三人は互いに笑い合う
アジト一階のリビングで、三人は疲れたようにソファーに座っていた。奴らの寝室らしい四部屋とトイレがある二階を隅から隅まで丁寧に調べたが、金どころか金庫すらみつからず、一階もリビング以外は調べ尽くしたが、なんの成果も得られなかった。
「ほんとにアジトに金が隠してあんのかよ」投げやりな口調で柊が言う。
高橋はだるそうに髪をかきあげた。「南條さんは絶対にあるはずって言ったからな、きっとこのリビングのどこかにあるんじゃないか?」
「案外、庭に埋めてあったりして」
西沢の言葉に、高橋も柊もげんなりした顔になる。
「暗がりの中、この広い庭を掘りまくるのか……考えただけでしんどさが増すな」
「掘ってる間に寝ていく自信があるぞ、俺は」
柊が言うなり、西沢がにやっと笑った。「そしたら踏んで起こしてあげるよ」
たちまち柊の眉が吊りあがる。「おまえ、次それやったら、ぜってーふみ返すからな」
「踏めるもんならな」
「ふむ、何がなんでもふんでやる」
「だから無理だって。俺には追いつけないし」
「それでも、おいつくまでおいかけてやるぜ」
「もういい加減にしろよ、おまえら」よけい疲れるだろ、と高橋が力なく怒ると、二人がすんなり口を閉じて息をついた。さすがにどちらも高橋同様疲れているのだ。にもかかわらず、すぐに言い合いになるのは、仲がいいのか悪いのか。
ソファーに体を預けて少しの間休憩すると、疲れた体に鞭打って高橋は立ちあがった。
「とにかく、まずはこのリビングを調べよう」
柊がぐるりと視線を巡らせる。「けど、この部屋にも金庫はないぜ?」
「金を隠せそうな家具もないし」
西沢が言うとおり、このリビングには、ソファーセットのほかにはテレビとローボード、高級な洋酒が並べられたガラス張りの洒落た棚にアンティーク調の小さなデスク、綺麗な装飾が施されたスツールのような形をした木製の台しかなく、探すまでもない状況に、高橋の顔もどんより曇る。
「やっぱり、庭なのか……」
高橋が途方に暮れていると、そうだ、と何か思いついたらしい柊が腰をあげた。
「ラグの下に隠し扉とかあるんじゃね?」ローテーブルをどけ、真っ白なふかふかなラグをめくりあげた。
しかし、そこには何もなく──。
「んじゃ、ソファーの中だ」座る部分や背もたれを押したり引っぱったりして調べまくったが、細工されているところもなく、がっかりした柊が倒れるようにソファーに座る。
「なんだよ、もう探すとこねーじゃんか」
その様子を無表情に見ていた西沢が、「やっぱり庭か、ガレージなんだよ」と言って口を尖らせた。
「まじかよ……掘る道具なんてもってきてねーぞ」柊ががりがりと頭をかく。
「重機でもあればな……」
気力が尽きそうになった高橋は、またソファーにもたれ座ると、ただ虚ろに壁を見つめた。
「……あれ?」大きなテレビの上のほう──やや薄暗い壁の上部に違和を感じ、上体を起こして凝視する。
「何?」
「どうした?」
西沢も柊も、高橋の視線の先に目をやり、三人して壁を見つめやる。
「あそこ、四角く切れ目がはいってないか?」
高橋が指差すと、近づいて見あげた西沢が、「ほんとだ、はずせるようになってる」と二人を振り返った。「これを使えば届くんじゃない?」窓際から木製の台をもってくると、「テレビとか、どかしてよ」と柊に言った。
「おう」と柊が、テレビが乗ったローボードを壁から離す。そして西沢が台を置いてその上に乗り、手を伸ばして四角い蓋の部分をそっとはずした。
「なんか鍵穴のついた小さい金庫の扉みたいなのがあるよ。鍵がかかっててあけられないけど」
「そこにそんな物があるってことは、この壁の中が金庫代わりってことか?」
近寄った高橋が壁をノックすると、やけに軽い音がした。
「中は空洞になってるみたいだな」
柊が思いついたように手を叩く。「建築業者が来てなんかやってたのって、これか!」
「金を隠すために二重壁にしたんだ」
