第3話

青、青、青……時々白。


今の視界は殆ど青が占めている。


快晴の空、広大な青い海、そして時々見られる白波。


………ふむ、青がひとつ足りない。


どうしたものか。これでは嘘をついてしまっている。しかし仕方ないのだ。


青、青、時々白ーーよりも、青、青、青、時々白の方がしっくりくる。


もし無理矢理でも青を作るのであれば………。


み「よっしゃ!今日はたくさん釣るぞ!」


今日のみつおのダウンベストが青だ。


今日俺たちは釣りに来ている。みつおが美味い魚が食いたいと、しかも自分で釣って。


ひとりで行けばいいものを……寂しいとの理由で俺が抜擢された。


まあ俺も釣りはともかくこうやって無心で海を眺めるのは好きだから構わないのだけど。好きじゃなければ確実に断っている。


み「狙うはカレイ!おじいさんにうまい煮付けにしてもらうぜ!」


真「あんまり騒ぐな、魚が逃げるだろ」


周りの釣り人もみんなみつおを見ている。どの人の表情もこぞってうるさい、と訴えている。


真「あとな、和食は優那の方が美味いぞ。じいさんは洋食ばかり作ってきたからな」


み「そうなのか!?かわいくて料理上手なんて!」


みつおはニヤニヤしながら遠くを見つめてる。


み「………ちょっと待て。てことはお前優那ちゃんの手料理を……!?」


真「ああ、あるぞ」


み「なんて羨ましい奴だ!!」


一応声を小さくしてる。学んだな。


真「別に特別なことじゃないぞ?優那がカウンターに入ってる時は優那も料理作ってるからな、お客さんみんな食べてる」


み「あ、そっか。じゃあいつかひとりのために作った料理は俺が………」


真「すまん。優那の家泊まった時食ったわ」


み「マジかよチクショー!!…………待て。泊まった?」


真「ん?ああ、高校の頃な。じいさん友達と毎年恒例の旅行に行くってなってな。女の子ひとりじゃ危ないとか言ってじいさんが無理矢理。じゃあ前の年までどうしてたんだよってはーーー」


み「待て待て待て。みつおのライフはゼロや………なんかもう勝てない気がする……」


俺の言葉を遮りみつおがそう言う。


真「…………気づいてたのか」


みつおの表情は少しだけ敵対心が入っている。前の言葉からも優那の気持ちにあの時から気づいていたらしい。


み「わかるさ。自分で言うのもなんだが俺こう見えてモテるんだぜ?」


真「知ってるよ」


み「恥ずかしいからホントはけなしてほしかった…。まあ何人か俺を本気で好きになってくれた子がいたんだ。お前じゃないが、優那ちゃんはあの時その子らと同じ表情をしてたと思う」


俺に感化されたか?あの時の表情を見て気づくとはな。


真「………ただ出会うのが早かっただけだ。お前ならすぐ優那の気持ちを変えられるよ」


み「ん~……でもあの過去の話をした時から悩んでるんだよ」


真「悩んでる?」


俺が聞き返すと、みつおは少しだけ笑みを浮かべながら頷く。


み「優那ちゃんはいい子だ。お前でも信頼できるくらい。だからこそ、これから優那ちゃんみたいな子が現れるともわからない。きっとあの子はお前のそばにひつよーーー」


真「みつお」


今度は俺が言葉を遮る。みつおはゆっくりこちらを向く。


真「竿、引いてるぞ?」


み「えっ?ああ!」


みつおは急いでリールを巻く。だが引きがなくなった。逃げられたみたいだ。


真「お前の気持ちは誰かに簡単に譲れるほど小さな物なのか?そんな気持ちでうじうじしてると今の魚みたいに簡単に逃げられるぞ?優那だって男友達はいるんだからな」


み「いや、俺はお前を………」


真「俺の幸せじゃなく優那の幸せを考えろ。ホモか」


それっきり俺は海の方を向き、無言になる。もう話すことはないとゆう表明だ。


み「………俺だって頑張って振り向かせてみせる。俺らどちらかが幸せにしてやるんだ」


どちらかではないが、面倒なのでもう諦めよう。


しばらくの間沈黙が続く。


み「そういえば優那ちゃんは?一応誘ってくれたんだろ?」


真「誘うも何も今日は平日だろ?仕事だよ」


み「あ、そっか!俺がたまたま代休なだけか」


自分が休みだから忘れてたのか?まあ毎日休みの俺が言えた事じゃないが。


………少し飽きてきたな。


真「みつお、俺ちょっと堤防散歩してくる。竿と荷物よろしくな」


み「え?ちょっ!!」


わめく声が聞こえるが背中で無視を決め込み、歩みを進める。


釣り人が何人か見受けられる。みんな当たりがあるような様子もない。みんな一緒だな。


「お兄さんも釣れませんか?」


真「………え?俺ですか?」


俺が海を見ながら歩いていると、釣りをしていたひとりのおじさんが話しかけてきた。 


いかにも釣り人らしい服装に青い帽子を被っている。また青か。


一見ただ釣りにきたおじさんに見えるが、雰囲気や喋り方がちょっと違うな。その態度にも威厳が伺える。


真「ええ、釣れませんね。今日の魚は利口な奴らばかりみたいです」


「ははっ!そううまくはいかないさ。人生と同じさ。成功するためには自ら動けと言うが私はそう思わない。チャンスとゆう誰が見てもよだれを垂らしそうな仕掛けを考えつき、それを投げ入れ、あとは虎視眈々と待つのさ」


そう言って不適な笑みを浮かべる。


真「さすがは成功を勝ち取った社長さん。いや、こうして平日にのんびり釣りが出来るのなら会長さんかな?」


「ほう。どうしてそう思う?」


真「何となく雰囲気で感づいてましたが、今の話で会社経営してるとわからなかったらちょっと抜けてるんじゃないですかね?」


「ははっ!確かにな。普通のサラリーマンのおじさんがこんな教えを説いてたら自意識過剰だ」


そんなこともないだろう。毎日毎日一生懸命働いているんだ。会社を支え、家族を養うために働くそこらのおじさんに失礼だ。


どうやらこの人は相当な自信家らしい。そして人に対して優劣をつけたがるタイプだな。


真「釣りが趣味ですか?相当な種類の道具ですね」


そのそばにはボストンバック並の収納ボックスに糸や針、重りに擬似餌にとたくさんの種類が相当な数揃えられている。


しかも種類だけではなく、色、大きさでわけられキレイに収納されている。

相当きれい好き……いや、神経質なのかもな。


「まあそんな所だ。仕事以外に趣味などもなくてね、最近はリフレッシュがてらこうして釣りに来てるんだよ。午前中は頼りになる社員に甘えてるんだ」


………前者は本当、後者は嘘か。社員を信用していない。表情が自分以外は使えない、役立たずと語っている。


「……おっと。もうこんな時間か。そろそろ出社しないとな。ちなみに私はこうゆう者だ」


そう言って名刺を渡してくる。


『株式会社 インフォメーションブック

代表取締役社長 安斎匠(あんざいたくみ)』


真「会長ではなく社長でしたか。どういった会社で?」


「ご覧になったことはないかい?街ぶらナビとゆう情報サイトを運営していてね、アクセス数では他の情報サイトの比ではない自信があるよ」


聞いたことある。地域密着型だがテレビやラジオにも番組を持っており、フリーペーパーで情報誌も出している。この情報サイトや情報誌に登録した店は相当店側に欠点がない限り顧客が必ず増える程知名度があるらしい。


