第23話 ナイフを探せ①
「やっぱり、ソーチョーは何か隠してるだろ」
ジジはガンガンの部屋を訪ねていた。ベッドに体操座りをする彼女と、それとは反対側の窓から外を眺めながめる彼。彼が部屋に入ってから一度たりとも目を合わせては居なかった。二人の位置関係はなんとも曖昧なものである。
三人で約束を取り決めたものの、気に入らないらしい彼。ギンガでは説得が難しいと考えたのか、彼女の部屋を訪ねていたのだ。
「人には一つや二つは隠し事があるもんでしょ」
「そうだけど。今考えて見たら、可笑しなことばかりだろ。俺らを家に置いて、一体なんの得になるんだよ。それに、二階の奥の物置部屋。あそこは誰も中に入ったことが無い、得体の知れない部屋だ」
「ゴミ拾いが趣味だから、物置だから汚くて入れられない。以上」
彼は窓に額を付け、そこに身を任せた。警察と名乗る男が接触してから、彼は落ち着かない日々を過ごしていた。得体の知れない男と住む気味の悪さ、そんな彼を尊敬しきる他の住民。窓の近くは部屋の中心部よりも肌寒く、彼は身震いした。
「物置部屋は何かを隠すのには、もってこいだ」
「こんだけ赤の他人と住んでたら、隠したいものだってあるよ。自室はギンガと二人部屋だし」
「何でそこまで信じるんだよ。疑うくらいしてもいいだろ?」
「私はそんなこと気にしてない。ただここに入られればいいの。ジジはそのうち出て行くから関係ないけどね」
「まだまだ先の話だよ......」
いつか襲われるんじゃないか、お化け屋敷にいるような恐怖に毎晩彼は襲われていた。だから、一日でも早くここから出て行きたいと願っているようだ。金銭的な理由で今すぐは無理であるが、最近働き始めた介護施設での勤務が慣れれば、屋敷を出るつもりらしい。
「なんか今日冷たいね」
まるで温度のことを言っているかのように、また肘をさすった彼。しかし、彼女は、そんな行動は見ておらず、木の幹のように荒れた手の甲を見つめていた。
「だって、ジジだって隠し事してるじゃん。ソーチョーのことなんて言える立場じゃない」
「何だよ。さっきは、一つや二つは良いって言ったくせに」
「だって、ジジの隠し事は私が一番知りたいことだもん」
彼女は顔を膝の間に埋めた。まるで自分の感情が表に出ぬよう、隠すようにである。
「ジジが隠してることは、女の人が関係してるんじゃないの? ジジが好きだった女の人とか」
「何でそう思うの?」
「私を避けるからかな......」
「避けてない。今だってこうやって話してるし」
「避けてるよ。目も合わせないし、女として避けてる」
彼は深く溜息を吐いた。話をそらそうとしているのか、覗くようにして、真下を通る道路がどこに通じているのかを確かめようと試みていた。しかし、いくら覗いても目の前に映る醜い顔が邪魔をして見させてはくれない。
諦めて窓全体を眺めてみると、彼の隣には小さくではあるが、女の顔も映り込んでいることに気づいたようだ。さきほどまで下を向いていたはずなのに、いつの間に窓のほうを向いたのであろうか。
窓に映る彼女の顔を眺めてみるが、その顔は小さくうっすらとしたもので、本当に彼女のものかと疑いたくなるものだ。それを確かめるかのように、顔を近づけていた。
しかし、近づけるにつれ、彼は段々と息遣いが荒くなり、最後には彼女が映るそこを握りつぶすような仕草を見せた。それから逃れるように、彼は窓を強く押して、なんとか体勢を立て直す。
窓に映る顔を誰かと錯覚してしまったのか、その表情はとても怯えていた。
「俺は誰にも心に秘めていることを打ち明けるつもりは無いから、だから、何も期待しないで」
ジジはガンガンのほうへ振り向き、やっと彼女と顔を合わせた。目を細めた彼に浮かんでいたのはとても寂しい笑顔。淡い光が入り、彼の輪郭は白く輝いているのに、彼自身は影で覆われてしまっていることが余計にそれを膨張させた。
やっと目を合わせたのがそんな寂しい言葉だったからか、彼女は目を伏せて再び顔を埋めてしまった。
「そこは寒いから、部屋に戻った方がいいよ」
「ああ、そうするよ......」
一人がどれだけ寂しいか、彼女は知っているはずなのに、一人ならずには居られなかった。
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