第30話 老いぼれ田沼②

「お前、田沼ってやつに会ったのか?」


 ジジは睨み付けるようにギンガを見ていた。


「会ったかも」


 それに対して、ギンガはぶっきらぼうに答える。これは、二人が屋敷の庭で煙草をふかしている最中の出来事である。


「何だよ。お前が会うなって言ったくせに」

「俺は良いんだよ」

「何だよ、その理屈は」


 それ以上は追求する様子も無く、ジジは呆れたような表情を見せるだけであった。


「お前こそ、俺が会ったこと知っているってことは、お前も会ったってことだよな」

「ああ。その通りですよ」


 悪びれる様子も無く、ギンガは勢いよく煙を吐き出した。


「俺、協力しようと思ってる」


 どうでもいいように言うジジを、ギンガは「はっ?」と言いながら睨み付けていた。


「何だよ。お前だってそう思ったんじゃねえのかよ」

「協力はするけど、お前とは意味合いが違う」

「はあ? どういう意味だよ」


 二人して煙草を地面に投げつけて、靴で押しつぶす。にらみ合う視線は、時が立つにつれ一層激しく絡み合う。


「俺は、ソーチョーの無実を証明するために、協力するんだよ」

「はっ? 何綺麗ごと言ってんだよ。そうやって、自分を肯定したいだけだろ」

「こんだけ世話してもらって、何でお前は、黒だって決め付けられんだよ」

「実際黒なんだから、仕方ねえだろ」

「何だと」


 先に手を出したのは、ギンガだった。右手を勢いよく後ろに引くと、まるで弓矢のように宙を切り、ジジの顔面へと突き刺さる。ジジは衝撃で尻餅をついてしまうが、直ぐに立ち上がって、腕をがむしゃらに振り回した。ギンガはそれを二、三度交わしたものの四発目に、ちょうどみぞうちに入ってしまい、激しく咳をだした。ジジの気はそれでも収まらないらしく、掴みかかろうとするが、今度はギンガがそれをがっしりと押さえつけて、腕組み状態となった。


「ちょっと、何騒いでるの」


 ガンガンは気軽な気持ちで、窓から声を出したようであるが、その様子を見て絶句した。


「や、やめてよ」


 やっとの思いで言ってはみるものの、声は全く届いていないようで、男二人の間には、より一層の気迫が高まる。すると、彼女は逃げるようにその場を去ってしまった。

 

 ギンガは力いっぱいジジを押しやると、再び彼は尻餅をついてしまう。今度は立ち上がる隙を与えずに、馬乗り状態になって、彼を押さえつける。彼はじたばたと手足を振るが、ギンガから逃れられそうもなく、高く上げられた拳は彼の瞳に映りこんでいる時であった。


「ふざけんな」


 大きな怒鳴り声。その声は、ボロ屋敷までも震わせてしまいそうなほどのものであった。取っ組み合いの格好のまま、二人は窓の方に目を向ける。その視線の先には、ソーチョーが立っていた。


「悪かったよ。お前の家で騒いで」

「ああ、もう止めるよ」


 声を荒げたソーチョーに相当驚いたのか、二人は直ぐに手を離して、嫌そうな表情で肩を組み始めた。しかし、ソーチョーは未だに怖い表情を浮かべながら、庭へと降りる。


「煙草なんて捨てるんじゃねえよ」

「煙草?」


 ジジは左足を少し上に上げた。靴の下には、確かに先っぽだけ踏まれてしまった煙草があったのだった。


「ああ、これね」

 地面を見つめる二人の視線から、ソーチョーは煙草を掻っ攫っていく。


「おい、待てよ」


 そう言ったのはジジである。


「何か?」

「お前はいつもゴミばっかりで、俺らなんてどうでもいいんだな」


 ガンを飛ばしながらジジは詰め寄るが、ソーチョーはまるでおののく様子が無い。


「だいたい、ずっと思ってたけどな、この町は終わってる町だ。だから、ゴミなんて道端に捨てて当たり前なんだよ」

「この町がどうとか、そんなことは関係ない。ただ俺は無駄死にさせるのが嫌いなだけだ」

「そうやって、いつもクールでいやがって、むかつくんだよ」

「だったら、これからは、お前たちに何も期待しない。俺が勝手にやるだけにするよ」

「ふっ。そうだよ。勝手にやってろ」

「ああ。勝手にする。お前らは、死ぬまで、そうやって殴り合ってくれればいいさ。土にはちゃんと埋めてあげるからさ」


 不吉な笑みを浮かべたソーチョーは、部屋へと戻っていってしまった。ガンガンの「私はソーチョーのやり方を真似するよ」と、彼を追いかける声だけが、聞こえたのであった。



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