だがそれ相当に掲載料も値がはるらしいが。それでも登録店は増える一方だという。

この人は予想よりも大物だったらしい。


「何かあったら弊社の情報サイト、情報誌を是非。おいしい隠れ家やお洒落な雑貨屋と揃っているよ」


ありがたいが、俺には必要ないな。これ以上ない名店を知っているからな。


安斎匠は話をしているうちにてきぱきと片付けを終え、それじゃ。と言って帰って行った。


成功して雲の上の人でいるつもりらしいが、結局の所裏の感情は醜い。他の人達となんら変わりないさ。


真「そろそろみつおの所に戻るか」


俺はみつおの元へと歩みを進めた。




ーーーーーーーーーーーー


み「全っっ然釣れねぇ」


みつおは隣でぶつぶつ愚痴をこぼしている。


真「よだれを垂らすような仕掛けを投げ入れ虎視眈々と待つのがいいらしいぞ」


み「なんの話だよ」


真「なんでもないさ」


あれから数時間。俺たちはひとつの当たりもなくボーッと海を眺めて過ごしていた。


み「もう魚はいいや………オムライス食いに行こうかな」


真「いいのか?お前優那に『魚自分で釣ってくるの?すごい!楽しみにしてるね!』って言われて釣り歴長いから任せろだの何だの言ってなかったか?」


み「この辺りに鮮魚店はっと…」


こいつは本当に救えないな。


真「……街ぶらナビか」


み「ああ。店探すのに便利でさ。てかお前がこうゆうの知ってるなんて珍しいな」


真「まあ……色々あってな」


その時、俺の携帯に着信が入る。登録数も少なくめったに鳴らない携帯だ。じいさんか、優那か、もしくは………。


真「やっと俺の出番らしいぜ?」


み「えっ?………父ちゃんか!」


俺は電話にでる。


真「はい」


春『真司くん、今忙しいかい?』


真「ちょうど帰ろうとしていたところです」


春『出かけていたのか?今どのあたりにいる?』


真「××公園の堤防にいますよ」


春『近いな、よかった。君に手伝ってほしい事件が起きた。迎えに行っていいか?』


わかりました。と言って俺は電話を切る。


み「父ちゃんなんだって?」


真「お前に無職は似合わないだと、仕事だ」


俺は竿などを片付け、駐車場の方へと歩き出す。


み「ちょっと待てって!俺まだ片付けが……!」


そう言って急いで片付け、小走りで俺を追いかけてくる。


真「帰ってていいぞ?鮮魚店行くんだろ?」


み「いや、俺も行くよ!行きたい!」


真「遊園地行くんじゃねえんだぞ?はしゃぎながら事件現場行きたいなんてアホか」


み「いいじゃねえか!俺らは運命共同体だ!」


気持ち悪い。と一刀し、駐車場で春田警部を待った。


すると程なくして見慣れたクラウンが入ってくる。あれから10分もたっていない、本当に近かったみたいだ。


春「すまんな真司くん!それで、なぜ光陽がいる?仕事はどうした?」


み「今日は休みだ!俺も行っていいか?」


春「ダメだ!一般人がそんなに簡単に現場に入れるわけないだろ!」


み「真司だって一般人だろ?」


みつおの言葉に何かを思い出したようで、そうだ。と呟く。


春「君は心理学の先生とゆうことにしてある。君の力なら疑われる事もないと思う。とにかく待たしているから急いでくれ」


み「じゃあ俺は助手とゆうことで!」


そう言ってみつおは勝手に乗り込む。


春「光陽!ああ、もういい!いくぞ!」


よほど時間がないのか、春田警部はそのまま車を発進させる。


春田警部も苦労してるな………。


真「ところで事件はどういった内容なんですか?」


春「毒殺だ。会社内での出来事なんだが、社長が出勤してきて社員がだしたコーヒーを飲んだところ急に苦しみだして倒れてそのまま亡くなったらしい」


み「それってコーヒーいれた社員が犯人じゃないの?普通に考えたら」


春「普通に考えたらそうだ。給湯室に行ってる間他の社員は皆同じ室内にいてその社員の行動を知るものがいない。そしてコーヒーはその社員から直接社長に手渡されたらしいしな」


み「じゃあ決まりじゃね?」


春「それがまた色々とあるんだよ。本人は否定しているうえ凶器である毒も見つかっていない」


真「毒はコーヒーから検出されたんですか?」


春田警部は頷き話を進める。


春「他にも色んな所を調べてみたんだがな。例えば用紙をめくる時に社長は指を舐めるらしいから指でさわる物をな」


真「それは無理がありませんか?」


春「そうなんだよ。社長はコーヒーを飲んで倒れたわけだし、ましてやコーヒー受け取るまでになにも触っていない。だからどう考えてもコーヒーからなんだが……」


真「本人が断固として否定してますか」


春「そうなんだ。だからその表情からそれが真意なのかどうかを確かめて欲しくて呼んだんだ。とにかく現場で見てもらえるか?」


わかりました。と言って俺は窓の外を見る。


するとまだ少し遠いが、前方に記憶に新しい社名の看板が目に映る。


真「インフォメーションブック……」


春「ん?真司くん知っているのか?そこが今回の事件現場だ」


それは驚いた。と言うことは、先ほど俺と話していた自信満々社長が殺されたのか。


信頼していなかった社員に殺されたか。社員かもまだわからないが。また人のせいで狂った人の動機を聞くのか。


そして事件現場、インフォメーションブックの前に着く。すでに警官が何人か入り口に立っていて入れぬよう規制している。


しかし俺たちのそばにいるのは警部だ。特になにも言われることもなくテープをくぐり現場のビルに入る。

現場は3階らしい。


み「なかなか大きな会社だったんだな。なんの会社だ?」


真「お前もさっき使ってたじゃねぇか。街ぶらナビだよ」


み「マジ!?あのサイトひとつでこんなに立派なビル全てが会社なのか?」


春「いや、2階まではテナントだ。3階が現場でもある本元の会社で最上階が社長の家だ」


確かに。エレベーターに乗り込み階数表示の所に1、2階は全然違う会社が入っている。


み「サイトひとつ人気になればここまで成り上がれるのか。なあ心理学の先生、人の心理で放っておけないようなサイトを共に考えてみませんか?」


真「誰が先生だ」


春「2人とも。もう現場だ。化けの皮はがれぬようしっかり演じてくれよ」


そしてエレベーターが3階に到着する。エレベーターを出るとすぐに総務部、奥に営業部と表札がしてある。


そして事件現場は総務部のよう。鑑識やら刑事やらが集中している。


春「宮内刑事!」


俺たちは総務部に入ると春田警部がひとりの刑事を呼んだ。そして奥から女性が歩いてくる。


春「遅くなった。こちらが話をしていた心理学の先生の信条真司さんだ。こちらは………助手の山田みつおさんだ」


み「やま!?みっぶッッ!」


俺はみつおの頭を叩く。余計なことを言うなよ。


宮「………随分お若いんですね。私は刑事の宮内奈々(みやうちなな)と申します」


黒髪のセミロング、そして目がくりっとしていて世間一般では美人と言われるであろう人だ。

年は20代後半から30程であろうか。自分も十分若いではないか。


その宮内刑事が深々と頭を下げ挨拶をする。が、その表情には疑心が伺える。まあ仕方ないが。


春「早速ですが先生、関係者の事情聴取をされますか?事前に先生の聴取の許可はとってあります」


演技のため敬語で話してくる春田警部。なんか調子が狂うが、慣れるまでか。


真「いえ、少しだけ現場を見て回っても宜しいですか?」


春「わかりました。関係者は隣の会議室で待たせています。中でお待ちしています」


そう言って春田警部は奥の部屋へ入っていった。しかし宮内刑事はそのままこちらを見て立っている。余計なことをするなとゆう表情……現場を荒らさないか見張ってるのかな?


