第20話 生ゴミとナイフ⑤
ソーチョーを除く三人の住民は、こじんまりとしているジジの部屋に集まった。椅子もなければ座布団なんかも無いため、二人は選択肢も無く床に座る。そして、ジジはベッドに一旦は腰を落ち着けるが、悪く思ったのか、ひんやりと冷えた床へと移動した。
居間に行けば、そんな思いをすることも無いのに、そうまでしてここに集まったのには、きっと理由があるのだろう。
しばらくの間、誰一人として言葉を発するものはいなかった。聞こえるのは、時折屋敷の前を横切るオートバイの音。それに、下の階からも、がさがさと人が動くような音が微かに聞こえていた。
段々と冷えが体中に染み渡ったてきた頃、やっと言葉を発したのは、ギンガであった。
「今日、ここにも来たんだってよ、あの男」
「えっ? そうなの」
ジジがそう尋ねると、ガンガンは俯き気味の顔をさらに下へと押し込めた。
「三時頃に来て、四時頃に帰って行った」
「じゃあ、ここに寄ってから、コンビニに来たのか……」
「二人のところにも来たんだね」
ガンガンは、今度は顔を天井の方に向けた。いつもはパッチリと開いている二つの器は、弱弱しく水が溜まり、今にも零れ落ちそうであった。
「ああ、来たよ……」
体操座りをしているせいか、がっちりとした体も縮こまって貧弱に見えるギンガは、深く思い悩むように打ち明け始めた。
***
そう、あの男と言うのは、16時15分頃現れた髭を蓄えた男のことだ。
「ギンガくん、ジジくん、八番頂けますか?」
「「えっ」」
住民以外では知るはずの無いあだ名で呼ばれ、思わず二人は声を上げて、その場で固まってしまう。
「あれ? 八番の煙草。もしかして、売り切れ?」
店員が身動きを取らないというのは、とても失礼な態度だがなの、穏やかな性格なのか男の表情はとてもにこやかだ。不気味なほどに。
「あっ。失礼しました……」
ジジは、呆然とするギンガを押しのけて、いくつもの煙草が陳列した棚を漁った。戸惑っているのか、なかなか見つからないようで、何度も頭を上から下へと移動させる。30秒ほどしてやっと見つけたそれを差し出そうとすると、ギンガがそれを制止した。
「どうして、その呼び方を……?」
ギンガの言葉はとても穏やかであったが、何かを探るようなその目つきは決して客に向けていいようなものでは無かった。
「まあ、ソーチョー君の知り合いと言ったところですかね」
「ああ。なるほど。だからその呼び方を知っているんですか」
それを聞いて安堵したのか、強張らせていた表情をジジは解くが、ギンガは未だにタカのような目つきを変えることは無かった。
「どういった知り合いですか? なんでわざわざここに?」
「そうですね。彼と出会ったのは、一年前くらいだったかなー。そうそう。ギンガ君が彼と出会う少し前くらいですね」
どうしてこの男がそんなに細かい情報まで知っているのだろうか。ギンガはギョッと目を泳がせ、頬には汗がつたう。男はその様子に満足でもしたように、さらに口角をつりあげるもんだから、その顔つきはとてもぎこちない。
「彼は、なかなか変わった人でしょ? だから、何かあったら連絡してくださいね」
男は小さな紙をギンガの胸ポケットへと忍ばせた。
「何かあったらって?」
意味が分からないとでも言いたげな表情の二人を尻目に、男は手をひらひらさせながら、出口の方へと二、三歩歩みを進む。しかし、直ぐに後ろに下がって、再び二人の前へと現れる。
「私としたことが、一つ言い忘れていました」
男はカウンターから身を乗り出し、ギンガの目と鼻の先まで顔を近づけた。
「何だよ……」
「利佳君のこと本当に残念に思います」
「えっ......」
男の無理やりに皺を寄せたような笑顔。それを壊してしまいたいとでも思ったのだろうか、ギンガの体は動かずに居られなかった。
「利佳のこと何で知ってんだよ! 今、利佳は何してるんだよ!」
ギンガは大声で吠えると、男の胸倉を掴んだ。今にも噛み付きそうな形相に加え、右手を握り締め、いつパンチを食らわしても可笑しくないような状態である。
店内に居た数人の客たちも、ザワザワと声を上げ、二人の方へと注目を集めていた。
「ちょ、ちょっと。落ち着いて!」
奥で待機していた、店長も騒ぎを聞きつけたのか現われ、ジジと共にギンガを押さえつける。
「た、大変失礼したしました」
息を切らしながら、まだ瞳の中をメラメラと燃やすギンガ。その隣で、店長とジジが、青ざめた表情で、ひたすらに謝罪の言葉を述べた。一人の男だけでは無い。店内の全ての客に向けてである。
「ああ。違うんですよ。私が彼をけしかけたので、彼は何も悪くありません。どうか、怒らないでやってください」
そう言うと、男は満足そうな表情を見せると、ドアの前で「失礼しました」と一礼し、去って行くのであった。
***
「ギンガそんなことしちゃって、大丈夫だったの?」
「もちろんもの凄く怒られたけど、客もああ言ってるしってことで許してもらった」
「ギンガが怒られている間、俺一人でレジして大変だったんだぞー」
ジジはふて腐れたように言った。
「あの人結局、ソーチョーとはどういう知り合いだったんだろうなー」
呑気に天井を見上げたジジであるが、他の二人は地獄にでも落ちてしまうかのように、暗い表情で目を見合わせた。
「実は……」
二人は、ポケットを漁ると、一枚のペラペラの紙を取り出した。大きさも同じくらいのようだ。
「ああ! そういえば、連絡しろって言って、その紙渡されてたね。ガンガンも同じのもらったんだ」
一人だけ渡されていないジジは、それを受け取り初めて目を通す。それを見る彼の顔色は、面白いほどに、二人にみるみる近づいている。
「えっ……警察」
ジジは、冗談だといってくれと言うように、二人に視線を向けるが、二人は目を合わせない。
「えっ? 何で警察に追われたんの? どういうこと」
絶えかねたのか、彼はギンガの肩を揺すり、言葉を求める。まるで揺すれば何かが落ちてくるとでも思っているかのように、一心不乱に揺すり続ける。
「わ、分かんないけど、俺らが関わることじゃないだろ」
あまりにも、揺すられたからか、ギンガは答えたくはないけどとも言いたげな苦しい表情を見せた。
「何でだよ? 一緒に住んでるんだから、それくらい、いいだろ」
「ダメだ」
頑ななギンガに愛想をつかせたジジは、彼の肩に手を置いた状態で、ガンガンの方へと意見を求める視線を向けた。
「ダメだよ。だってここでは、ソーチョーが全てだもん。ここでは彼が王様だもん」
「じゃあ、意見も出来ない俺らは奴隷と同じか?」
「うん。そうかもね。拾ってもらった時点で、私たちは、もう逆らえないようになっていたんだね」
ガンガンはジジのもっと先の方に精神を置いてきたかのように、空っぽになっていた。
救われるからにはそれなりの対価がある。三人はその時初めて、そのことを身に染みた。だからといって逃げ出すことなんて出来ない。だって、彼らにとってはここが最後の砦なのだから。
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