第2話過去


あれから数日後。関係者の聴取やらなにやらが終わってひとまず日常に落ち着きを取り戻してきた。


なんか春田警部が表彰ものだとかなんとか言っていたが、正直面倒だから勘弁してくれと言った。


だがならば誰が?となるので全員に口裏合わさせてもらって全て福山刑事に投げた。この事件解決は福山刑事のおかげだと。


それをあの現場でただ1人聞いていなかった福山刑事はかなり困惑していたらしい。まあ悪い方にではないからいいだろう。


そしてあの日、事件が終わった後春田警部の奢りで全員ご飯をご馳走になった。


しかしその意図はこの目で見てすぐにわかった。


なぜ谷を初めて見たときすぐに犯人だとわかり的を絞ったのか。


はっきりそう思っているかはわからないが、何かを聞きたい表情……何を聞きたいのか考えてみるとまあこのことしかないだろうと思った。


そして案の定、春田警部が聞きたかったことはそのことだった。




数日前ーーーーーー


春「真司くん。聞かせてくれないか?なぜあの時谷がーーー」


真「谷が犯人だとわかったのか?ですか」


春田警部が笑みを浮かべ、手元のビールをぐいっと飲み干す。


真「よくわかるな……とゆう驚き、そして……利用したい……かな?そしてまた驚き。利用したいとは?」


春田警部の今の表情……純粋に驚き。


み「おい真司………」


真「大丈夫さ。お前の父ちゃんだろ?」


春「ちょっと待て。光陽は何か知ってるのか?」


真「もちろん。みつおは小さいときから……俺が腐れてた頃から俺を知っててもなおそばにいてくれた変人です」


み「なんで持ち上げて落とす!?」


みつおはぶつぶつ言いながら手元のハイボールを飲み干す。余談だがこいつはとりあえず生。ではなくとりあえずから最後までハイボール。な人間だ。


それを見ながら優那はクスクス笑っている。


そして俺は優那と話した時と同じ内容を春田警部に話す。


春田警部はさすがに半信半疑から始まったが、俺が春田警部の思考をよみ話の先手をうっていくと徐々に疑惑から確信に変わっていった。


春「その力はすごいな。優れた観察眼のさらに進化系か。俺もそんな力があればさらに犯人逮捕が捗るのにな」


真「…………そんな良いもんじゃないですよ?案外」


み「父ちゃん!!」


俺の表情を察してかみつおが春田警部を咎める。


真「いいさみつお。春田警部、この力が羨ましいといいますが……正直面倒ですよ?嫌でも相手の裏を見てしまいますから」


春「相手の裏?」


真「そう。ものすごくいい表情でものすごくいい言葉を並べていても裏では『こいつはバカだ。こうしてればどうせ騙されるだろう』って本音が見えてしまうんですから」


春「…………」


俺の言葉に春田警部は無言になる。運ばれてきたビールにも手をつけずに俺の話に集中している。


真「普段はなんとか人の表情を読み取らないようにしようとはするんですが、やっぱり無意識にわかってしまう。例えば……俺の目の前にある飲み物、これはビールだ。そんな当たり前な感覚です」


春「………君は物心ついた時からそんな思いで生きてきたのか……」


真「いえ、この”厄介な力“を認識し始めたのは中学一年くらいです」


俺はビールを一口だけ飲む。この2人みたいに一気に飲み干すことはしない。


真「昔話をしましょう。この目になった経緯と厄だと言う理由はそれを知らなきゃいまいちよくわからないだろうし。酒の肴にしては不味すぎますけど……聞きますか?」


春田警部は頷く。優那を見ると不安と心配の表情を見せるが頷く。優那は過去の話を知らないが……俺が腐れてた頃の一時期は関わっているからそうゆう感情になるのだろう。みつおはハイボールを見つめながら黙っている。