俺は気にせず辺りを見渡す。みつおに何も触るなと釘をさしてから。


入り口を入りすぐに受付のカウンター、その奥に6つデスクが向かい合わせで並んでおり、その奥に他のより立派なデスクと少し離れてその隣に明らかに社長の物であろう大きなデスクが置いてある。


俺は奥の方へと歩みを進める。


今までカウンターで見えなかったが、そこには喉を両手で抑えながら苦しみの表情で息絶えているさっき会ったばかりの安斎匠の姿があった。


俺は黙祷をする。それを真似てみつおも横で黙祷をする。


み「ここ数日で2度も死体を見るなんて思わなかったよ。やっぱ慣れねぇな」


真「じゃあ着いてくるなよ」


俺は社長のデスクへと目をやる。


真「………案外散らばってるな」


机の上には用紙がちらばっている。しかしデスク上の棚にあるファイル等はキレイに収納されていた。


用紙の他にもボールペンやフロッピーディスク、なぜかチョコも4個ほど落ちていた。


俺は事前に春田警部から受け取っていたはくて……つまりは白い手袋だ。それをはめる。


そしてあまり現状から動かさぬよう用紙をめくってみたりする。


用紙の下にはさらに用紙が散らばっており、その所々に黒いシミのような物がついている。


おそらく被害者の飲んでいたコーヒーだろう。そのシミはデスク下まで飛び散っているので被害者がこぼしたのだろう。


み「真司見ろよ。ビジネス本がびっしりだ。この社長すげえ勤勉だったんだな。社員もみんな見てるのかな?」


みつおの声で後ろを振り向く。そこにはガラス引き戸付きの本棚があり、そこにはビジネス本を主にたくさん本が並んでいた。


被害者の几帳面さが伺える。よく見ると作者ごと、一冊だけの作者の物はすべてあいうえお順にキレイに整頓されている。


真「こっちは……部長か」


俺は隣の少し小さなデスクに目をやる。こちらもきっちりしていて几帳面さが見られる。が、社長ほど神経質さは感じられない。普通のキレイ好きと言う印象。


み「女性かな?デスク下に女性物の靴があるぞ?」


本当だ。みつおの言うとおりデスクの下には高めのヒールの靴が揃えておいてある。


み「どうだ?現場の状況見てなにかわかったことはあるか?」


真「いや……やはり関係者から話しを聞いた方が良さそうだ。それから証拠探しをしよう」


俺とみつおは春田警部のいる会議室へ向かう。


社長のデスクから見て会議室が右入り口側、その隣に応接室。給湯室は左側か。


コーヒーいれた人だけでなく途中誰かがいれられるほどの距離はあるが………それは至難の業だろう。コーヒーいれた人が直接渡したのだから持っていたわけだしやろうとしたら見つかるな。


考えてもきりがない。とにかく話を聞こう。 

俺が先に会議室の扉をあけ、みつおが続く。


春「あ、来ましたか。この方が捜査協力をしていただいている信条真司さんと助手の山田みつおさんです。また同じ繰り返しでお手数ではありますが、事情聴取の方をさせてください」


俺は会議室にいる関係者の5名を見る。


女性が3人と男性が2人。女性2人は20半ばほどの同年代であろう。1人が茶髪のロングで美人系、もう1人が茶髪のボブでこれまた美人系だ。なんか社長の好みで採用してそうな気もするな。もう1人は30半ばで言うまでもなく美人系。他の2人よりも貫禄があり仕事もできそうだ。おそらく部長の人か。


男性の方は1人が40半ばほど。社長とあまり変わらないように見える。もう1人は若い。成人していないのでは、と思うほどだがおそらく童顔なだけだろう。美男子だ。


社長もそこそこ男前だし、こうなるとこの40半ばの男性がかわいそうに思えるな。きっと仕事ができるのだろう。………きっと。


真「信条真司と申します。すみませんがまた1人ずつお話を聞かせて頂きます」


では手前の方から。と言って、隣の応接室に入る。


最初に入ってきたのは部長であろう女性。

失礼します。と言って机を挟んで俺と向かい合わせに座った。


仮「部長の仮屋めぐみです。随分お若い先生なんですね」


やはり部長だったか。とゆうかやっぱ若くで先生と言われてるのはみんな気になるのか。


真「まあ……能力は年齢ではないのではないですか?あなたも若くて社長の隣に座っているではないですか」


ありがとうございます。と頭を下げてから事件の時の事を話し出す。


仮「社長が亡くなられる前は私たちは通常通り仕事をしていました。社長は決まって毎週水曜日だけ午前中息抜きで釣りに行かれるんです。そして昼前くらいに戻ってきて業務に戻られる。これはいつもとなんら変わらないことですね」


真「午前中は社員に仕事を任せ、自分は釣りですか。相当社員を信頼しているんですね」


していなかったが。


仮「ありがとうございます。社長も『君たちが優秀だから助かるよ』といつも言ってくれてます。かと言って仕事を放棄してるわけではないんですよ?仕事のできる方だから社員みんな社長を尊敬していますし、釣りにも行かせてあげたいと留守のフォローを頑張るんです」


でもその社員の誰かが殺した可能性が大なんだけどな。


仮「でも許せません……あの子がなにを思って社長を殺したのか………」


…………ふむ。


真「その人がコーヒーをいれに行った人ですか。あの若い3人の1人ですか?」


仮「そうです。女性のロングの子です。私たちはみんな仕事をしていてあの子が給湯室で何をしていたか見ていません。コーヒーも直接手渡していたのであの子以外考えられないです」


真「つまり社長が帰ってきてコーヒーをその社員に頼みその人がいれにいく。その他の方々はそのまま仕事。社長はその子から直接受けとって口にし亡くなる。一連の流れはこうでいいですか?」


仮「そうですね。付け加えるとコーヒーを頼んだ社長は一旦自宅に上がって行きました。スーツに着替えてくると」


それは付け加えるとゆうレベルの情報ではないぞ。それでまた色んな推測ができるんだ。


例えば自殺の線。自分で仕込んで飲んだのかもしれない。まあそうする動機はあの社長からは考えられないが。


そしてもう一つが他殺、それもその女性ではない別の誰か。少し難しいうえにリスクは高いが……一応可能性として考えられる。


まあもう少し話を聞こう。


真「その一連の流れの中で誰か不信な動きをした方などはいませんでしたか?」


仮屋さんの返答に少し間が空く。


仮「………わかりませんね。私はずっとパソコンを見て作業をしていたので。誰か立ってはいたのですが誰かまでは見てませんでした」


ふむふむ………。


真「わかりました。ありがとうございました」


仮「えっ?」


俺の言葉に呆気にとられたような声をだす。

警察とは違いあまりにも早い終わりに驚いているようだ。


真「私は警察じゃありませんよ?隅から隅まで掘り起こしません。それに何度も同じ事話すの面倒でしょう?」


2度目のありがとうございました。この言葉で戸惑いつつも仮屋さんは応接室を出て行った。


真「次の方どうぞー」


み「まるでカウンセリングだな」


みつおが後ろで少し笑っていた。

物珍しいものを見た……か。あとで鑑賞料をいただこう。


「失礼します!」


少し大きな声でそう言って入ってきたのは、40半ばの男性だった。


真「私は面接官とかではありませんよ。警察でもありませんしリラックスしてください」


田「これは私の性格です!申し遅れました!私は田畑光雄(たばたみつお)と言います!よろしくお願いします!」


真「………みつお、同名だ。何かの縁と言うことで後は任せる」


み「おい!仕事しろ!」 


とってもやりにくい。体育会系は苦手だ。


田「山田みつおさん!素晴らしい名前です!あなたはまだ助手だそうですがきっと素晴らしい先生になれます!」


この言葉にあのみつおでさえ引いている。そうなるのもしょうがないが。


真「あなたは社長が殺されたとゆうのにあまり動揺もしていませんね。それにあなたも一応容疑者として疑われているんですよ?」


田「こう言ってはもしかしたら疑われるかも知れませんが、私は社長のこと特に親しく思ってませんでしたから!社長もそうでしょう!お互い業務だけの関係でしたので悲しくもないし興味もありません!」


すべて本当だ。こうなれば殺す動機も考えられないな。でもまだわからないから除外まではできないな。


田「それにいい機会です!私こう見えても国家資格を多数持っていまして結構ハンティングを受けているんです!今まで退職願をすべて破られてきましてそろそろ法的処置を実行しようと思っていたところでした!」


この人は残念な人ではなかったようだ。あの社長が退職を許さないほどだからかなり優秀な人材らしい。


真「あなたの話はわかりました。事件前と事件後、あなたが知っていることを話していただけますか?」


それから所々雑談が入り少し時間がかかったが、すべて話してもらう。


一連の流れは仮屋さんと変わりなかった。しかし一つだけ新たな情報を得る。


田「部長の誰かが立っていたと言うのはきっと城本優(しろもとゆう)くんの事でしょう!若い男性です!私の前の席ですから、社長に何か言われて立つのを見ました!何を言われ何をしてたかは申し訳ないですが聞こえなかったし見ていません!」


