第29話 老いぼれ田沼①

 コンビニの勤務を終えたジジは、コーヒーを買ってから店を後にした。


「お疲れ様」

「ああ......どうも」


 店の外では、煙草をふかした男が待ち構えていた。まだ日が照っている今。相変わらずのしわが寄ったスーツのせいで、その男は、仕事を失い路頭に迷っているとも見て取れる。しかし、実際は警察官という立派な職業に就いているのだから、人は見かけによらないものだ。

 その男は、缶コーヒーを二本ちらつかせているが、ジジは軽く会釈だけすると、何事も無かったように歩き始めてしまった。


「ちょっと待ってよー。一緒にコーヒー飲もうと思ったのに」

「コーヒーは自分で買ったので結構です」

「まあまあ、ちょっとだけ、そこの公園で話そうよ」


 肩に手を掛けると、口が裂けそうなほどに横へと伸ばしていくその男。ジジは一つ溜息を吐くと、やっと振り向いた。


「手短に、ここでお願いします」

 呆れたように言っているが、男は子どものような無邪気な笑顔で頷いた。


「まだここで働いているんだねー。てっきり介護施設で働いているのかと」

「何でも知ってるんですねー」

「まあ、これでも警察ですから」


 男はスーツの内ポケットから、警察手帳を少しだけ見せると、また直ぐに仕舞い込んだ。


「へえ。本当に警察だったんですね。名刺だけならいくらでも偽装できるので、違うのかと」

「よく考えているんだねー。じゃあ、俺が警察だと分かったから、協力してくれるということかな?」

「用は何ですか? 時間無いんですけど」

「何で連絡してこないのかと思いまして」

「もうあいつとも、あの屋敷とも極力関わりたくないんだ」

「ギンガ君は未だに彼の無実を信じているけど、まさか君までそんなバカな考えはしていないよね? それなのに、見逃すんだ」


 冷や汗を覆うように、彼は首を押さえるような仕草をした。


「自分を責め続けることで、過去の罪を制裁しようとしてるんだろ」

「あなたには関係ありません」

「そうかなー。君とソーチョーは実に似ていると思うよ。罪を犯した同士で」

「知ったようなこと言うんじゃねえよ」


 ジジは一歩前に踏み出すと、男の目と鼻の先まで近づいた。何かをしたいように目をキョロキョロと動かしているが、決して男に触れることはなかった。


「君は、ソーチョーのことも他の住民のことも、見下してきたんだろ。だけど、本当に君はそんなこと言える立場なんだろうかね」


 彼は何も言うことが出来なかった。確かに、彼はどこか彼らを外側から眺め、甘ったるい奴らだと嘲笑っていたのだ。だけど、気づきたくはないことに、気づかされてしまった。自身が彼と大して変わりない立場であるということを。

 男はうなだれる彼の背中をさすり、慰めるような仕草を見せた。


「罪滅ぼししたいんだろ? 彼と同じは嫌なんだろ? だったら、協力しよう。そうすれば、君はきっと救われるから」


 ボロボロのスーツと貼り付けたような笑顔。どこからどう見ても、胡散臭い宗教勧誘のようであった。しかし、ジジの瞳には光がやどり、男の両肩に手を掛けた。まるで、神にすがりつく奴隷のようである。


「救われたい.....」

 小さくそれだけ言うと、彼は手を話して、その手を組んだり離したりを繰り返している。


「じゃあ、そういうことで、また連絡するよ」

 男はそう言うと、あっけなく去ってしまう。服従させられたらそれでもいいとでも言うように、笑顔はすっかり消え去っていた。


 その後姿をぼんやりと見つめながら、彼はそこから動くことは出来ない。


「そうだった。俺は、ゴミだった」


 初めてゴミ扱いをされたのは、屋敷に初めて訪れた時だ。そう考えると、なんとも失礼な話である。

 ソーチョーは価値のあるゴミだけを拾い集める。そして、レアメタルをリサイクルするように、生まれ変わらせたいと言っていた。


「生まれ変われるなら、良いんでしょ? 君を利用したっていいんでしょ?」


 まるで、目の前にソーチョーが居るかのように語りかける。しかし、彼が見つめているのは、灰色の味気ない道路であった。


「俺、ゴミだな」








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