南條は紳士的に恫喝する
南條がゆったりと椅子に座って紅茶を飲んでいると、ソファーに寝転がされた竹上の体がもぞもぞと動いた。どうやら、意識が戻ったようだ。
ティーカップを机に置くと、南條は立ちあがって歩み寄り、竹上からアイマスクと耳栓をとりはずした。冷静な男らしく、声も出さずにこちらを見あげてくる彼に、にっこりと笑いかける。
「私達に捕えられた気分はいかがですか?」
「……よくはないですね」竹上も笑みを作ったが、その双眼は笑っていない。やはり素人に捕まったのは、彼にとって屈辱以外の何ものでもないようだった。
だが南條は気にせず彼に喋りかける。「残念でしたね、催眠術にかかったのが一人だけで」
「前提催眠のかけ方が、甘かったようです」
「ああ確か……この人はすごい人と思わせてかける威光催眠を行うために、前提を組むというやつですね」
「よくご存じで」竹上が小さく苦笑した。「ところで、そろそろ手足を自由にしていただけませんか? 自由になったとたんに暴れたりしませんから」
「そうですねえ」頬をさすって悩む素振りを見せつつも、南條は竹上の傍に身を屈めた。「あなたはそういう類の人じゃないでしょうから、はずしてあげますよ。でも、私の話が終わるまでは帰らないでくださいね」言って、ズボンの尻ポケットからカッターナイフをとり出すと、「わかりました」と竹上が応えた。
カッターナイフでまず足を縛っていた紐を切る。それから両親指に巻かれたセロテープを切り離してやった。
ようやく体の自由をとり戻した竹上が、ソファーに座りなおして腕をさする。「それで、お話とは」
南條も椅子に座ると、机にカッターナイフを置いた。
憐れむような表情で竹上を見る。
「あなたにとって、残念なお知らせです。あなたのお仲間は、催眠術師のアナンさんも含めて皆、警察から逃げるために現在海外のアジトに向かっています」
瞬時竹上の顔が険しく強ばった。「警察に通報されたんですか」
「いえ」否定し、南條はすぐに言葉を継ぐ。「警察が来ると思わせただけです」
上着のポケットからすばやくスマホを出した竹上に、「やめたほうがいいですよ」と強い口調で南條は言った。
「お仲間を呼び戻せば、本当に警察に追われることになりますから」
「私を脅してるんですか? 南條さん」そう言った竹上の顔は、どこか面白がっているようにも見えた。
南條もまた、明るく「ええ」と頷く。
「あなた方が海外に逃げないのなら、私はネットでさらに被害者をみつけだして、彼らに代わって被害届けを出さなくてはならなくなります。少なくともあなたの本名も、パスポートを見せてもらってわかったし、あとはこの写真を警察に提出すれば、指名手配されるのも時間の問題でしょうね」高橋がこっそり撮った、竹上、マツイ、梅木の三人が写った写真を胸ポケットから出して見せると、彼の面から表情が消えた。
「なるほど、逃げるしかないというわけですか」
「私の気がかわる前に、急いでまっすぐ空港に向かってください」
穏やかな声音ながら南條がきっぱり言うと、竹上が無言で立ちあがった。ドアに向かった背に、さらに南條は声をかける。
「この先、もし日本に戻ってくることがあったとしても、この街には来ないでくださいね。もちろん、私やあの三人や美加さんに何かするようなら、指名手配は待ったなしですよ」
ドアの手前で足を止めた竹上が、振り向いて笑う。
「それならご心配なく。もうあなたや彼らと関わるのはごめんですから」ドア開いて出ようとして、再度振り返った。「あなたは、本当は何者なんですか?」
南條は、ゆっくりと脚を組んで微笑する。
「ただの心理カウンセラーです」
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