真「新たな情報です。ありがとうございます。でも……皆さん結構人の行動見てないのですね?」


俺の言葉に田畑さんは苦笑いをする。


田「いやぁ、多分私だけでしょう!正直私は社員の皆さんも興味ないです!遊びながら仕事をしているような人達です!いないものと考えています!」


この人は仕事に対して妥協を許さないタイプらしい。悪い意味ではマイペース。周りも自分に合わせるのが、自分ほど仕事をこなすのが当たり前と思っている。


田「しかし部長だけは違います!あの方は優秀です!お喋りしたり息抜きする所をよく見るのですがそれでもこなす量が私と変わらないか多いくらいです!社長などよりよほど社長らしいし完璧です!」


力説を終えた後、なにか疑問が浮かんだのか表情が変わる。


真「どうされました?」


田「いえ……なぜ部長は社長の隣の席でありながら立ち上がったのが城本だとわからなかったのでしょう?城本は社長の席へ向かったように私は見えましたが」


………ふむ。


真「ありがとうございました。少しいい情報を得られました」


田「もう終わりですか?警察の方は根ほり葉ほり胡麻のように小さな情報まで聞いてきたのに」


真「言ったでしょう?私は警察ではありません。それに田畑さん、私の中であなたが犯人の線は除外されたからです。あなたに殺す動機もないことは企業秘密ですがよくわかりました」


田「はあ……そう言われるとは思わなかったですね。だけど先生、あなたは相当優秀な方ですな!もちろん私が犯人じゃないことは正解です!私に費やす時間を他の人にかける方がよほど効率的だ!あなたなら警察よりも早く犯人を捕まえそうだ!そんな予感がする!」


声が大きいですよ。と俺は人差し指を唇に立て静かにするよう求めた。


真「田畑さん、ここで話したことは会議室で他の方々には一切話さないでください。きっと犯人もあなたが一番厄介な情報提供者になるやもとハラハラしてるでしょう」


田「もちろんですよ!私は次の会社をどこにしようか。それしか頭にないので元社員を助ける時間など持ち合わせていませんよ!先生、早く終わらせてくださいね!」


失礼しました!

大きな声でそう言って田畑さんは出て行った。


み「真司、お前のことだから間違いはないだろうが俺にはあの人も疑わしく思ったぞ?会社から離してもらえないとか他の奴らを無能と見てる所とか……あの人が憎い社長を殺すため他の社員に罪をきせたってことは考えられないか?」


真「どうしたみつお、まるで警察みたいだな」


み「だってそうは考えられないか?あの人相当切れ者に見えたぞ。あの人ならうまく警察を混乱させて人に罪を擦り付けるようなトリックを思いつきそうじゃないか?」


真「しっ」


俺は再び人差し指を立て静かにするように、今度はみつおに促す。

そしてみつおに耳貸せ、と合図をする。


真「あの人は社長、そして社員を気にする価値もないと思っている。だから殺すなんてありえないんだ。まぁ今は余計な詮索するな」


俺は座り直しドアに目を向ける。


真「壁に耳あり障子に目あり。壁ではなくドアだが。聞く耳たてず入ってきてください」


みつおのえっ?とゆう声と外のえっ?とゆう声が重なる。

そしてゆっくりとドアが開かれる。


「………失礼しまぁす」


入ってきたのはボブの方の女性だった。


み「お前……よくわかったな。ドアにガラスがついているわけでもないのに。まさかまた目が進化して透視できるとか……」


真「お前の頭はファンタジーで溢れてるな」


どういう意味だ!と、後ろで小声で騒いでいるが無視する。 

そして女性に座るよう促す。


「あの……どうしてわかったんですかぁ?」


ああ……まさかの2度続けて苦手なタイプ。

俺は猫は好きだが猫なで声がかなり苦手なんだ。


真「ドアの下、隙間があるでしょう?あそこが影になった。それに一向に入ってこないことから私たちの会話が聞こえ聞く耳たててた事は容易に予想つきます」


なるほどぉ。と、なぜか嬉しそうに拍手をして喜んでいる。みつおと同じく頭の中がファンタジーなのか?


み「また失礼なこと思っただろ」


真「………なぜわかる?」


み「伊達に何年も一緒にいると思うなよ。さっき俺をバカにした表情と今の表情まったく一緒だ」


「あのぉ……何を小声で話してるんですかぁ?」


そう言って俺たちを怪訝な目で見てくる。


真「申し訳ありません。お名前を伺ってもよろしいですか?」


早「早瀬美空(はやせみく)でぇす。歳は27、同じくらいじゃないですかぁ?お兄さん達カッコいいからちょっとドキドキしちゃいますねぇ」


真「ありがとうございました。帰ってください」


み「真司!!」


おっと………ついつい本音が。これは苦手とかじゃないぞ……生理的に無理だ。


真「失礼しました。ではお話を伺いたいのですが……多分今までのお2人と同じかと思われるので私が聞いた一連の流れを話します。それに対して違う点や付け加える点があれば教えてください」


早「はぁい!」


俺は今までの2人の話をまとめ、早瀬さんに話した。


早「そうですねぇ………大体そんな感じです。付け加えるとしたら城本くんの行動ですね。社長にチョコを用意しとくように言われたんですよぉ」


チョコ……あの机に散らばっていたあれか。


早「いつもは社長自ら準備するんですけどぉ、釣りの後はいつも鞄置いて着替えに戻るのでチョコは城本くんか私が用意するんですよぉ」


真「なぜチョコなんですか?」


俺がそう聞き返すとひとりで笑いながら手を叩き出す。

本当、いくら表情を読めてもこの人の頭の作りはわからん。


早「社長ってコーヒーとチョコ大好きなんですよねぇ。その大好きな物同士を同時に味わいたいとかで1日分のチョコを皿に出して机に用意しとくんですよぉ」


真「1日分?」


早「そうですよぉ。いつもは午前中含め8個なんですけどぉ、水曜日は昼から来るので5個なんですよぉ」


真「もしかしてそれが1日にコーヒーを飲む回数なんですか?」


大正解でぇす!と驚いたようなポーズを取る。だんだん慣れてきた。


早「社長ってかなりキッチリしてるじゃないですかぁ?だから1日のコーヒーの杯数もキッチリしてるんですよぉ。ウケるッ!」


何もウケることはないのだが。

まああの社長なら有り得なくもないか。


早「コーヒーやチョコはキッチリした日常のほんの一部だと思いますよぉ?噂では私服やスーツ、下着の数までキッチリらしいですしねぇ。しかも同じ物、製造中止とかで無くなったら似たような物。変わらないことってつまらないと思いますけどねぇ、私はですけどぉ」


言わんとすることはわからなくもない。俺はつまらない人間側だからなんとも言えないが。


すると後ろに立っていたみつおが急に俺の横に立つ。その表情には少し怒りが混じっている。


み「ここまで成功した社長にとってそのすべてがジンクスだったのかもしれないですよ。それで実際成功してるんですからつまらないとかウケるとか、批判否定するのもどうかと思いますが?」


なぜかみつおが噛みつくようにそう言う。どうしたんだ急に?