真「俺は………いわゆる虐待とゆうやつですかね。それを幼稚園くらいからずっと受けていました」


春「何!?あの温厚な夫婦にか!?」


春田警部は驚きを隠せないようだった。俺を小さな頃から知っていたのだからもちろん両親のことも知っている。


真「言ったでしょう?人間外面は良くても内ではどうかわからないんですよ。そのタイプの典型でしたね、うちの両親は」


春「そうだったのか……近くにいながら気づいてやれず本当にすまなかった!」


春田警部は額を机につけるほど深々と頭を下げ謝罪をする。


真「そんな、やめてください。誰も気づく事なんて出来なかったんですよ……それくらい計画的な手の込んだ虐待でした」


顔をあげてください。そう言うとやっとゆっくりと顔をあげてくれた。その表情には罪悪感が見られる。


真「気にしすぎです。本当にみつおといい春田警部といい感情にブレがないし純粋すぎる。………だからこそ信頼できるのですが」


話を戻します。そう言ってビールを一口飲んで喉を潤す。


真「小さな俺にとって両親は絶対でした。意味もなく怒鳴られても意味もなく殴られても……飯が両親が食べる料理で出た生ゴミだったり布団が両親が羽毛でふかふかのベッドに対しダンボール一枚だけだったとしても、両親は絶対でした」


真「両親は悪くない……悪いのは両親にかわいい我が子だと認めてもらえない役立たずな自分、本気でそう思ってました。一種の洗脳に近いですね」


ここまで全員無言で聞いている。優那に至っては俯き、その顔を髪で隠している。


真「しかしいつからか考えを変えました。どんなに世間一般からできた子だと認められても自分の親は一切認めてくれなかった。だから今度は顔色を伺い機嫌を取るようにして生きたんです。両親の機嫌の良いときにはさらに機嫌を取るよう掃除や洗濯、たまには料理などできることはしました。そして機嫌が悪いときはなるべく視界に入らないようひっそりと……それこそご飯やトイレなども我慢して部屋の隅に体育座りです」


真「小学3、4年くらいからですかね、やっと少しは気の利くようになったと一度だけだけど言われました。そうか、これが正しい生き方だったのか。この奴隷のような生き方が。俺はやっと親に認められた、子供として認められたと思いました」


真「しかしそれが間違いでした。両親はさらに要求するようになったんです。これ以上ないくらい今まで頑張ってた俺はここでお手上げです。それからは何をすることもなくただただ親の表情ばかりを伺って、なるべく自分に目がこないよう本当にひっそりと生きました」


俺はまたビールを一口、喉を潤す。


真「そして異常に表情を伺って生きる生活は家の外でも出始めました。こちらを伺ってる目が気持ち悪い、子供らしくない、笑うこともなく死人のような表情だ。できた子から呪われた子へ変わった瞬間です」


真「その生活が何年か続き、中学1年くらいですかね。自分の異変に気づき始めたのは」


春「異変……その目のことか」


真「はい。周りから忌み嫌われた俺にも唯一優しくしてくれてた人がみつお以外に1人、女の子がいました。俺がどんなに無視しても突き放しても笑顔で接してくれてました。この子はいつも笑顔で……本当に人を想ってくれる優しい子だと感じ、次第に打ち解けていきました」


真「そんなある日、俺がいつものように彼女の世間話を聞いていると違和感を覚えたんです。あれ?笑っているはずなのに……本当に楽しんではいない気がする。この表情どこかで……。それでも彼女は楽しそうに話していたので、その時は気のせいだと思い気にしないようにしてました。しかしその日の放課後、その真相がわかったんです」


真「俺はいつも家に帰りたくなくてみつおと遊ぶ以外は公園のベンチにいました。補導ギリギリまでそこにいるのが日常です。その時は冬の始まりくらいで結構寒かったのを覚えています」


真「風もあり寒さに勝てなかった俺はトイレにも行きたかったし、障害者用のトイレの中で用を足し寒さを凌ごうと考えそこに向かいました。しかし入りたくても先に先客がいました。中から高笑いする声とすすり泣く声と聞こえてきたんです」


春「それはやはり…………」


春田警部はなんとなくその先を察したのだろう。しかしおそらくだが、想像よりもひどい結末だと思う。


真「俺はその場から去ろうとしたのですが、聞き慣れた声がするんです。耳を澄ますとハッキリわかりました。彼女とクラスの中心の男女4人でした。彼女は奴らにイジメを受けていたんだと思いました」


