母からの誘い
数分後、司の携帯電話に着信があった。
「あ、母さんからだ」
「思ってたより遅かったわね」
「私、あのケータイってやつ嫌いです」
「存在意義が薄れるからな」
異香の呟きに、炫彦が笑う。
「もしもし。俺だけど」
司は母からの電話に応じる。
『あ、お母さんよ。元気そうね。良かった良かった。えーっと、なんか、太陽を背負った鬼みたいな奴見なかった?』
「見たよ。冥鬼だよね。幽吹から聞いた」
『それそれ。あー、やっぱそっちにも出たんだ。どのくらいいた?』
「数え切れないくらい」
『……マジで? ちょっと、話が違うじゃない崎ちゃん』
『私に言われましても……』
電話越しに崎姫の声も聞こえてくる。
『幽吹に代わってくれる?』
「幽吹、代われってさ」
司は幽吹に携帯を渡す。
「はい。代わったわよ」
『そっちにも、冥鬼がたくさん出たんだって?」
「ええ、私一人だと対処仕切れないかもと思う程度に。まぁ、一人だったとしてもなんとかしたけど」
銀竹と炫彦が「どうだか」と首を傾げる。
『それは……手間をかけさせたわね』
「良いのよ。好きでやってることだから」
『……うん。百鬼夜行の妖怪達の助けも?』
「ええ、銀竹、炫彦、鬼然。それに異香と赭土がいるわ」
『感謝してるって伝えといて』
「わかった」
『それと、今後のことなんだけど……私達まだしばらくそっちに帰れないの。冥鬼の出現が引き続き予測されてるみたいで……」
「なら、こっちにも再び現れる可能性があるってことね」
『おそらく。そこで一つ提案……いや、お願い。司を日隠村に連れて来てはくれないかしら』
「どうして?」
『どうしてって……あなた達の負担も減るでしょ?』
「私は負担だなんて思ってないわ」
『あなたはそうでも、あなたに協力してる妖怪達は?』
「銀竹は余裕だって言ってる」
「何の話ですの!?」
幽吹以外には月夜の声が届いていないため、銀竹は話の流れが読めていない。そもそも言っていない。
『お願い幽吹。冥鬼が司を狙ってるのだとしたら、この村に司がいてくれた方が、私達は安心できるの』
「現れる冥鬼の数が、倍になるかも知れないわよ」
『だとしても、ここなら対応できる。幽吹、あなたがいてくれたらより心強いわ』
『ええっ、あの苔妖怪も来るんですか? 司くんなら私が迎えに行きますよ』
『崎ちゃんは静かにしてて』
「……わかった。とりあえず司と話し合ってみるから。切るわよ」
幽吹は通話を一方的に切り、司に携帯を返した。
「後半、何の話してたの? 冥鬼がどうとか言ってたけど」
司は幽吹に尋ねた。周りの妖怪達もそれとなく耳を立てる。
「……月夜から、司を連れて日隠村に来てくれないかって頼まれたの」
「止めとけよ。司を守るだけならオレも協力するからよ」
「……あの村は今、何かと問題が多い。幽吹、お前が行けば尚更だ」
「防衛の拠点でしたら、ワタクシの隠れ里にいらしてはいかが? あそこなら、冬の間は優位に戦えますわ」
炫彦、鬼然、銀竹。百鬼夜行の仲間たちは、司と幽吹が日隠村に向かうことに否定的な意見を述べる。
「ねぇ異香……もしかして、百鬼夜行と日隠村って、仲が悪い?」
司は、ふらふらと漂ってきた異香に尋ねてみた。
「あ、やっぱり分かります? そーなんですよ。百鬼夜行の妖怪には、かつて日隠村から追放されたはみ出し者が多いですから。私は違いますけど」
「追放されたんじゃないわよ。私があの村を見限ったの」
言い訳がましい台詞を吐いたのは幽吹。
「……主導者様がアレですからね。まだたくさんいますよ、この場にも」