早「私そうゆうの信じませんもん。服が増えれば嬉しいし、毎日8杯の大好きなコーヒーを一杯増やせば得した気分、大事な何かが壊れてひとつ減ってしまったら悲しい、だから今ある他の物を大切にしようと思う。簡単に新しいの買ってその数になるよう補充するなんてなんの感情も感じられない。淡々とした毎日より何かに感情的になる毎日の方が100倍楽しいです!それができないなら成功しなくてもいいです!」


早瀬さんが猫なで声ではなくなる。そうゆう一家言が自分の中でずっと前からあってそれを貫いてきたのだろう。


真「みつお、何に引っかかったのかはわからんが聴取の場で感情的になるのは控えてほしい。悪いが外に出ていてくれ。早瀬さん、すみませんでした」


俺が深々と頭を下げ謝る。それに続きみつおもすいませんでした。と一言謝り部屋を出て行く。


早「………はい。私こそすみませんでした」


………早瀬さんも昔色々あったみたいだな。その表情には過去の出来事を悲しむ様子が窺える。

しかし今は事件解決が最優先だ。


真「話を戻します。そのチョコを用意するのは必ずどちらかなのですか?」


早「そうですよぉ。多分暇そうにしてる方にさせるんじゃないですかぁ?そんでコーヒーはもう1人の女の子が毎日用意するんですよぉ」


もうニコニコしながら猫なで声に戻っている。切り替えが早いな。


真「チョコはどちらに?」


早「社長のデスクの中ですよぉ。誰も取らないのにいっつも鍵閉めてるんですよぉ。まあ社長は社員を信用してませんからねぇ」


おや?意外な言葉が出てきたな。


真「なぜそう思うんですか?仮屋さんは信頼関係に対してそのように後ろ向きな発言はしませんでしたよ?」


早「気づいてるのは私、それと田畑さんだけでしょうねぇ。信用してくれてる人がする態度、行動が全然感じられないですよぉ」


ふむ。この人はまた意外や意外、結構鋭い所があるようだ。

もしかしたら社内の情報がもう少し聞けるかもしれない。


真「少し話が脱線します。社内の仲……ずばり恋愛事情ですね、教えていただけますか?」


早「え?恋愛ですか……?」


真「はい。まあ例えばですが、ーーーとーーーとか」


俺がそう言うと早瀬さんは驚いた表情になる。


真「後で本人にも確認するつもりでしたが、あなたの表情からすると当たりのようだ」


早「……すごいですねぇ。それも心理学的な何かでわかるんですかぁ?」


真「あくまで今までの話や流れの欠けた部分を繋げるための推測ですよ」


早「ってことはもしかして犯人も?」


早瀬さんは少し前のめりになりそう聞いてくる。


真「残念ながら確信はしてません。それにまだ話を聞いてない方が残っていますからね」


早「そうですかぁ」


そう言って早瀬さんはまた深く座り直した。


真「最後にもう一つ。ーーーとーーーはどうでしょう?」


俺の問いを聞くと早瀬さんは、えっ?と驚いた表情になる。


早「そこは聞いたことないしちょっとないんじゃないですかねぇ」


真「そうですか。じゃあ私の勘違いですね」


早「でもお兄さんがそう思うのなら何か気づいたことがあるんじゃないですかぁ?」


早瀬さんは興味津々なのか、また前のめりになる。


真「私も人間です。間違いや勘違いもありますからあまり気にすることでもないですよ」


少しの間無言で見つめ合っていたが、俺がこれ以上何も話してくれないとわかったのか、また深く座り直す。


真「早瀬さん、ありがとうございました。予想以上にあなたのおかげで情報が集まりました」


早「よかったです。ちなみに私の容疑は?」


残念ながらまだ。と言うとムッとした表情になる。


真「真相は最後にハッキリさせます。自分が犯人ではないのなら堂々としていればいいんです。どうせ捕まらないのだから、とね」


早「さっき間違いや勘違いはあると言ったのは誰ですかぁ?間違いや勘違いで犯人扱いされたらたまらないから気になるんです」


そりゃごもっとも。実際そんな例もあるからな。


真「ここには優秀な警部もいるので大丈夫です。間違えはしません。次の方を呼んできてもらえますか?」


早「………わかりました」


そう言って早瀬さんは応接室を出て行った。まだ納得している表情ではなかったが。


み「………真司」


早瀬さんが出て行ったと同時にみつおが入ってくる。


真「みつお、どうしたんだ急に」


み「すまなかった。つい……」


真「………容疑者たちに対しての怒りが見れるな。自分との考え、感情の違いの不快感、何かに対しての憐れみ、そして怒り。……社長が亡くなったのに悲しむどころか侮辱や否定をする容疑者達が気に入らないって所か?」


み「俺が言う前に感情を読むなよ。まあ……そんな所だ」


真「まあ第三者からすればそう思うのも無理ないと思う。だがこの会社内の信頼関係などそんなもんだったんだよ」


み「でも仮屋さんが言うには社長は信頼してたんだろ?いつもそう言ってくれるって………」


真「お前には黙っていたが、俺は堤防で社長の安斎匠に会っているんだ」


みつおはえっ?と驚いた表情になる。


真「俺にも上辺ではそう言っていたよ。でも裏はまったく違った。社員の話が出た瞬間、社長の顔は敬いもない、バカにするような表情をしていたよ。それを感じ取っていたんだろ、田畑さんと早瀬さんは」


み「………なんか胸くそ悪くなるな。やっぱ来なけりゃよかった」


今さらだよ。と言ったところでドアがノックされる。


「失礼します………」


次に入ってきたのは、城本優だった。


真「お待たせいたしました。名前は伺っています。城本優さんですね?」」


城「あ、はい。そうです」


城本優はどこかおどおどしている。かなりの緊張が伝わる。


真「そんなに緊張しないでください。私は警察ではなく一般人です。その緊張ぶりを見る限り警察相手じゃ思い出せない事もあったかもしれません。リラックスしてください」


俺は早瀬さん同様、今まで聞いた一連の流れに早瀬さんの情報も付け加えて話す。

話を聞いている間に少し緊張の糸もほぐれたようだ。


真「………と、まあこんな感じなんですが、違うところやまだ私に伝わっていない情報があれば話してください」


俺の言葉に城本優は唇に手を当て考え出す。


城「それで大体合ってるんですけど……ひとつおかしい点が」


真「なんでしょう?例え微々たるものでも間違いがあるのなら話してください」


城「田畑さんの言葉です。何を言われてたかわからないって……田畑さんは僕の目の前の席なんですよ?聞こえないほど小声で話してもいませんでしたけど」


確かデスク同士は向かい合ってくっついていた。確かに小声で話さない限り聞こえない距離ではないが……。


城「それに僕、知ってるんですよ!」


そう言って、城本は前のめりになる。


城「田畑さんは社長が気に入らないんです。退職願を破られて言い合ってる所とか2回ほど見ています。今日だって社長が来た瞬間舌打ちですよ」


真「そうなんですか……」


退職願の話などは知っているが、とりあえず相づちを打つ。


城「今回社長殺したのは田畑さんじゃないのかって思ってるんです!相当社長嫌ってましたし。僕の行動を見てない覚えてないなんて僕を疑わせるようにしてるよう思えませんか?大体あの人ーーー」


真「城本さん」


俺はマシンガンのように話し続ける城本の言葉を遮る。


真「推測はこちらでします。私が欲しいのは犯人に繋がる情報だけです。根拠もない憶測は自分の中だけでお願いします」


俺の言葉に呆気にとられた表情になった城本は、少し間があいてからすいません。と謝った。


真「それにあなたの理論だと仮屋さんもそうなりますよね?仮屋さんの隣の社長の机に行ったあなたを見ていない、誰だったかわからないと言っていました。それに対してはどうなりますか?」


城「ぶ、部長が犯人で僕をはめようとしたなんてないですよ!そんな姑息な人ではありません!……すみません、さっきのは訂正します」


………ふむ。


真「あなたが疑う気持ちはわからなくもないですが、事件は私と警察にお任せください。それと、ありがとうございました。聴取は終わりです」


城「えっ?終わりですか?」


はい。と俺は頷く。


真「大体今までの方々に聞いて一連の流れはわかってきていますし、城本さんもこれ以上話せる情報もないでしょう?まだ聴取ももう1人いますしね」


その言葉を聞き、城本は頭を下げ出て行った。

そして最後の容疑者で、一番疑われているロングの女性が入ってくる。


「…………失礼します」


真「長らく待たせてしまいすみません。お名前をよろしいですか?」


杉「………杉浦なつみです」


そう答えた杉浦なつみはひどく落ち込んでいた。まあ一番に疑われているのだから仕方ない。その他にも理由はあるだろうが。


真「あなたは一番に疑われています。それを踏まえて2つ、正直にお答えください」


杉「………え?」


そう言われるとは思ってなかっただろう。杉浦さんは俺の言葉に戸惑っている。


真「答えていただけますね?」


杉「あ……はい」


杉浦さんは戸惑いながらも頷く。


真「1つ目………あなたは安斎匠を毒殺していない。言い切れますか?」


杉「……当たり前です!!さっきから警察にもみんなにもそう言ってるのに……誰も信じてくれないじゃないですか!!」


杉浦さんは激昂し、机を思いっきり叩いて立ち上がる。


春「何かあったか!?」


その直後に、心配したのか春田警部が入ってくる。

相当焦っているのか演技が抜けている。


真「大丈夫ですよ。杉浦さん、すみませんでした」


杉「………いえ、私こそすみません」


春田警部はそれを見てホッとしたのか、応接室から出て行こうとする。


真「春田警部。もう少し中にいてもらっていいですか?」


春「えっ?あ、ああ」


戸惑いながらも春田警部は俺の隣にくる。完全に演技が抜けていることは後で指摘しとこう。


真「………それでは杉浦さん、最後の質問です。杉浦さんはーーーー」




ーーーーーーーー


すべての聴取が終わり、俺たちは容疑者を会議室に残し現場へ戻る。


春「………真司くんはもう気づいているのか?誰が犯人か」


春田警部が小声でそう聞いてくる。


真「気づいている……けど引っかかる所があってまだもやもやしてます」


春「君のその目でもわからないことがあるのか?」


真「この前話したようにこの目でなんでもわかるわけではありません。その人は嘘をついている、それは表情でわかります。けど何に対してのどんな思いでの嘘か、奥底の感情まではわかりません。あくまでそこは話の流れやその人の性格などから推測するしかないんです」


