器
「みんな、協力ありがとう」
残党狩りを終えた幽吹は、山頂付近で百鬼夜行の仲間達と合流し、顔を合わせていた。
司はそれを少し離れた場所から眺める。
「ああ、お前の勘が当たったな」
白鬼の鬼然。白い法衣に身を包んだ大男。大きな笠で顔を隠しているが、口を動かす度に牙が見え隠れする。
冥鬼も鬼の一種だが、こちらは歴とした位の高い地上の鬼。
「無駄足にならずに済みましたわね」
高飛車な物言いなのは、つらら女の銀竹。白い着物を着こなす美しい女。銀色の長い髪は、常に冷気を発し続けている。
「あれが司か。随分でかくなったよな」
火車の炫彦は司に目を向けた。
猫のような耳を持つ毛深い獣人の炫彦。その毛皮は激しく燃え上がり、辺りを明るく照らす。
「俺のこと、知ってるんですか?」
「何度か会ったことあるだろ?」
「……ええと、ごめんなさい」
懸命に記憶を辿るが、思い出せなかった。
「憶えてなくて当然よ。司がまだ入院してた頃の話だもの」
幽吹がすかさずフォローする。
「司くん。ワタクシはつらら女の銀竹。しばらく見ないうちに、男前になりましたわね」
銀竹が挨拶する。
透き通るような白い肌に、銀の長髪。氷の持つ美しさを体現する銀竹には、司もつい見惚れてしまう。
「司殿。拙者は大百足の赭土。どうかお見知り置きを」
「うわ、気付かなかった。よろしくね」
司の背後で声を発したのは、大百足の赭土。外骨格の色を自在に変える高い隠密性を有している。
「幽吹。これからどうするつもりだ?」
鬼然は尋ねた。
「そうね……しばらくはこの山に身を隠そうと思ってたんだけど、誰かさんが山火事起こしちゃったから……ねぇ」
「悪かったよ」
戦闘後に幽吹達が消火したものの、消防車やパトカーの到着は防げない。
「警察は現在、放火を疑って周辺を捜索しています」
異香が報告する。
もしも司が山の中で警察に見つかれば、放火犯の容疑者として事情聴取されてしまうだろう。
「冥鬼も夜の間は姿を現せないようですわ。移動するなら今のうちかと」
銀竹が言う。
「そうね。とりあえず、司の家に行く? ビールくらいなら振舞えるわ」
異論は出ない。
一行は下山を始めた。
御影家までの道中……
「あら幽吹。その大きな荷物はなんですの?」
幽吹が背負う大きな黒い鞄に目を付ける銀竹。
「剣道の防具と道着。置いてくと、人間に取られちゃうかもしれないし」
山には現在、警察と消防が立ち入って捜査をしている。手放したくないものは御影家に運んでおこうと考えていた。
「剣道をなさってらしたのね。あの兜、暑苦しくはなくって?」
「別に」
「暑苦しいです」
否定する幽吹。同意する司。
「司くん。ワタクシも、槍術や薙刀術には自信がありましてよ」
冷気を操り、氷の薙刀を瞬時に作り出して言う。
銀竹は雪女の弟子を数多く持ち、後進の育成に力を注いでいた。槍や薙刀といった武術は雪女の嗜みである。
「それじゃ、今日はお疲れ。かんぱーい」
御影家に到着後、妖怪達は缶ビールを次々と開けた。全く遠慮が無い。
これには流石に崎さんも激怒するだろうなぁと心配になる司。
「司殿、司殿」
そこに赭土が声をかける。
「ん?」
「浅い器に、酒を移しては貰えぬか? お手を煩わせ申し訳ない」
「お安い御用だよ」
司がビールを皿に移して差し出すと、大百足は頭を近付けて舐め始めた。
「それにしても、司様は赭土さんを見ても驚かれないんですね」
異香は感嘆する。
家の中で、巨大なムカデが蜷局を巻く光景。並みの人間が目撃すれば、卒倒したり、悲鳴を上げて逃げ出すものだ。
しかし司は、それがさも当然であるかのように平然と見つめている。
「うん。昔から、虫とかは全然苦手じゃないんだよね」
幽吹に会いに、小さな頃から山に出かけていた結果だろうと司は考えた。
「……良い器」
異香は呟く。
「え、器? これ? 多分安物だと思うけど……欲しいなら持ってっても良いよ」
赭土が舐める皿を指して言ったのだと、司は受け取った。
「くすっ。いえいえ……そんな事をすれば、私は幽吹様に殺されてしまいますから」
司の誤解を可笑しく思いながら異香は遠慮した。
「私のこと呼んだ? 何の話?」
銀竹と談笑していた幽吹が、自らの名前を聞いて反応する。
「たかがお皿で、なにも殺さなくても」
司は幽吹に冷めた視線を送った。
「ちょっと異香、何の話してたのよ……」
煙の端を掴み、グイと手繰り寄せる。妖怪にしか出来ない業。
「司様が勘違いされてるだけですって」
自分のせいでは無いと言う。
「だから、何の話をしたらあんな勘違いするのよ!」
自らの知らぬ所で、それも勘違いによって、器量の小さな奴だと思われては堪らない。
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