第18話 生ゴミとナイフ③
大荷物を抱えたソーチョーは、古びた家の扉を開いた。
休憩室にとりあえず連れて行かれ、傷口からそっと手を離す。虫が湧き出てきそうなグシャグシャの傷口は案外深かったらしく、病院に連れていかれ、二、三針縫う羽目になった。
大げさに撒かれてしまった、包帯を眺めた彼は、一つのため息を吐いた。共に住む住民一人一人に成り行きを説明することを考えると、億劫でならないとでも考えているかのようだ。
仕事に戻ることも出来ないため、一度コンビニに寄ってから、16時頃に帰宅をした。この時間に家に帰るなど久方ぶり。毎日過ごしているはずのそこはどこか新鮮に感じたのか、一通りあたりを見回していた。
この時間に家にいるとすればガンガンだけである。なぜなら、他の二人にはさきほどコンビニで会ってきたのだから。しかしながら、奇妙なことに居間からは賑やかな声が漏れていた。一人はガンガン。そしてもう一人は、男の声であった。
ソーチョーは首を傾げながら、居間と廊下を遮るドアへと近づき、耳をそばだてる。しかし、こうしていても誰かは分からないとでも言うように眉をひそめると、ゆっくりとドアを開けた。
「あっ。おかえり。今日は早かったね」
笑顔をこぼしながら、ガンガンは振り返った。
「あれ、どうしたの? その左手?」
彼女の問いかけには答えず、彼はただ固まっていた。彼女の隣に座る男の姿を眺めながら。
「そう、そう、ソーチョーの知り合いの人が来てくれたからね、一緒にお話してたの」
「勝手にお邪魔しちゃってすみません」
紙を貼り付けたような、満点の微笑みを浮かべているのは、髭を生やした少々強面の男だ。スーツを着ているが、久しくクリーニングに出していないのか、それともよっぽど乱暴に着ているかで、よれよれになっている。
ソーチョーは、男の輝くような笑顔を見つめながら、右手で頭を抱えた。毒でも飲んだかのような苦し紛れな表情。彼女を無視するのは習慣的なことなのだが、今日に限ってはそういう訳でもないらしい。
「ソーチョー? 大丈夫? 体調でも悪いの」
彼女がソーチョーに近づき、肩に手をかけようとすると、彼は右手で勢いよくその手を払い除けた。
「出て行け!」
全てを吐き出すように言い放たれたその言葉。ガンガンは目を丸くしながら、息切れをする彼が睨み付ける先を、目で辿った。そこには、ソーチョーの様子を見て動揺一つしていない客人の姿があった。
「ちょっと、ソーチョー」
「ふふふはは」
彼女が慌てふためいていると、客人は、大口を開けて高々と笑い出した。しばらく声を上げ続けると、口を閉じるが、笑いたくて仕方ないとでもいうように、手で口を覆い隠した。
「ガンガンちゃん。そろそろ帰るね」
男は立ち上がると、ソーチョーとは目を合わさず、目をあっちへこっちへと動かしているガンガンの方へと悠々と歩き、耳元に口を近づけた。
「とっても楽しかったから、またお話しようね」
男は一枚の紙を、彼女が着ているパーカーの中へと忍ばせたる。
次第に青白くなっていく彼女を残し、客人は、お邪魔しましたさえも言わずに去っていってしまった。
玄関の扉が閉まる音が部屋に響き渡ると、ソーチョーは背負っていたリュックを床へと投げつける。
「ご、ごめんなさい。わ、私、あの人、ソーチョーの知り合いだと思って」
彼は息を切らしながら、床の一点を見つめた。
「本当にごめんなさい」
彼女は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、呪文のように謝罪の言葉を唱えだした。
「うるさい。黙ってろ」
もう三十回は唱えたのではないかというくらいで、ソーチョーはやっと口を開いた。
「俺には知り合いは居ない。だから、むやみに知らない人を家に入れるな」
「うん。ごめんなさい」
「あと、一人になりたいから、部屋にでも篭っててくれるかな」
彼女は返事さえせず、そこから逃げるように自室へと入ってしまった。屋敷には、意味の無い叫び声が、しばらく響き渡っていた
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