司が妖怪達を見回すと、銀竹は恥ずかし気に目を逸らし、鬼然は笠を目深に被った。
「一応オレもだぜ。まぁ、日隠村にいた時間なんてクソ短かったけどな」と炫彦。
「拙者は異香と同様、日隠村との関わりは在りませぬ」と赭土。
「つまり、幽吹、炫彦、鬼然、銀竹の四人は元日隠村の妖怪?」
「そうなるわね」
「だから、俺が日隠村に行くのを、良く思わないって事?」
「それは……」
幽吹は言葉に詰まる。
「……いや、司が月夜の下に行きたいと言うなら、私は反対しないわよ」
「けどよ、百鬼夜行の主導者たるお前まで村に行くのは、少し問題があるんじゃねぇか?」
炫彦が異議を唱える。
「そうですわね……いくら月夜からの誘いとはいえ……」
「村の妖怪にとっては厄介者の総本山が帰ってきたという見方になっても仕方が無い」
「あー、今の言葉良いですね。鬼然様、使わせて頂きます」
鬼然の言葉を聞いた異香が嬉しそうに反応する。
「ん? 何がだ」
「厄介者の総本山。百鬼夜行の主導者よりよほどそれっぽいです」
炫彦と銀竹も頷いた。
「ねー幽吹様。良いですよね?」
「勝手にしなさいよ」
その後幽吹は、司と一対一で話がしたいと言って、彼と共に別室に移動した。
「盗み聞きした奴はぶん殴るから。分かったわね異香」
「はーい」
念入りに釘を刺す。
二人が入ったのは、司の自室。
司はベッドに、幽吹は椅子に腰掛けて向かい合った。
「話って?」
「これからどうしようかって話よ。さっきも言った通り、日隠村に行くならそれでも良い。私や百鬼夜行の事なんて、考えなくて大丈夫」
「幽吹は付いて来てくれるの?」
「ええ、他の連中が何を言おうと付いて行くわ。だって、月夜や崎姫は村の防衛で忙しい。司を守る妖怪がいなくちゃ」
「そっか……」
「……?」
司の顔に、僅かながら影が射したのを、幽吹は見逃さない。
「えっ……どうしたの? もしかして、冥鬼に追われるのにうんざりしたとか? それとも……私が……うっとう……」
鬱陶しい?
一瞬、そんな考えが過っただけで幽吹の頭は真っ白になった。声が擦れて、出なくなる。
「ああ、そんなんじゃないって。幽吹は頼もしいし、一緒にいて楽しいよ」
良かった。
幽吹は安堵する。だが、まだ終わってない。司の顔に射した影の正体を掴まねば。
「じゃあ、学校に行けなくなるのが心配とか?」
「学校! それだよ」
司は何かを思い出したかのように言う。
「確かに理不尽だと思うわ……でも、冥鬼の出現が……完全に止まずとも、少しでも数が減れば……」
再び学校に通える日は来ると、約束しようとする幽吹。
「そうじゃなくて……学校で幽吹言ってたよね」
「えっ、何かしら」
「俺にも、母さんみたいに妖怪や霊と戦える力があるって」
「ええ、言ったわね。それが……あっ、それって……」
やっと気付いた。遅すぎた。今まで、自分が守ることしか考えていなかったから……
「俺も、少しくらい力になれないかな。母さんのようにはいかないだろうけど……」
「……そうね。守られるだけじゃ、つまらないもの。よし、そういうことなら早速日隠村に行くわよ! ちょうど良いわ!」
「えっ、どうして日隠村に?」
「ふふっ、言ったでしょ。御影家の人間が持つ力を最大限引き出す道具があるって。月夜が弓を持ってるように、あなたにも持つべき道具がある! それが納められているのが、日隠村にある、御影の本家!」
影従の幽鬼夜行 トコヨミサキ @tokoyomisaki
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