第31話 老いぼれ田沼③

「はい。田沼です。あっ。はい。分かりました......」


 男は電話を切ると、唾を一つ飲み込む。


「一体どういうつもりだ。ソーチョーが俺に会いたいなんて」

 胸騒ぎを感じているようで、男は胸を軽く抑えつけた。


***


「お待たせしてすみません」


 田沼は、待ち合わせした時間の五分後にそこへと行き着いた。実際は、30分も前から物陰に隠れて、様子を伺っていたので遅刻する必要は無かったのだが。

 そこは小さな公園で、今は彼ら以外誰も利用してはいなかった。公園の中心に位置する椅子に、ソーチョーは腰掛けていた。


「大丈夫ですよ。急に取り付けたのはこちらですし」


 田沼とソーチョー。二人が面を合わせる時、田沼はいつも嘲笑を浮かべ、ソーチョーは怒りを露にしている。しかし、今日はというと、田沼は警戒をし、ソーチョーは冷静に振舞う。彼の頬には既に冷や汗が流れていた。

 見上げてみれば、空の色も形容しがたいような薄緑色をしている。今の二人の状況もそれと同じで、異様な光景だ。

 今日は、初めてソーチョーが仕掛けたのだ。状況が違うのは無理は無い。何かがあるに決まっている。


「今日は怒鳴り散らさないんだな。俺を見ると、顔色が直ぐに変わってしまうのに」

 空気を変えようとでもしているか、先手は田沼がとった。勝利を掴み取るためには、最初というのがとても重要。警察官という仕事を長年続けた賜物である。


「ああ。あれは、俺が悪かったよ」

「ふっ。どうした、どうした。犯罪者がそんな気持ち悪い態度取らないでくれよ」


 ソーチョーは言い返す様子も無く、ゲームが始まってもいないのに、白旗を揚げたかのような状態である。まるで、一人だけでゲームを進めているような感覚に、男は逆に狂わされてしまったようで、汗は激しく噴出した。


「もしかして、自主でもしようってか。止めてくれよ、そんなつまらないことは」


 あくまで挑発をするが、彼は思い通りにのってはくれない。


「あんたにとって、これはゲームなのか」

「ああ、そうかもな。楽しいゲームだよ。今はもう王手まで辿りついている。あと一歩で、俺はゲームに勝つんだ」

「ふっ。くだらない」


 遊んでいた子どもが描いたのだろうか。彼らの足元を埋め尽くす砂には、格子状の線が描かれていた。二人の間には三マス程しかなく。もうすぐそこである。


「でも、お前はまさしく王様だな。だって、人をゴミ扱いして、見下している。正にお前は駒を操っているんだから」

「別に、見下してなんかいないけど」

「いや、見下してる。どうせ、せこいやり方で、尚且つこんな身なりで這いずり回っている俺も、お前にとってはゴミなんだろ?」


 ソーチョーは見透かすような目つきで田沼を見つめた。


「お前をゴミだなんて思ったことはない。職務を全うして、正義を追っている。ゴミとは程遠い存在だよ」

「ハハハ。褒めて許しを請おうとでもしているのか。気持ち悪い」

「お前をゴミなんて思ってないし、一緒に住んでる奴らを見下してもいない」

「ゴミ扱いしといて、見下してないはないぜ」

「見下してないよ。だって一番のゴミは俺だから」

「お前?」

「そう。俺。それも、全く価値の無いゴミだ。気持ち悪くて、汚くて、グシャグシャな、燃やされる道しか残されていない底辺のゴミだ」


 ソーチョーは立ち上がると目の前に広がる線を足で掻き消し始めた。


「俺が勤めている生ゴミ処理工場。その隣に山がある。あそこを探すといいよ」

「そ、そこに、何があるんだ。まさか」

「君の探しているものがきっとあるよ」


 ソーチョーは男の隣を横切ると思われたが、肩がくっついてしまうほどのところで、立ち止まった。


「あなたが言った通り王はすぐそこです。きっとそのゲームはあなたが勝つでしょうね」

「ああ、勝つさ。長い戦いにとうとう蹴りをつけるときが来たんだ」

「だけど、俺は別に王を取ろうなんてしてない。俺には俺の勝ちがありますから」





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