春田警部から亡くなっている安斎匠の方へ視線を変える。


真「しかもこれは犯人探しゲームではない、本当の殺人です。確固たる証拠を犯人に叩きつけなければなりません」


春「確かにな。証拠がなければ捕まえる事はできない」


真「でも引っかかる点を抜けば犯人はわかっています。捕まえることはできますよ。この推測で合っていると思うのであとはその証拠を確かめに行くだけです」


春「本当か?………でもその引っかかる点と言うのは?」


真「それは犯人には関係ない……と思いたいところです。とにかく今は答えにたどり着くために過程を繋げていこうと思います」


そう言って俺は再び現場へと入っていった。




ーーーーーーーーーー


真「皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。犯人についての手がかりを掴みましたのでここで公表させてもらいます」


俺の言葉に全員がどよめく。そんな中、宮内刑事 が俺の前へと出てくる。その表情を怒りに染めて。


宮「春田警部の知り合いとゆうことで黙っていましたが限界です!あなた、犯罪に関しては素人ですよね?容疑者の話を聞いて気づいた点を教える役割だけかと思いきや現場を物色して回り、挙げ句はこうして探偵ごっこですか?私たち、ましてや春田警部にすらなにも言わず!」


宮内刑事は一気にまくし立てる。


春「宮内刑事、君の気持ちもわかるが、ここは話を聞こうではないか。これで犯人がわかればそれにこしたことはないし、もし違ったとしても何かヒントを得られるかもしれない」


宮内刑事は腑に落ちない顔をしているが、仕方なしと春田警部の横に戻っていった。


真「話を戻します。私は皆さんの話を聞いてある仮説をたてました。それをいまから検証したいと思います」


俺は全員に見えるようにコーヒーカップを手に持つ。


真「皆さん、被害者の死因はなんだとお考えですか?」


城「そ、それは……それに入っていたコーヒーに毒が入っていたから……」


真「正解です。ただし、コーヒーに入っていたは間違いです」


全員が驚きの表情に変わる。


宮「じゃあどこに毒を塗ってあったと言うのですか!?持ち手やその他の部分にも毒は検出されませんでしたよ!?」


俺はさらにある一点に全員の視線を集中させる。


真「この部分をよーく見てください。おかしい点がありますよ」


み「そこって……被害者の飲み口か?もしかしてコップの縁に毒を?」


真「アホ。宮内刑事がコーヒー以外に検出されなかったと言ったろ。それにこの飲み口からコーヒーを飲んだんだからここから検出されるのも当たり前のことだ」


全員が再び考え出す。


「あの~、ちょっといいですか?」


全員の視線が俺の後ろへと注がれる。

発言したのは警部たちでも容疑者たちでもなく、後ろにいた鑑識の人だった。


春「桐谷くん、何かあったか?」


どうやらこの鑑識の人は桐谷というらしい。歳はおそらく30代後半だろう。この前の事件の時もいた人だ。


桐「鑑識の桐谷拓哉(きりたにたくや)です。いや、先ほど信条さんに気になる所があるから調べてくれと言われまして、その結果を」


宮「いつの間に鑑識を使って……」


春「是非聞かせてくれ」


ありがとうございます。と俺の横に来る。


桐「信条さんに言われて調べたのはこの飲み口の部分。3、4口は飲んだんじゃないですかね?広範囲に飲んだ跡らしき物がついていて。唾液痕も一カ所ではなく複数見つかりました」


春「そうなれば……コーヒーに毒は入っていなかったのか」


その言葉を聞き全員がどよめく。


仮「嘘………」


宮「でも毒はコーヒーからも検出されましたよ!?」


そう言って再び宮内刑事が詰め寄る。


真「そうでしょうね。飲んでいる間にコーヒーにも混じってしまったのですから」


宮「コーヒーに混じった……?」


その言葉に宮内刑事は怪訝な顔をしている。


早「飲んでいる間って………もしかしてチョコ?」


その言葉に全員がえっ?と驚愕の表情を見せる。


真「その通りです。安斎匠さんはコーヒーを飲みながらチョコを食べる。チョコの中にでも仕組まれていたのでしょう。それがコーヒーを飲みながらじわじわと溶け、ついに中の毒も漏れだし安斎匠さんを死なせた。それがコーヒーにも少し混じってしまったのでしょう」


その瞬間、全員の視線は城本優に注がれる。


城「ちょ、ちょっと待ってください!俺はチョコになんて細工してませんよ!てか社長の机にあるチョコをどうやって細工しろと言うんですか!?しかも梱包されているのに!」


真「梱包はビニールで包まれている簡単な物なので再度包み直すことも容易だと思いますよ。それに、チョコは台形の形の誰でも簡単に作れる物です。一度溶かして型に毒と一緒に入れれば容易に作れます」


俺は社長のデスクにあったチョコを全員に見せながらそう言う。


城「で、ですが……俺じゃなくても出来るんじゃないですか!?社長が自宅に上がり俺がチョコを用意してから数分時間があります!誰にでも出来たんじゃ……」


真「全員の供述じゃあなたと杉浦さん以外誰も立っていませんよ。まあもしあなたが犯人じゃないとして……犯行可能なのは社長のデスクの隣の仮屋さん、そしてかなり可能性は低いですが社長自らの自殺ですかね。そこまで細工して自殺をする意味もないですが」


いや、部長は……。そう呟き苦虫を潰したような表情になる。


嘘を突き通せない……でも認めたくない、か。なら決定的な事実を。


真「でもですね、城本さん。あなたが犯人だと裏付ける証拠はもう一つあるんですよ」


城「………えっ?」


俺は社長のデスクを開け、チョコの袋を取り出す。


真「社長が神経質なほど細かい性格なのが幸いしました。このチョコの入り数、社員の皆さんなら何を意味するかわかりますよね?」


チョコの袋には74個入りと書いてある。


早「わかりますよぉ。社長は2週間でキッチリ食べ終えるようにそのチョコにこだわってますからねぇ」


真「そう、2週間で食べ終わるようになっているんです。だから毎日キッチリ数が合わなければいけない。今週あけたばかりなら8、8、5で53個、先週あけたなら半分の37と今日までの21個で58個引いて16個」


俺はあいているデスクの上に今入っているチョコを出す。


真「明らかに少ないので先週あけたのでしょう。ならここにあるのは16個でなければいけない。皆さん数えてみてください」


俺の言葉に全員が数えだす。ただ1人、城本優を除いて。


春「………17個あるな」


真「そう、数が合わないんです。それは城本さん、あなたが持ってきたチョコを今日の分で一個足されたからですよね?」


その言葉に城本優は黙り込む。


真「これが出来るのは城本さんしかいません。もし仮屋さんが出された5個の内の1つをすり替えたとしても、デスクを開けてこの袋の中に入れるのは至難の業でしょう。誰かに見られる可能性が高い」


その俺の言葉に反論する声があがる。それは意外にも仮屋さんだった。


仮「ちょっと待ってください!チョコの中にって言いますけど……本当にコーヒーの中ではなかったのですか?例えば氷の中に仕組む事もできたんじゃないですか?氷を一粒いれて……それだと氷が溶けてあとから毒が漏れだしてとか……」


