西沢はしんみりした空気に戸惑う

 キッチンのテーブルに座った父、母、兄に見つめられた西沢は、特に気負うこともなく口を開いた。

「俺、大学辞めて、この家でるから」

「就職先をみつけてきたのか?」言うや否や隣に座った兄が訊いた。

「それはまだだけど」

 向かい合った父の顔は、やはり厳しい。

「今のおまえに、自立する金があるのか」

「金はあるよ、友達に借りたから」

 詐欺師云々の話の説明をするのが面倒くさい西沢が適当に言うと、母が鬱々とした表情を見せた。「お金がなんとかなっても、仕事が決まってないあなたが、いったいどうするつもりなの?」

 そんな台詞が出るのも予想済みだった西沢は、用意していた応えを毅然とした態度で口にした。「とにかくバイトする。で、やりたいことがあるから、その資格をとるために勉強もする」

「やりたいこと?」兄が首を傾げた。

「引きこもりや不登校なんかで悩んでる人達の手助けをする、引きこもり支援相談士になろうと思って」

 南條と接するうち、彼の仕事に興味をもった西沢は、いろんな話を聞くうちに、ついにやりたいことをみつけたのだ。だから反対されようと、その意志は曲げないつもりだった。

「それって……」

「俺にぴったりじゃん?」驚きを隠せない様子の兄に、自嘲するように西沢は笑う。しかし本心では、これは引きこもりである自分だからこそできることだ、と強く思っていた。ただどうしても、家族に対しては素直に自分を出せないのだが。

「おまえにやれるのか?」父が、射抜くように西沢を見据える。

「やれるんじゃない? 最近知り合いになった心理カウンセラーをやってる人が、いろいろ教えてくれるらしいし」

「面白半分でやるつもりなら──」

「本気だよ、俺」

 遮って真摯に見返すと、父の厳しい顔つきがわずかにゆるんだ。

「……勝手にしろ」

 そんな父を一瞥した母の眼差しもやわらぐ。「あなたがそう決めたのなら、そうすればいいわ」

 父と弟のやりとりを見守っていた兄が、どこか嬉しそうに西沢の肩に手をかけた。

「おまえがそこまでの気持ちなら、応援するよ。ただし、何か困ったことがあったら、絶対俺に言うんだぞ」

 昔から常に弟思いの兄に、西沢もまた、このときばかりは微笑して頷く。きっといつかは、兄に対するわだかまりが消えていくのだろうと、西沢は今になって初めて思えたのだった。

「……寂しくなるわね……」母がぽつりと呟く。

 その瞬間、胸がきゅっと締めつけられたように感じた西沢は、「じゃ、そういうことだから」と椅子から立ちあがった。しんみりした空気は、どうすればいいかわからないので苦手なのだ。

 自室に戻ろうとする西沢の背に、「たまには、うちに帰ってこい」と父が声をかけた。

「わかった」

 そっけなく応えた西沢だったが、心は少し軽くなった気がした。


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