柊は親父に殴られずにすむ
家に戻るよりも先に村瀬のマンション前で車をおりた柊は、彼の部屋にはいるなり、「金、できたぜ!」と百万円の束をローテーブルにどんと置いた。
椅子から立つことなく、村瀬がそれに目を落とす。「よくできたカラーコピーだな」
「違うってっ」柊は腰をおろすと、札束をぱらぱらとめくって見せた。「本物だって。ほら、全部本物の万札だぜ?」
村瀬が怪訝な顔つきになる。
「いつも金欠なおまえが、どうしてこんな金をもってる」
「悪いサギ師から、パクってきたんだよ」
柊が屈託なく言うと、村瀬の表情がますます険しくなった。
「詐欺師からパクった? 超がつくほどバカなおまえが?」
「仲間と一緒だったからよ、うまくいったんだ」
「おまえのダチも、もれなくバカだと思ったが」
「ダチじゃなくて、悩み相談をしにいったとこで知り合った奴らがいてさ、そいつらも金が必要で、それでサギ師んちに行って、パクってきたんだよ」けっこう苦労したんだぜー、と柊が詳細を話すと、やっと信じたらしい村瀬がフッと笑った。
「結局は、ナンジョウとかいうブレーンがいたおかげか。けどまあ、クソバカなおまえにしては、よくやったな」
「だろ?」得意げに返した柊は、そこではたと気がついた。すぐに自分をバカ呼ばわりする生意気な西沢を、それでも憎めないのは、武ちゃんとどことなく似ているからだ。特に口が悪くてSっぽいところとか。
一人納得し、ははは……と苦笑をもらした柊に、村瀬が鋭い視線を当てた。
「おまえ、いつから来られる?」
思わず柊の頬が綻ぶ。「雇ってくれるのか?」
「ちゃんと勉強しないと、クビにするけどな」
「する、ちゃんとするぜっ」
勢いこんで言った柊は、相変わらず愛想のない村瀬に、さも嬉しそうに笑いかけた。
村瀬のマンションを出て家に帰った柊は、食事よりもまず、居間に向かった。母は台所、姉は自室にいて、父が一人でテレビを観ていた居間にはいると、「親父、話があるんだ」と向かいに正座した。普段家で正座などしたことはなかったが、真剣さを伝えるために、今はするべきだ、と柊なりに考えたのだ。
「おまえ、こんな時間までどこでふらふらしてやがった」開口一番怒声が出たが、いつもと違う息子の様子に、父も黙って柊を見返す。「なんだ、話って」
真顔で柊は口を開いた。「俺、武ちゃんとこで働くことにした」里奈と同じで、父もドッグトレーナーという職業をよく思ってないことを知っている柊は、反対され、さらには殴られる覚悟をしていたが、しかし拳は飛んでこなかった。
むすっとした顔ながら反応しない父に、柊は「あれ?」と驚く。
「何が、あれ? だ」
「いや、だって、ぜってーなぐられると思ってたからさ」
「殴られるようないい加減な気持ちで言ったのか」
「違うって」柊は思いっきり手を振った。「親父、武ちゃんの仕事、よく思ってねーから……」
「まあ、稼げるかどうかわからねぇ仕事だとは思ってるが、あれで武志はちゃんとした奴だからな、おまえが真剣にあいつの許で働きてぇなら、反対はしねぇよ」
「まじか……」
予想だにしなかった言葉に感激した柊に向かって、父がびしっと指をさす。
「やる以上は、しっかりやれ」
「おう」と柊が力強く頷いたのは、言うまでもないことだった。
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