真「俺と話してるから悪いのか?仲良くするばっかりに彼女はイジメを?……最初はそんな絶望でいっぱいでしたが、違ったんです」


春「違った?」


春田警部の想像はここまでだったのだろう。嫌われてた俺に関わり彼女が被害者に……と。


真「よく聞いてみるとすすり泣いてたのは彼女じゃなかった……その4人の中の1人でした。しかも高笑いが彼女だったんです。なんで?どうゆうことだ?俺の思考が驚愕と困惑で渦巻いているとある会話が聞こえてきました」


真「『もうあいつも落ちたようなもんだよ。そろそろ告白でもしてみようかな。そんですぐにセッ○スだね。あいつの顔をうまいこと言って隠すからそしたらお前が私と入れ替わって代わりにしな。それでハメられたらゲームクリア!あんたのイジメはやめてあげるよ』ここで他の奴らも大笑いだ」


春田警部は絶句している。優那はすすり泣く声が聞こえる。みつおは知ってはいても改めて聞くのは気分が悪いのだろう、顔が強ばっている。


真「絶望していた俺をさらに叩き落としたんですよ奴ら。この時気づきましたよ……彼女が笑ってる中で見せたあの表情、あれは両親が見せる相手をあざ笑ってる時の表情だって」


真「この後の記憶が少し飛んでるんですが……気づいた時は障害者用トイレの中で血まみれで横たわるイジメられてた子以外の4人の姿、そして身体中の激痛と血まみれの拳が俺の視界に入りました」


春「俺はその事件を知らないぞ?」


み「父ちゃんが異動になってた時だよ」


ああそうか。と春田警部は納得していた。


真「その後すぐ警察が駆けつけました。多分イジメられてた子が通報したんでしょう。まずは4人とも病院。落ち着いた頃警察が話を聞きにきたんですが、殆どをイジメられてた子から聞いてたみたいでそれの確認でしたね」


真「俺の記憶がなかった時のことなんですけど、4人がトイレから出ようとしたら俺が立っていて話を聞かれたと中に引きずり込んだらしいです。そして集団暴行をした。その子の証言ではこの時俺は心ここにあらず状態だったらしいですね」


真「そしてこのまま殺される!助け呼ばなきゃって思った時、彼女がある発言をしたことがきっかけで俺が暴走したらしいです。『気持ち悪い目で私を見るな!誰もお前なんか必要としてねぇんだよ!死ね!』……急に目の色が変わったと言ってました」


優「………ひどい」


すすり泣きながら優那はか細い声で呟く。


真「使われなかったが相手は刃物を所持していたみたいでその子のこのままだと殺されてたとゆう証言もあり俺はやり過ぎだが正当防衛と認められた。そしてイジメも公になり学校側にも非難が集まり、イジメグループを徹底的に改善させるよう動いた。なのでその子がそれからイジメられる事もなくなった」


真「しかし俺は荒れたよ……その事件がキッカケで俺の目はさらに研ぎ澄まされ今と変わらないほどになっていた。だからよーくわかったよ。俺を慰めてた教師らも悪くないと言っていた警察らも………相当俺を疎ましく思っていたんだ」


真「俺は誰も信じられなくなったよ。みんな表では都合のいいセリフばかり吐く。両親なんて尚更だ。今まで俺から隠れていたすべてが俺に降り注がれた」


真「そんな時、幸か不幸か俺の世界を変えるひとつの出来事が起きた………両親の交通事故死だ。これが中学2年の始め頃ですね」


春「ああ……俺も異動先から急いで戻ったことを覚えているよ」


真「今更ですがその節は身よりのない俺に葬儀やらなにやらの手続きを最後までしていただきありがとうございました」


春「当然だよ。本心は知らなかったが……君の両親にもよくしてもらったし光陽とも仲良くしてもらってたからね」


そう言ってすっかり温くなったビールを半分まで飲み干す。


真「話を戻します。両親の死は俺にとって悲しい事ではありませんでした。むしろこれからあの人達の表情を見なくてすむと思うと解放されたと思いました。金銭面も両親は結構いいとこ勤めの高給取りでしたし、職場や自分でかけていた保険金が俺だと一生使い切らないだろう金額がおりてきたので」


真「しかし不幸は別なとこから襲ってきました。周りの非難がさらに増したんです。両親が事故をするとき行っていた場所は実は学校だったんです。学校にたまにしか来ない、来ても授業も上の空な俺をどうにかしてくださいと、面談をした後だったんです」