仮屋さんは城本の前に庇うように立ち、そう言う。その表情では、自分でも悪あがきだとわかっているようだ。


真「仮屋さん、あなたの言ってることはまったく検討違いです。ホットコーヒーに氷が一粒入っていたら誰でも気づきますよ。それに今までの検証で城本さんはほぼ認めているようですよ」


城本は仮屋さんが庇ってもずっと黙ったまま俯いていた。


真「それに杉浦さんは殺す動機がないんですよ。だって社長とは恋仲だったのですから」


えっ?っと、驚いているのは田畑さん、それに宮内刑事だけだった。

どうやら城本と仮屋さんは知っていたようだ。


真「本人からも聞きました。もうじき結婚も予定していたようです。それに聴取の時安斎匠さんが亡くなって悲しむ気持ちは本物でした。殺す動機がないんです」


仮「で、でももしかしたら仲違いになってとかーーー」


城「部長」


今まで俯いていた城本が仮屋さんの言葉を遮り発言する。


城「いいんです。やったのは事実なんですから」


仮「城本くん………ちがーー」


杉「………んたが………」


仮屋さんの発言は再び遮られる。今度は呟くようなか細い声を出した杉浦さんに。


杉「……あんたが匠さんを!!返せ!!匠さんを返せ!!」


宮「杉浦さん!落ち着いてください!」


杉「もうすぐ!もうすぐ籍も入れる予定だったのに!やっと親を説得できて幸せになれるところだったのに!なんで殺したのよ!!」


杉浦さんは息を切らしながらそう叫ぶ。


城「………許せなかったんだよ。お前らの理不尽に……部長が巻き込まれることが……」


仮「……えっ?」


城本の言葉に驚く仮屋さん。


城「前聞いたんだよ。全員が帰ったあと忘れ物して戻ったら、オフィスでベタベタしていたお前らの話を……!」


ーーーーーーーー


杉「ねぇねぇ匠さん。いつになったら私を隣に座らせて貰えるの?」


安「ん~、どうだろうな。仮屋は仕事がそこそこ出来るからなぁ……急に役職を落とすにも理由がない。でもこの私に指摘してくる所は正直腹が立っているんだがな」


杉「じゃあちょうど都合いいんじゃない?あの女、XX会社からヘッドハンティングされてるみたいだよ。この前営業部の人と話してるの聞こえてきて」


安「なに?なぜ総務のあいつがあんな大手の目に止まるんだ?」


杉「社長がこの前来たでしょ?その時あの女が気になったみたいで、うちの担当社員に色々聞いたんだって。仕事が出来る女性秘書が欲しかったみたいで声かけたんだってさ」


安「それで仮屋は?」


杉「受けるつもりだってさ。だからあの女近々いなくなるんだ。だからちょうどよかーーー」


安「気に入らないな」


杉「………えっ?」


安「あいつごときが俺すら逆らえないあの社長の秘書に就くだと?ふざけた話だ。なんとしてでも破談にしてやる!」


杉「それはどうでもいいけど、それじゃ私がまた隣に座れなくなるじゃん!」


安「それは少し待ってくれ。話を破談にした後この会社にすらいられなくしてやる。会社に泥を塗ったとゆうことにしてな」


杉「さんせぇ~い!頑張ってね!」


安「ああ。任せておけ」


城「……………」



ーーーーーーーーー


城「俺は仮屋部長を尊敬している!憧れている!俺はこの会社の為に必死に仕事をこなしている仮屋部長をずっと見ていた。だからそれを踏みにじるお前らが許せなかったんだよ!だから社長を殺し、お前を絶望させる!2人して地獄に落としてやろうかと思ったんだ!」


杉「…………………」


城本の話を聞きながら先ほどの威勢はどんどんなくなっていき、杉浦さんは俯いていた。

動揺、それと意外にも罪悪感があるようだ。


仮「城本くん………」


城「仮屋部長、すみませんでした。あなたは何も悪くありません。これからはあなたの能力をしっかり評価してくれる所で頑張ってください」


城本は涙を溜める仮屋さんの頭を撫でる。


仮「ちが……違う………」


仮屋さんはそのまま泣き崩れてしまった。春田警部に手錠をはめられる城本をしっかりと見つめながら。


しかし俺は気づいた。泣き崩れる仮屋さんの表情から本当の事実を。

あの時引っかかっていたのはこの事だったのか。


春「それじゃあ城本さん、行きましょうか」


真「春田警部、ちょっと待ってください」


全員の注目が城本から俺に集まる。


真「この事件、まだ終わりじゃないようです」


俺の言葉に全員が驚愕の表情に変わる。


城「終わりじゃないってどうゆうことですか!?僕が犯人ですよ!認めています!」


真「ええ、あなたが犯人です。だがもう1人……殺人が未遂に終わった方がいたようです」


俺は仮屋さんの方を向く。


真「仮屋さん。何か隠していることはないですか?」


仮「えっ……?」


その表情が驚愕、そして焦りに変わる。


城「仮屋部長は殺人の動機に巻き込まれただけだ!!関係ないだろ!!」


春「城本さん!……静かにしてください」


春田警部の威圧に怖じ気づいたのか、城本は唇を噛みながら俯き黙る。


真「仮屋さん、あなたはこのまま城本さんに全てを押し付けのうのうと生きていくんですか?……”愛する人“を犠牲にして」


その言葉に俯く城本と仮屋さん以外は驚愕する。

この事実は誰も知らなかったらしい。


城「………なんでそう言い切れるんですか?仮屋部長が何かしたとゆう証拠があるんですか?」


真「証拠は残念ながらありません」


宮「なっ!?なんですかそれは!当てずっぽうですか!?」


宮内刑事は俺の前に来てそう言う。


真「私は真実しか言いませんよ。それに今から探してみましょうか?仮屋さんが殺人未遂の証拠」 


宮「えっ?そんなこと………」


俺は宮内刑事を通り過ぎ俯く仮屋さんの前に立つ。


真「仮屋さん。あなたの発言でちょくちょく引っかかっている部分がありました。あなたはなぜ毒がコーヒーからではないと聞いたとき”嘘……“と、発言したんですか?まるで有り得ない事が起こった時の表情でした」


真「他にもあります。泣き崩れる時に発言していた”違う“。そしてあの時あなたの表情には城本さんを想う感情の中に罪悪感、もどかしさ、自分への歯がゆさも見えました。何かを隠しているのだと感じました」


ここまで聞いても仮屋さんは俯いたままだ。


真「あなたの発言や感情から1つ、推測してみましょう」


再びコーヒーカップを取る。


真「あなたはコーヒーに毒が入っていなかった事を有り得ないと思った。とするとあなたはコーヒーの方に毒を仕組んだ」


宮「仮屋さんはコーヒーをいれに行ってませんし、事前に仕組んだとしてもインスタントコーヒーの中とかも毒は入っていませんでしたよ?」


真「コーヒーではなくコーヒーカップの方……カップの底とか?」


俺の言葉に仮屋さん、そして城本の表情がわずかに歪む。ビンゴのようだ。


真「コーヒーカップの底に事前に毒を塗っておけばコーヒーを本人がいれずとも混ぜられるわけだ。疑われることもなく」


城「ちょっと待ってください!コーヒーには実際毒は入っていなかったじゃないですか!それにコーヒーカップも社員全員で使い回しです!社長を的確に狙って仕組むことなんて出来ないですよ!コーヒーはこの女がいれてるんだからどれが社長に回るかなんてわからなーー」


真「………嘘ですね」


俺は城本の発言を遮ってそう言う。


城「う、嘘って……何を根拠に……」


真「その表情が物語っています。あなた達は事前に知っていましたね?杉浦さんが確実に出すカップの見極め方を」


その言葉に城本は苦虫を潰したような表情になる。


真「杉浦さんが社長に……恋人が恋人に出すとしたら、例えば何か目印をつけるとか。同じカップの中にもこれだけ特別とわかるように。どうですか?杉浦さん」


杉「そ、そうです。匠さんは違うのが並んでるより同じ物で揃えた方が気持ちいいとかで自分だけのカップを買ってくれなかったから……誰かが使ったので匠さんが飲むのもイヤでしたし、せめて印つけてそれを匠さんの物に……」


