打ちしました。何か良からぬ計を思いついたようです。
「ふむふむ、芝居を打つんですか? 上手くいきますかね?」
「簡単な芝居じゃ、やつら必ず見ておる。大丈夫じゃ」
「でも嘘を吐いてまで……」
「なにを遠慮する事があろう? 先に嘘を吐いたのはカレンのほうじゃろう?」
もしかしたら正宗さん、自分の料理が美味しくないって言われた事を根に持っているのかもしれません。面白そうなのでやってみようと思います。
「わかりました、やりましょう。自信ないけど」
「見ておれよカレン。俺の料理を罵った報いじゃ」
根に持ってました。
ふいに、正宗さんが強い力で僕を壁の方に押しやります。壁ドンです。噂に名高い、伝説の壁ドンをまさか自分がされる事になるとは夢にも思いませんでした。
「よいではないか〜、よいではないか〜」
なんで悪代官なんですか? しかもすこぶる棒読みです。僕はその腕を抜け出して叫びました。
「正宗さんのバカ! 男なんて大っ嫌いです!」
上手く言えたでしょうか? 僕はそのまま走って帰ろうとしたのですが、体力が無さすぎて途中から歩いてしまいました。
そしてパンドラに戻ると、玄関でカレンちゃんが号泣しながら泣きついてきました。
「ごめんなさいよだかさん! カレンがぁ……カレンがちっぽけな小細工したばっかりに! よだかさんに怖い思いをさせてしまいました。小柵士、柵に刺さって死にたいですぅ……ヒック」
効果は抜群だったみたいです。それから本当の事を説明してなだめるまでにしばらくの時間を要しました。
一足遅く帰ってきた正宗さんは吉永さんと一緒で、しかもなぜか刀と銃を携えたボロボロの格好で、所々出血しています。
「おいよだか、あれがお芝居だった事を吉永に説明してやってくれ。取り付く島もないんじゃ」
「うるせぇ! よだかの口から聞くまでは信じねえからな」
吉永さんの顔に消毒液を塗りながら聞いたところ、僕が去った後に怒り狂った吉永さんと正宗さんの壮絶な戦い、銃と剣による死闘が勃発していたようです。
「アタシはよだかのためを思ってやったんだよ?」
「俺があんな俵屋みたいな真似するはず無かろうが」
嘘も方便、とは言うものの、あんまり上手くいかない事の方がどうやら多いみたいです。みなさんも気をつけてください。
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