真「周りからの声は、お前がしっかりしていればこんなに良い人達が、お前のことを悩むあまり運転が厳かになってしまったんだ、お前はやはり呪われてる、生まれてこなければよかったんだ。四方八方から飛んできました」


春「そんな………俺はそんな声耳にしたことなかったぞ!?」


真「それはそうでしょう。耳ではなく目に届いたのですから」


そうゆうことか………。そうつぶやき深いため息をつく。


真「でもその中で唯一俺を純粋に心配してくれた人達がいました。それが春田家のみなさんです」


真「春田警部は俺のしないといけない行政的なこととかなにもかもを手伝ってくれました。おばさんは俺に料理を作ってくれたり教えてくれたり、時には弁当まで作ってくれました。妹の心春(こはる)ちゃんは小さいながら俺を慰め寂しくないようにと遊びに来てくれたりしてくれました」


真「みつおは………話せば長くなるしまた機会があれば……」


み「おい!俺の美談も話せよ!」


真「残念ながらラストオーダーも近いからな」


俺の言葉で時間に気づいたみつおは急いで新しいハイボール、それと数種類の料理を頼む。


話してばかりで殆ど注文しなかったからな。


真「まぁそんな訳で、この目のせいで俺は普通に生きられなくなった。いくら春田家が俺の傘になってくれたって、その他大勢からの蝕むような言葉の雨は吹き上げ、横殴りになり傘を交わし俺に注がれました」


真「だから俺は諦めたんです。これからは誰も信じない。どうせ突き放されるのなら人から離れて生きよう。多分誰かと一生を共にすることなどはありえないでしょうね」


視界の端に映る優那は、この言葉を聞き悲しい顔をしている。


み「確かにあんなことあったから恋愛に対して思うことはあると思う。でもお前でも信頼できるような……お前が安心してそばにいれる人はきっと現れる。その時は突き放さずにーーー」


真「だから動物はいいですね。思考も読めないし。特に猫は最高ですね」


みつおが言おうとすることは聞かなくてもわかる。だけどそうなるには俺はもう絶望しすぎた。


みつおはもうなにも言わなくなった。だが表情は伝えたいことを伝えられないもどかしさが漂っている。


春「………すまない。そんな君の嫌う力を俺はたまに捜査に使えたらなんてふざけたことを思っていた。それは人を簡単に裏切り嘘をつく人と関われと言っているようなものだ!君の傷を抉ろうとしてしまった!!」


春田警部は話すにつれ、目は潤みだしだんだん言葉がヒートアップしてくる。しまった。この人は泣き上戸だった。


真「気にしないでください。実はその話、少し興味があります」


全「えっ!?」


全員が意外そうな顔で俺を見る。


真「俺は人間はそんなもんだと思ってます。これ以上そうゆう奴らに失望しきれないほどしました。だから傷はこれ以上抉れることもないです。むしろそんな奴らに失望をお届けできる最高の機会だと思ってます」


優「………………」


優那の顔が悲しみに包まれる。こんな理由で捜査に関わることを悲しく思っている。


真「だからもし協力できるようなことがあれば是非」


春「………本当にいいのか?正直少し気が進まないが……」


真「厄だと思ってた力が役になるいい機会なんです。協力させてください」


春「わかった。その目が必要な事件の時は是非連絡させてくれ」


話し終わったと同時にタイミングよく店員が時間だと知らせに来る。そのまま俺たちは店を後にする。




ーーーーーーーーーーー


真「………ふぅ」


何日か前の出来事を思い出し、一息つき珈琲を飲む。


うまい珈琲、心地いいジャズ。俺は相変わらずあの喫茶店にいる。


今更だが喫茶店の名前はーー『jazz』ーー


そのまんまじゃないかと初めは思ったが、まあ初めて来る人にはこれ以上わかりやすいものもないか。ジャズ好きは喜んで入るだろう。これでクラシックが流れてたらまたそれも面白いが。