高橋も言うと、西沢がおかしげに軽く笑った。
「そのために家を改造するなんて、詐欺師達、必死だな」
「だが、扉があんなに上にあるんじゃ、金をいれるのはできても、出せなくないか?」
困惑する高橋の言葉も無視して台からおりた西沢が、身を屈めて壁の下のほうに目をやった。「やっぱり、あった」と二人を見あげる。
「どうした?」
高橋と柊が覗きこむと、床すれすれのところにも、同じような四角い切れ目がはいっていた。
「出す用の扉だ」西沢が慣れた手つきで蓋をはずす。
そっくり同じ扉がついていて、納得した高橋は何度となく頷いた。「なるほどな、上からいれて、下から出すのか」
「でも、こっちも鍵がかかってるよ」という西沢の声に応えて、柊がバッグを開いて針金をとり出した。
「これでなんとかあけられねーかな」西沢がいた場所にあぐらをかき、折り曲げた針金を鍵穴に差しこんでガチャガチャと動かすも、扉があく気配はない。それを見かねて交代した西沢がやっても同じことだった。
「そううまくはいかないな」
「俺がやってみよう」
高橋もがんばってチャレンジしてみたが、三人を嘲笑うかのように扉はかたく閉まったままだ。
「だめか……」とうとうギブアップした高橋は、ため息をついて針金を手放した。
「金庫ならあけられなくても、そのままもっていくって手があるけど、壁じゃあなー」残念そうに柊が言う。
「なら、壁を壊すってのは?」
西沢の提案を聞いた高橋は、覚えず顔を輝かせた。
「そうだな、柊ならいけるかもしれないぞ」
顔を向けると、俺の出番か、とばかりに柊が腰をあげる。高橋も西沢も立ちあがって、やる気満々そうな柊から少し離れた。
「よし、やってみるか」
このうえなく真剣な顔つきになった柊が、勢いよく壁の中央に蹴りをいれる。靴のあとがくっきりついただけのその部分を、まるで親の仇か何かのように何度なく蹴り続けると、バキッと音がして壁に亀裂がはいった。
「これでどうだっ」
渾身の一撃を加えると、割れた壁の一部がとれ、ついにぽっかりと穴があいた。
「おお!」高橋の口から興奮した声がもれる。
「やるじゃん、バカ力」さすがに嬉しそうな表情を見せた西沢が褒めると、「へへ」と柊が得意げに笑った。
すかさず西沢が、穴の中に手を突っこむ。
「札束ゲット」掴みとった一束を二人に見せてから床に投げ置くと、再び手をいれ、次々に札束を出していった。
現実では見たことのない札束の山を目にした三人は、互いに笑い合わずにはいられない。
「やったなー俺ら」
しゃがみこみ、札束を手にして無邪気に喜ぶ柊に、「そうだな」と応えてから、高橋は西沢に訊いた。「まだあるのか?」
「あるよ、全部出す?」と訊き返された高橋は、考えるように首を捻った。
「いや、もっていくのは必要な分だけにしよう。根こそぎとるのはやめたほうがいいって、南條さんも言ってたし」すべてを奪えば、きっと奴らは激怒して、何をするかわからないだろうね、とも南條は言っていた。それに対して、高橋は即座に同意したのだ。今でもじゅうぶん喧嘩を売っているとは思うが、犯罪を平気で犯す詐欺団を本気で怒らせるのはまずすぎる。
「まあ、あんまりよぶんな金もってても、こえーしな」
札束を戻した柊も、その辺はわかっているようだ。
「じゃあ、全部でいくら分?」一番年下でありながら、一番冷静に見える西沢に訊かれ、高橋も床に片膝をついて札束を手にとった。
「まず、南條さんの相談者の被害額が五百万で、美加が三百万、俺達三人が各百ずつとして、全部で一千百万だな」言いながら必要な分をとりわける。
「つまりこれが十一個、と」
高橋がわけた札束を、柊が数えつつバッグに詰めた。
バッグのチャックをしめた柊が、それをしげしげと見つめる。「こんなに札束があると、キンチョーすんなー」
「確かにな」気持ちがわかる高橋が小さく笑うと、西沢が残った札束を拾いあげた。
「残った分は戻しとけばいい?」
「そうだな。壁は戻せないから、見たら一発でばれそうだが……」
