三人はなんだかんだ盛りあがる
翌日の午前九時すぎ。金のはいったバッグを手に高橋が相談室のカウンセリングルームに行くと、やはり全員が揃っていた。柊と西沢はソファーに座り、南條はいつものように椅子に腰かけている。
「やっと来たぜ」
「会社員のくせに、遅刻とか」
柊と西沢に、遅いと言わんばかりの顔をされ、高橋は「悪い」と素直に謝った。
そんな中、南條がおおらかに笑った。「まあいいじゃないか、ちょっとくらい」
別にいいけど、と機嫌をなおした西沢が、何かに気づいたようにまた高橋を見た。
「昨日と同じ服じゃん。どこにお泊りしてたわけ?」
少し照れたように高橋は白状した。「美加のマンションに泊まったんだ、よりが戻ったから」
聞くや柊が笑顔を見せる。「そりゃよかったじゃねーか」
「昨日の時点でラブラブだったしな」
西沢のからかう口調にも怒る気になれない高橋の口許がゆるむ。その脳裏には、昨夜の美加の言葉が浮かんでいた。
『今回のことで、あなたがいざとなったら頼れる人だってわかったわ。だから、もうしばらくは別れないでいてあげる』
社会不適合者なとこもなおしてくれると嬉しいんだけど、とも彼女は言った。それに関しては、努力する、としか言えない高橋だったのだが。
美加とのことで盛りあがる自分達に、南條が楽しげな眼差しを向けた。
「なんにしてもよかったねぇ。私もほっとしたよ。柊くんは転職できることになったし、西沢くんも自立がうまくいきそうだから、三人とも悩みが解決できたってことだよね」
「そうか、二人ともよかったな」
彼らに笑いかけた高橋は、もっていたバッグを南條に差しだした。
「これ」
「ああ、ありがとう」受けとってバッグの中を確認した南條が、柊と西沢にも「君達もありがとう、あの夫婦もきっと喜ぶよ」と礼を言った。
「でも、また騙されたりして」
西沢が悪戯っぽい笑みを浮かべ、思わず高橋は顔をしかめる。
「さすがにそれはないだろう」
「けど、竹上を逃がしちまったんだろ? ってことは、またサギをするんじゃねーの?」
「結局逃がしたのか」意外な結果に高橋が驚くと、「南條さんがちゃんと脅したらしいから、俺らやこの街はもう大丈夫なんだってさ。きっと、よそでまた詐欺行為しそうだけど」と西沢が応えた。
「そうなったら、その街の警察ががんばるでしょ、たぶん」あとを継いだ南條の面持ちは、ひどく気楽な感じだった。反応は軽いが、南條のことなので、万事ぬかりはないのだろう。
とりあえずほっとした高橋は、「あと、これ」とズボンの尻ポケットにいれていた財布から百万円の束を出して机に置いた。
「本気で指輪がほしかったわけじゃないから、この金は南條さんに渡せばって美加に言われたんだ」
南條が目を丸くする。「私に? どうして?」
「あんたは俺達のリーダーみたいなもんだから、受けとる権利はあるだろ」高橋が言うと、「そうかもしれないけど、理由がないから別にいいよ」と南條があっさり断った。
「なんだよ、もらっときゃいいじゃねーか」
「今さらアジトに返しに行くのも嫌だしな」
立ちあがって机に近寄ってきた柊と西沢が口々に意見するも、頑なに南條が首を振る。そして、「そうだ」と何かを思いついたように手を叩いた。
「じゃあ君達で好きに使うのはどうだい? 苦労したのは君達なんだから、それくらいいいと思うけど」
「まじかよ」
「三人でぱーっと使ってやればいいよ」
南條にさらにあおられ、躊躇していた柊の目がきらっと光った。
「あっ、じゃー三人で旅行とか行かね?」
「はあ?」あり得ない提案に、とっさに高橋は柊を怪訝に見返す。
「行くなら、南の島がいいな」
しかし、西沢までもが乗り気になり、高橋はめっぽう戸惑ってしまう。
「おお、いいな、それ」
わくわくとした二人の目が高橋をとらえる。
「なんで俺がおまえらと」言いかけた高橋は、だが険しい表情を消して苦笑を浮かべた。「まあ、いいか」団体行動が嫌いで、ましてや他人と旅行に行くなど考えられなかった高橋だったが、不思議なことに、彼らとなら旅行も悪くない、と思えてしまったのだ。
「せっかくだし、ミカさんも誘えばいいじゃん」西沢が、彼にしては珍しく屈託なく言う。
「美加も?」
「そうしようぜ、なんか楽しくなりそうだなー」そう言った柊は、子供のように無邪気に喜んでいる。
「そうだな」そんな二人を見る高橋も、いつしか笑顔になっていた。
が──。
なんだかんだ盛りあがる自分達をほほ笑んで見守る南條に気づいた高橋は、ふと考える。
物腰がやわらかなちゃんとしたカウンセラーという印象はいまだにかわらないが、見ず知らずだった三人をうまく使って詐欺師達から金を盗ませたこの人が、実は一番の悪党なんじゃないのかと。
悪党な男達 皇坂りゅう @ryu-kousaka
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