第2話 空き缶のような男の話①

「それにしても缶だけって、少ないな。お前が拾いすぎてゴミが無くなったんじゃないか」

 男が缶を入れていた袋を折りたたむ様子を眺めながら、ギンガは冗談混じりの言葉を並べた。

 ギンガはとても体格が良く、タンクトップからはガッシリとした筋肉が露わとなっている。髪は金髪で、耳にはいくつものピアスが飾り付けられているような男である。一方の、ゴミ拾い男ソーチョーは、肋骨が透けて見えそうなほどヒョロヒョロとした体系をしており、染めることを知らない髪は、どこまでも黒々しいものである。あえて、この二人を言い表すのならば、肉食と草食だろうか。とにかく、この二人は見た目も性格も正反対なのである。

 二人の関係については後に言及するとして、今はゴミ拾い男のことである。ソーチョーという男は毎日ゴミ拾いをして、日によっては、まるでサンタクロースのように、袋いっぱいにモノを詰めて帰ってくることもあるという。そう言われてみると、缶が四つだけというのは、確かに疑問を抱くに値するものかもしれない。 

 

「汚らしいゴミしか落ちてなかったんだ」

 ゴミ拾いを趣味とする男であるが、どうやら、むやみやたらにゴミを拾っている訳ではないらしい。

「汚らしいか。ゴミは全部汚い気がするけど」

 時刻は朝の7時半。ゴミ捨て当番のギンガは8時の収集時間に間に合うよう、不燃ゴミとして分別されたものを、乱暴にビニール袋へ移しながら独り言のように呟いた。袋の口を二回折り曲げ、縛ろうとするが、突然、横から袋を取り上げられてしまう。

 それを取り上げたソーチョーは、ゴミの中に迷い無く手をつっこむと、袋の中から一つのペットボトルを取り出した。

「ああ。それ、混ざってたのか」

 男は台所にそれを持って行き、キャップをはずすと、フィルムを剥がす。その手つきはまるで、好きな女に触れるかのような優しいものであった。そして、その中に水を注ぎこみ、少し残っていた茶色の液体を洗い流す。かざして覗き込んでみると、カーテンから漏れた光が透けて見え、本来の姿を取り戻したようだ。水がキラキラと反射しているそれに、男は愛おしそうな眼差しを向けていた。


「あれもペットボトルだったよ」

「えっ?」

「さっき言った汚らしいゴミのこと」

 ギンガは首をかしげた。

「ペットボトルなら拾って来れば良かったじゃん」

「汚れがこびりついて、ひびも入っていた。あれはこれからどうあがこうと邪魔もの扱いされるだけだな」

 男はペットボトルとフタを水切り籠に入れ、フィルムだけを袋の中へと落とした。

「俺シャワー浴びるから、後はよろしく」

 男はギンガを残して自室がある二階へと姿を消してしまった。

 

 一人取り残された彼は、袋をその場に残してキッチンへと向かう。光の粒がまだ残っているペットボトルを、彼と同じようにかざす。

「あいつは価値のあるものなら必ず見つけ出すんだよな」

 本来ゴミというのは、何か別のものに生まれ変わるものだ。しかし、扱い方によっては、残念なことに、燃えて塵となってしまうものもある。男が拾うものは、、それだけだ。

「お前らは、いい奴に拾われたな」

 ギンガは、少し視線を落として缶とペットボトルを交互に眺めた。彼もソーチョーと同じように愛おしい目を向けたが、その表情にはやがて闇がかかり始めた。彼は水切り籠にそれを戻すと、不燃ゴミが詰まった袋を抱えた。

「まあ、汚れたら捨てられちまうから、気をつけろよ」

 

 ギンガは、ゴミ山から拾われたの一つ。彼はなぜこの家にやって来たのだろうか。そして、彼が残した言葉はどういう意味なのだろうか……


 居間には誰の姿も無くなった。太陽を雲が覆ってしまったのか、いつの間にかに、差込む光は姿を消し、まだこの屋敷だけが朝を迎えていないかのようであった。

  

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