ふと不安が胸をよぎった高橋に、西沢が悪戯っぽく笑いかけた。
「でも被害届けは出せないから、セーフだよ」と言った西沢は強がっているように見えなくもなかったが、それもそうだ、と高橋も思うことにした。そんなふうに考えられなければ、最初からこの話にのるな、ということになってしまう。
「じゃあ、さっさと退散するか」西沢が金を戻し終わったのを見て高橋が立ちあがると、同じように腰をあげた柊が、心配そうな顔を向けた。
「その前に、犬はどうするんだ? 奴らがいつ戻ってくるかわかんねーのに、あのままにしとくのか?」
彼の面には、ほっとけない、と大きく書かれているかのようで、「犬か……」と高橋は腕を組んで思案する。
「生き物だから、放置しておくわけにもいかないしな……」
「あとで動物愛護団体にでも連絡しておけばいいんじゃない?」
西沢の口からあっさり出た言葉に、「それだ」と二人は同時に声をあげた。
「それなら安心だぜ」一転して明るい表情になった柊が、バッグを肩に担いで玄関に向かう。
行きとは逆に足早に高橋達が車に戻ると、待ちくたびれたらしい美加の不興顔があった。
「あんた達、遅いわよっ」
高橋を見るなり怒鳴った助手席の美加に、とりあえず「ごめん」と頭をさげる。こういうときにへたに言い返すと、待たされるのが大嫌いな美加の逆鱗に触れ、確実に長引くのだ。そして、大喧嘩に発展してしまう。はなから苛立っている彼女には、まず謝っておけばいいことを、高橋は交際一週間にして学んでいたのだった。
「……まあ、状況が状況だから、仕方ないけど」
案の定、少し気がおさまったのか、美加の怒りの気色が薄くなる。
ほっとした高橋が運転席に乗りこむと、すでに後部座席に座っていた柊が遠慮なく笑った。
「気のつえーネーチャンだなー、俺のアネキと同じだぜ」
「甘えたり怒ったり、忙しい人だな」ぼそっと、西沢も言う。
「何よ」と再び機嫌が怪しくなった美加に、高橋は慌てて「金、とり戻せたぞ」と報告した。
とたんに美加が破顔する。「ほんと? ほんとに?」
ああ、と応えると、空気を読んだらしい柊が、バッグから三百万をとり出して美加に渡した。「ほらよ、あんたの分だ」
受けとった美加が、さも嬉しそうにその金を抱きしめる。「よかった~」体を捻ると、「ありがとう、ほんとにありがとう」と三人に何度も礼を言った。
「さあ、戻るか」晴れやかな気持ちで高橋がエンジンをかけたちょうどそのとき、スマホが鳴った。出ると、南條からだった。
『どう? 美加さんとお金はみつかった?』
「ああ、美加は無事だし、金もなんとかみつかった。そっちはどうなった?」
『それはよかったね。こっちもなんとかなったよ、詳しい話は会ったときにするけど』
「そうか、じゃ、今から向かうよ。美加を先に送るから、少し遅くなるかもしれないが」
『あーそれが、このあと急な予約がはいってしまったんで、私のところに来るのは明日にしてほしいんだ』
「仕事ならしょうがないな。だったら、何時に行けばいい?」
『朝九時頃にしようか』
「わかった」
電話を切ると、高橋はうしろを振り返った。
「集合時間の変更だ、南條さんのところに行くのは、明日の朝九時になった」
「ってことは、誰かが五百万を一晩預かるってこと?」訊いてきた西沢に、「そうなるな」と高橋が応えると、柊が顔をしかめた。
「そんな大金もってるの、なんかこえーな。親父にみつかったら没収されそうだし」
「俺も家族と住んでるから、ここは一人暮らしの人の出番じゃない? 一番年上だし」西沢の意見に「それがいいぜ」と柊がのったため、ジャンケンしようと言う間もなく、高橋が預かることに決定してしまった。
「こんなときだけ年上扱いかよ……」
独りごちた高橋は、息をついて気をとりなおすと、車の向きをかえて詐欺師達のアジトをあとにした。
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