思いにふけっていると俺の向かいにじいさんが座る。


康「相変わらずだなお前は。また仕事やめたのか」


真「……………」


なんて返しようもない。じいさんは過去のことは少し知っているが俺の目のことは知らないからな……ただの人間不信のニートにうつっているだろう。


まあ過去のことも目のことも、そのせいにするのは正直世間一般では甘えだろう。それは俺もわかっているが……どうしても裏が見えてしまうと……。


康「まあ働かなくても生きていけるほどの財産はあるから心配はしていないが。最後は諦めてここを継ぎなさい。優那もつけよう」


真「優那はおまけなのか。悪いが遠慮するよ」


康「身内を抜きにしてもいい子だと思うがなぁ……」


それはわかってるさ。俺の目は節穴とゆう言葉を知らないからな。


カランカランーーーー


中学の頃から聞き慣れた音が店内に響く。


み「こんちわ~…って、またいたか真司。仕事はやめたんだな」


店に入ってきたのはみつおだった。サラリーマンのみつおはもう昼過ぎだが今から昼休憩なのだろう。


み「もうすぐ冬なのにまだ少し暑いなぁ!おじいさん、オムライスいいですか?」


康「はいよ」


じいさんが退き、そのままそこにみつおが座る。


み「父ちゃんからなにか連絡きたか?」


真「いや。まだ必要なほどではないのかもな。必要とするほどの力になれるかはわからないが」


み「お前ほどの観察眼と推理力とその目があれば大丈夫さ」


真「そうだといいな」


珈琲を一口飲む。


み「なあ、時間まだあるしここに来だした経緯と優那ちゃんとの過去も教えてくれよ。この前時間きて聞けなかったからな」


真「別に聞くほどでもないぞ?」


み「お前がここまで信頼できる場所と人が出来たのが珍しいから気になるんだよ。な?」


真「…………両親がなくなった年の冬、中二の冬だな」




ーーーーーーーーーーーー


両親が亡くなり非難の声も少し落ち着いた頃。俺は一応学校に行くようになった。いかなければまた非難の嵐が俺に降り注ぐからな。


それでもやはり劇的に変わることもない。毎日のように俺は蔑まれ、呪われてるだのと言われ続けている。


そんなある日の冬、なんとなくいつもと同じ通学路ではなく少し遠回りに帰ってみる。


街の中を避け、少しだけ路地裏の方に入る。遠くに騒がしい音が聞こえるがいつもよりも小さい。だから俺には少し心地いい。


マンションや表が入り口のビルの裏、そして小さな飲食店等が連なっている。

人通りもまだ夕食には早いから少なく歩きやすい。


たまにはこんな雰囲気の中を歩くのもいいもんだ。


俺は日頃のストレスを少しでも無くしたくて、日常の事を今は考えることを止めこの空気を味わう。


少し歩くと俺の耳に心地いい音楽が流れてくる。


真「………この雰囲気にジャズなんて、今日とゆう日はなんて俺に優しいんだ」


安らぎを覚えながら歩いていくと、だんだん音楽も大きくなっていく。


そしてその音楽は少し歩いてたどり着いたある店から流れていた。


ーーーーjazzーーーー


真「そのまんまじゃん!」


気分のよかった俺は珍しく声に出してつっこんでしまった。


俺は気を取り直し改めて店全体を見てみる。


昔懐かしい喫茶店って表現がぴったりだと思う。窓が大きく店内もよく見える。いくつかの2人掛け、4人掛けの机とカウンターに数席椅子がある小さな空間。


だがカウンター奥に並んだ皿やグラス、北欧風のペンダントライト、さらにカウンターにある珈琲ミル。全てが心地よく落ち着けそうな雰囲気を出している。そこにジャズときたもんだ。


…………入ってみようかな。


俺は今まで外食といった類のことはしたことがなかった。そこには色んな人が集まり、同時に色んな見たくもない人の醜い表情も集まる。


落ち着けないのだ。何かを飲む、食べる、そして睡眠。その時間くらいは落ち着きたいとゆう思いがあるから。


だからこう思えるのは珍しい。自分でもびっくりだ。だがこの喫茶店の雰囲気がそう思わせるほどいいのだろう。ここに来る人はきっと心穏やかに落ち着きたい人ばかりだから安心だろうと。


