高橋は心を弾ませる

 美加のマンションの前に車を停めた高橋は、エンジンを切ると彼女に言った。「送るのが最後になってすまないな」

 ううん、と美加が首を振る。「送ってくれて、ありがとう」

 助手席のドアをあけようとした美加に、「なあ」と声をかけた。

「何?」おりるのを止めて、美加がこちらを向く。

「奴らが詐欺師とはいえ、金を盗んだ俺達って、悪党だよな」

 外灯の明かりのおかげで、なんとか見てとれる美加の顔がほほ笑んだ。「そうね」

「完全に愛想がつきたか……?」

 さぐるようにその目を覗きこむと、美加がほほ笑んだまま髪をかきあげた。

「そうでもないわよ、私もそんなに立派な人間じゃないし」

「そうか……」最悪の返事ではなかったことに安堵し、わずかににやけた高橋は、暫時沈黙したあと、「もう一つ訊きたいんだが……」と思いきって口を開いた。

「その……おまえの弱みのことなんだが……」

 切りだしたとたんに美加の表情がかたくなり、「いや、やっぱりいい、なんでもない」と慌てて高橋は発言を撤回する。気になりすぎて寝不足になるほどであったが、だからといって問い詰めて嫌われたくはない。

 焦る高橋をじっと見つめた美加が、なぜか唐突に「芳成は、私のどこが好きなの? 外見? 中身?」と訊いてきた。

 一瞬ぽかんとした高橋だったが、すぐに熱く見つめ返す。

「そりゃ中身に決まってるだろ。見た目も好きだけど」

「具体的には?」

「気が強いところとか、それでいてちょっと抜けてるところとか、わかりやすいところとか」

「なんかそれ、私のだめなとこばかりじゃない」美加が口を尖らせた。

「いや、いいとこもあるぞ。でも、おまえのそういうところが好きなんだよ」

 訴える口調で言うと、「そうなんだ」と美加が微笑した。そして何かを考えるように俯いたあと、どこか晴れやかな面持ちで高橋を見た。

「私ね、実は整形してるの」

「えっ」思いもよらない告白に、高橋の声も裏返る。

 それでも気にせず、美加が明るく言葉を継ぐ。

「入社する直前にね、一重の目を二重にしたのよ」

「それが、弱みだったのか……」

「だから、本当の私は、あなたの好きな顔じゃないと思う」

「……」

 とっさに応えられずに黙ってしまった高橋を見る美加の眼差しは、明るい表情とは裏腹に、暗い自嘲を含んでいるように思えてならなかった。

「これでよりを戻す気、なくなったでしょ?」

「別に」無意識に声がもれた。次いで強い視線を美加にあてる。「顔なんてどうでもいい」

「……」今度は美加が言葉を失う。

「言っただろ? おまえの中身が好きなんだって」思いを抑えきれずに、高橋は彼女の腕をぐっと掴んだ。「だから頼む、もう一度考え直してくれ」

 懇願した高橋は、「痛い」と言われて、はっとしたように手を離した。「悪い、つい……」

 腕をさすりつつ、美加がくすっと笑う。

「物好きね」

 息をつくと、「うちでご飯食べる?」と美加が言った。

 期待していなかった誘いに、たちまち高橋の心が弾む。

「じゃ、先に車を返してきていいか?」

 尋ねると、美加がかつて見せてくれたような笑顔になった。

「それなら、一緒にワインが飲めるわね」

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