杉浦さんは恥ずかしそうにそう答える。その感情は俺にはわからないが、恋人に対してはそんな気持ちになるのだろう。


真「………と、ゆうことです。あなた達がそれを知っていた可能性は十分ある」


春「つまりは……仮屋さんがその印の存在を知っていて城本さんより先に犯行を行ったと?」


真「おそらくこうです。誰よりも早く出社した仮屋さんは印のついているコーヒーカップの底に毒を塗った。そしてたまたま城本さんがそれを見ていて後で処分したのでしょう。万が一仮屋さんに罪がいかないように。そしてこれまたたまたま城本さんも殺害を試みていてそれを実行した」


城「何を根拠に……そんなのあくまで推測でしょう?」


言葉ではそう言っているが俺には隠せない。その表情がそれが事実だと語っている。


真「なんなら処分したコーヒーカップを探させましょうか?あとは隠しているだろう凶器も見つけましょう」


俺は何か言っている城本を無視し、仮屋さんの前に立つ。


真「身体検査はされましたか?」


宮「身体検査やデスク周辺も全て捜索しましたが、疑わしき物は無かったですよ」


宮内刑事がそう言う。


真「そうですか……仮屋さん、まだ持っていますか?」


黙秘を続けるが、表情が全てを教えてくれる。


真「外に捨ててはいないようだ。まあその暇はないから当たり前か。じゃあ……仮屋さん自身が所持していますか?……違う。どこかに隠してあるのか」


だんだん表情が焦りに変わってくる。

俺は仮屋さんのデスクに近づく。


真「机の上……ではない。引き出し……でもない。結構巧妙に隠しますね」


なぜわかるのだ。みつおと春田警部以外はそんな表情をしている。


真「ファイルの棚……ビジネス本の棚……デスク周りにはないのか」


その言葉を聞いた瞬間、わずかに表情が和らぐ。


真「そうですか。やはりデスク周りですか」


城本と仮屋さんが驚愕の表情に変わる。


真「へぇ、城本さんも場所を知ってるんですか。上はあらかた探した。下は……」


机の下にあるのは仮屋さんのバック、ヒール、小型の暖房器具だ。


俺が机下を捜索し始めると明らかに焦りの表情に変わる。


真「バック?暖房器具?………まさかヒールか?」


”ヒール“。この言葉を言った瞬間の表情を見逃さなかった。


真「仮屋さん、ちょっと失礼」


俺はヒールを取り外す。


真「……ありましたね。白い粉。おそらくこれが使用した毒でしょう」


全員がそれを見て驚く。まさかこんな所にあるとは思っていなかったのだろう。


春「鑑識、至急調べてくれ。そして仮屋さん。お話しをお聞かせ願えますか?」


仮屋さんはうなだれながら軽く頷く。


真「仮屋さん、あなたは何故安斎匠さんを殺そうと?」


その言葉に、仮屋さんは表情が歪む。


仮「………城本くんの言った破談させるって話、私も知っていました。本人に言われましたから」


城「えっ!?」


仮「『お前ごときがあの社長の秘書になれるはずないだろう。社長にもやっとわかってもらえたよ、お前の無能さを』。そう話されたのはつい数日前です」


仮「それはただ悔しいだけですみました。憎さを心に秘めました。でも……次に黙っていられない言葉を投げかけられました」


仮「『そういえばお前、城本となにかあるのだろう?この前楽しそうに食事をしているお前らを見たぞ。城本は何を考えているのやら……十中八九お前の貯めてきた金狙いだろうな。ゲスな男だ』……そう言ってあの男は笑っていました」


城「俺はそんなんじゃないです!」


たまらずといったとこか、城本がそう叫ぶ。


そんな城本を見つめ仮屋さんは微笑む。


仮「わかってるよ。本当にこんな私を想ってくれてること。だからこそ……城本くんをゲス呼ばわりしたあの男が許せなかった!」


仮屋さんは城本の手を取り両手で握りしめる。


仮「ごめんね……私のために……私を庇ったばっかりにこんなことになって。あなたの手を汚しちゃって。本当にごめんなさい………」


仮屋さんは泣きながらそう言う。


真「………くだらないな」


悲しみに包まれた雰囲気の中、俺のその一言が響く。


み「待て待てどうした急に?」


真「くだらないだろう。とんだ恋人同士だな」


宮「ちゃっと!その言い方は………」


俺は2人の前に立つ。


真「城本さん。何故その話を聞いたとき仮屋さんに相談しなかった?仮屋さん。何故それを言われて言い返すだけで止めなかった?あなた達は自分が気に入らないからと、それだけで人1人を殺めたんだぞ?」


真「殺すことはなかった。仮屋さんも城本さんも若いし仕事の能力面も申し分ないんだから辞めればよかったんだ。2人で別の道を歩めばよかったんだ。人を殺めてはいけないとゆうのは小さな子供でもわかることだ」


俺の言葉に城本と仮屋さんは俯く。


真「お前らの感情は醜いよ。あなた達を貶していた杉浦さん、安斎さんよりもね。刑務所で存分に自分の行いを悔いろ」


み「真司、その辺にしとけ」


俺はみつおに止められて我に返る。


真「………春田警部、あとはお願いします。ちょっと気分悪いので」


後ろで宮内刑事が呼び止める声が聞こえたが、無視してその場をあとにした。



ーーーーーーーーーー


優「………そんなことがあったんだ。大変だったね」


み「ホントだよ。俺の会社はあんなにドロドロしてないから気分悪かったよ」


俺たちはあれからジャズに来た。俺は今日はもう帰りたかったんだが、みつおが魚の件を謝りたいと。


み「そんなことがあってさ、ホント魚釣ってこれなくてごめんね」


優「しょうがないよ。そんな事あったんなら釣りの時間無かったんだもんね」


み「そうそう。一回強い引きあったからさ、あと少し続けてれば釣れたんだけどなぁ」


いや、無理だっただろ。

いつもなれそう発言するのだが、今日は少し気分が乗らない。


み「………真司、大丈夫か?優那ちゃん心配してるぞ?」


優那が奥に行ったからか、みつおは俺の隣に来る。


真「大丈夫だ。俺もお前と同じ、少し感情的になってしまったな。動機がくだらなすぎて」


み「まあ、確かによく考えたらくだらないよな。近くにいたわけではないからあの人たちがどんな気持ちだったかはわからないけどな」


真「どんな感情だったかなんてどうでもいいさ。ただ前よりも恋愛とゆうものに嫌悪感を感じるようになったよ。続けて恋愛で人が殺されてるからな」


俺の言葉にみつおは無言になる。その表情は複雑な感情が入り交じっている。


真「それより魚はもうよかったのか?今ならまだ鮮魚店あいてるぞ?」


み「は?……あ、ああ。もういいんだよ。優那ちゃんが特製白身フライを作ってくれるみたいだからな!」


真「………それはご愁傷様」


み「え?」


その時、カウンターの奥から優那がこっちに向かってきた。

その持っている皿の上には何やら真っ黒な物体を乗せて。


優「おまたせ!揚げ物苦手で……ちゃんと火とおったかな?」


そしてその木炭のような物体をみつおの前に置く。


み「こ、これは……白身フライ?」


優「そのつもりなんだけど……ご、ごめんね……私ホント揚げ物下手で……生焼けだったら捨てていいよ………?」


優那は涙を溜めてそう言う。


実は優那は揚げ物だけがものすごく下手だ。普段メニューにある唐揚げなどはじいさんから揚げ時間をマニュアルで貰っているから出来るが、マニュアルなしに揚げ物をしたら黒こげになって出てくる。


み「ぜ、全然大丈夫だよ!きっと中にもしっかり火がとおっておいしいよ!いただきます!」


そしてみつおはがぶりつく。その目に涙を、額にシワを寄せながら。


それを見て優那は満足げにカウンターに戻った。


み「………一枚いるか?」


真「大好きな人の手料理だ、存分に堪能しろ」


俺はみつおが咳き込みながら食べる姿を堪能した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真実の瞳 しょうこう @chikinmasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