「………お客様ですか?」


突然後ろから声をかけられる。周りに人はいないから多分俺のことだろう。


俺は声の主の方へと振り返る。


そこには小学生……な見た目だが別な学校だが中学の制服を来ている女の子が立っていた。


「外は寒いですよ?もし都合が悪くなければ店にどうぞ」


女の子は裏表のない暖かい笑顔を俺に向け、店内へと入っていった。


真「………どうしようか」


そうは言いつつも本当はもう決まっている。この店が気になって仕方ないのだから。


俺は喫茶店のドアに手をかける。


カランカランーーーーー


俺が少しドアを開けると、店内にどこか懐かしい音が響く。


「いらっしゃいませ。おや?優那の友達かな?」


「いらっしゃーあっ、さっきの方。来てくれたんですね」


店内にはお客はおらず、カウンターの椅子に先ほどの女の子とカウンターの向こうにここのマスターだろう、黒いふさふさしたオールバックに少し白髪の混じっている年配の方が立っていた。


「学校の友達じゃないのかい?」


「違うよ。制服違うでしょ?店の前に立っていたからよかったらどうぞって」


そう言って女の子は先ほどと同じ笑顔をマスターに向けている。この子はきっと幸せなんだろうな……俺には一生出来ない顔だ。


「ふむ……………。優那、宿題はなかったのかい?そうじゃなくても家にカバン置いてきなさい」


優「は~い!」


優那とゆう名前だろう。女の子は店の奥へと入っていった。店と家は繋がっているんだな。


「どうぞこの椅子に。何がいいかな?お金は気にしないでいい。初来店とゆうことでプレゼントだ。周りには言わんでくれな」


そう言ってニコッと笑いマスターの目の前の椅子に案内される。


何があるかもわからないし、とりあえずメニューに目を通そう。そう思った時俺の嗅覚をとても安らぐ匂いがくすぐる。


真「………珈琲、いい匂い」


「ん?ほう、その年で珈琲好きとは。飲むかい?」


俺は頷く。この人も優那とゆう女の子も全然裏表のない笑顔をしている。この笑顔がまたこの店のいい雰囲気に一役買っているのだろう。


「はい、おまちどおさま」


俺の前に珈琲が置かれる。目の前にあるとさらにその良い香りが鼻をくすぐる。そしてカップの底が見えないその黒……よりは黒に近いチャだな。その色に飲み込まれそうだ。いや、俺が飲むんだが。


「料理は……さすがに親御さんに怒られるかな?」


珈琲を見つめる俺にマスターが問いかける。


真「大丈夫です。そしたら……ハンバーグ、いいですか?お金はちゃんとありますから」


「お金はいいよ。それよりそんなにがっつり食べて本当に怒られないかい?」


真「大丈夫です。いつも1人ですから」


それは軽率な発言をしたね。と、マスターは軽く頭を下げる。


真「気にしないでください。それじゃ珈琲いただきます」


俺は珈琲を顔に近づけ、一回嗅ぎ香りを堪能した後、口にする。


「ブラックかい!若いのに珍しいね!」


マスターはそう言って笑っている。そんなに珍しいか?


真「………おいしい」


口に広がるその味は一気に俺の味覚を包み込む。苦く深みのある味わいは全身に広がり心まで落ち着かせる。


「…………君に何があったのか聞くのは無粋かな?」


真「えっ?」


俺はマスターの発言に驚く。言葉にも態度にも出していないのだが……まさかそんなこと言われるとは思っていなかった。


「この店を30年もやっているとね、なんとなくわかるんだよ。ここには日常のいろんな事に疲れたお客さんが心を落ち着かせにくる。だから心地いい雰囲気を作るよう心がけていてね、時には吐き出したい人の話を聞いたりもしているんだよ」


………そうなのか。だからこんな俺でも、こんなにも落ち着けて心地いいのか。


俺は今まであった事を話した。いや、そんな意思はなかったが自然に口からでてしまった。そうさせるのはマスターの人柄だろう。


虐待されていたこと、周りから非難を浴びていたこと、両親の死によりさらに非難を浴びていること。この目と暴行の一件はなんとなく控えた。


別に暴行の一件はどうでもいいのだが、この目のことは……話してしまって気味悪がられるのが怖いから。またここに来たいと思うから。


「そうかい………辛い人生を送っていたんだね。だから君は年よりも落ち着いた雰囲気があるのかな」


だんだん店内にハンバーグを焼くいい匂いが広がる。


「カウンセリングとゆうものがある。言葉でその人の辛い過去や迷っている精神を落ち着かせてくれるものだ。だけど私はそんなことはできない。言葉たらずとよく言われるほどだからな」


「だけどこうやってカウンターを挟んで話を聞いたり、おいしい珈琲をいれたり、落ち着ける雰囲気や音楽でその心が安らげたらと思っている」


どうぞ。と言って俺の前にハンバーグとご飯が置かれる。添えてある野菜で彩りもよくとても美味しそうだ。


「だからここが君の心休まる、落ち着ける場所になれたらと思っている。別に何かオーダーしなくてもいい。これからもこうして落ち着きにきてくれよ」


マスターはそう言ってニコッと笑う。

その表情にはまったく裏がない……本当に純粋に俺の事を思って言ってくれている。


ひさびさだなぁ………こんなにも俺を思ってくれる人に出会えるなんて……。


ハンバーグが冷めてしまわぬうちに食べよう。

俺はナイフで一口大に切り、それを口に運ぶ。


真「………おいしい、おいしいです……」


口の中で広がるその味は、今まで味わった事のないとても温かい味だった。


もし虐待されずにこんな料理を作ってくれる両親だったら…………。


俺は視界がぼやけだす。もうとうの昔に枯れ果てたと思っていたものが頬を伝う。


あぁ………せっかくのおいしいハンバーグがしょっぱくなってしまう……。


「優那もね、両親がいないんだ」


真「えっ?」


突然の言葉に俺は涙を拭いマスターの話を聞く。


「あの子が小学三年の時に父親……私の息子だ。病気で亡くなってね。その一年後、後を追うように母親もガンで亡くなったんだ。私が引き取った当初は感情のない人形のようだったよ」


そうだったのか……。さっきの言葉は撤回しよう。俺は最初から地の底だったが……幸せから地の底に落とされるのはどんなに辛いだろうか。想像もつかない。


真「でもあんなに笑顔で………」


「あそこまで笑えるようになったのも最近だよ。あの子もこの店とおじいちゃんのおかげだって言ってくれるが、大部分はあの子の強さだろう。『私が泣いてたら笑顔がかわいいって言ってくれたお父さんがホントにいなくなっちゃう。私が泣くと一緒に泣いちゃうお母さんがまた泣いちゃう』。そう言ってたよ」


強いな……俺には一生手にすることはできない強さだ。


「優那と仲良くしてやってくれ。あの子は両親がいない分たくさんの友達に囲まれて幸せに生きてほしい。それにきっと君にも良い影響をあの子なら与えてくれると思う」


真「…………俺は人間不信です。周りに信じられる人は片手で足りるくらいしかいません。誰も信じようとも思いません。だけど……マスターとあの子は違うのかもって思います。だから少しずつでもいいなら………」


優「なんの話してたの~?私もいれて~!」


優那が奥から出てきて、俺の横に座る。


「優那、お前と友達になりたいらしい」


真「えっ!?ちょーー」


優「そうなの!?よろしくね!私男の子の友達あまりいなかったんだ~嬉しい!」


康「それと私は康幸って言うんだ。マスターじゃなく気軽にじいさんとかでいいよ」


優「おじいちゃん私もお腹すいた~…………パクッ!」


真「あっ、俺のハンバーグ!何するんだよ!」


優那「へへっ、半分こ!」


真「それは俺から言うセリフだろ………」


その光景を見てじいさんは声をだして笑っていた。




ーーーーーーーーーーーーーー


真「………ってな感じだ」


み「へぇ~、あの頃のお前にそんなことがあったなんて。態度変わらなかったし全然わからなかったよ。てか昔から優那ちゃんはかわいいのな!」


そう言ってみつおはニヤニヤしている。本当に好きなんだな。


康「おまちどおさま。懐かしい話をしていたね。本当にあの頃と今の真司は別人だ。少しはこの店が貢献できたかな?」


少しどころか……大部分がこの店と2人のおかげだ。


言わずともわかっているのかじいさんは笑いながらカウンターに戻っていく。


真「じいさん、ハンバーグくれ」



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