第17話 生ゴミとナイフ②
この屋敷だって、一般の家庭と同じだ。台所の一角には生ゴミを入れるための三角コーナーが配置されている。
しかしながら、一般と異なるのはここから。ソーチョーは今日一日でたまった生ゴミの中に手を突っ込み、何かを探すように堀進める。そして、醤油が入っていた小袋の三角形の破片と、小さく丸められたラップを発見したようで、それらを取り除く。100%生ゴミとなったそれをギュッと絞り、水気を切ると、それを持って、庭へと向かった。
そこには段ボールが一つだけ置いてあった。生ゴミをその中へと入れ、元々入っていた土と混ぜ合わせたのち、フタを閉めて元の状態へと戻した。ソーチョーは生ゴミを堆肥化しているのである。
「よくそんな面倒なことするね」
窓から顔を出してその様子を窺っていたガンガンは、不思議そうな表情を見せている。
「面倒何て思ったこと無いよ」
それだけ言って、彼は部屋の中へと入っていってしまった。
「だって、生ゴミなんて可燃ゴミとして捨てていいんだよ? 何でわざわざ家でどうこうしなきゃいけないの?」
庭でタバコを吸っていたギンガに、彼女はふてくされた声で質問を投げかけた。
「燃やしてしまったら、その瞬間に生命が絶たれてしまうだろ。だからあいつは、可燃ゴミって大っ嫌いみたいなんだよ」
「ふーん」
彼女は納得できないとでも言いたげな表情を未だに見せていた。
「生ゴミはさ、せっかく堆肥にリサイクル出来るのに、燃やすっていう考えが納得出来ないんだろ? だとしても、そこまでする気持ちは、俺にも理解できねえけど」
同意を得られたことに満足を得たらしく、彼女は鼻歌を鳴らしだした。
「あと、あいつ、生ゴミ処理工場で働いてるからさ、あいつにとって生ゴミは特別なのかもな」
「ふーん。そっか。生ゴミを尊敬してるんだね。納得したよ」
「尊敬はしてねえだろ。お前適当すぎ」
「でも、よーく考えてみるとソーチョーって生ゴミに似ているかも」
「似てるかー? どこら辺が?」
やはり、適当だと思っているのか、ギンガは苦笑いを浮かべていた。
「生ゴミもソーチョーも叫んでるのかなって、燃やさないでくれーって」
「ああ。なるほど」
「ほら、ソーチョーは生ゴミでしょ?」
「でも、生ゴミに例えられるって、結構きつくないか?」
「生ゴミではないと思う」
後ろから、新たな声が聞こえてくる。振り返ってみれば、そこにはジジが居るではないか。
「びっくりした。急にどうしたの」
驚く二人の間を通り抜け、庭へと降りると、ジジは煙草の箱をちらつかせた。ギンガは納得したように頷くと、ライターを放り投げる。
「サンキュー。ギンガは気が利くなー」
「それで、生ゴミじゃなかったら一体なんなんですか」
ギンガは人を物に例えることに関し、なんの興味も無いようだが、沸いてこない言葉を身体の奥から引っ張り出した。
「ソーチョーをモノに例えるなら、ナイフかな」
「「ナイフ?」」
一瞬の沈黙の後、ギンガとガンガンは笑い始めていた。
「ナイフって、ソーチョーがナイフで手を切ったばかりだから、そういう印象が強いんでしょ?」
「そうそう、絶対それだよ。もし、ガラスで手を切ってたら、ガラスに例えたんだろ」
もはや、腹を抱えて笑い出す二人。しかしジジは、頭上を飛び交う愉快な声に左右されること無く、もともと心に秘めていたであろう言葉を口にした。
「あいつ警察に嗅ぎ回られてるんだぞ? 絶対何か隠してる。お前らだって、そう思ってるんだろ?」
少なくとも皆気づき始めた。彼が何かを隠していることを。しかし、誰も核心には触れなかった。ソーチョーは恩人であり、今の彼らの全てだから。
だけど、聞いてはならないと思っていただけで、皆気になっている。彼が何者なのか。彼は何を目的に生きているのか。
だから、ガンガンは怯えながらも問いかけていた。
「隠してるって何を......」
「恐ろしいもの。ナイフみたいに......」
結局何かは分からない。誰も確信できない。だから何も答えることができず、彼女はただ上を見上げた。
「それって、あの月みたいなの?」
二人は彼女に導かれるように上を見上げた。彼女が指差す先には、三日月よりもさらに細い光しか放っていない月が、不気味に笑っているようであった。
***
この日は沢山物事が詰まりすぎた。だから三人は混乱しているのだ。とにかく状況を整理しなければならない。
まずは、ソーチョーのことから、話そうではないか。
ソーチョーは、中学を卒業して以来生ゴミ処理工場で働いている。工場内、いや、工場から漏れ出してしまうほどの、鼻をつまみたくなるような臭いにも、今ではすっかり慣れてしまった。彼の仕事は様々な種類あるのだが、最も得意としているのが、コンベアに流れてくる大量の生ゴミの中から、手作業で異物を取り除く作業である。
考えて欲しい。もし、生ゴミだけを分別しろと言われたら、あなたは出来るであろうか。意図しなくても刺身に付随している醤油の小袋の一片や、つまようじ、ラップなどを混入させてしまうのではないか? 彼はそんな小さなものを取り除く作業を毎日のようにしているのだ。
仕事の内容だけで言えば、学力もいらなければ、身体能力も問われない単純作業。誰にでも出来てしまう仕事内容だ。しかし、一日中、生ゴミとにらめっこをし、ひたすらに異物を探し続ける。なかなかの根気強さを持ち合わせていなければ出来ない、精神的重労働である。
そのため、多くの者はこの仕事を割り振られることを嫌がるのだ。しかし、ソーチョーだけは違う。
「こんなことの繰り返しで目がおかしくなりそうだぜ」
その単純作業は、五人体制で行われる。ソーチョーより20も年上のベテランの男が、まず始めに音を上げ始めた。それを皮切りに、他の若い輩も、「やってられませんよね」と次々と声を上げる。愚痴をこぼしながらではないととてもやっていられない、そんな心情で仕事をしているのだ。この単純作業の影響が大きいのか、大概の者は、働き始めて一ヶ月もしないうちに辞めてしまうのだという。
続けている人々は、「ここを辞めたら後が無い」「家族を養えない」といった、自身の身をわきまえている人々なのであろう。本気でこの仕事に誇りを持っている者など、ほんの数人でる。
「いいよな。あいつは愚痴をこぼさずにやっていけて」
皆の目線の先には、誇りを持っているうちの一人がいた。驚くべき速さで選別をしているソーチョーの姿だ。
「でも、こんなんに人生捧げてもねえ」
彼らは、ソーチョーを尊敬の眼差しで見ている訳では無い。仕事に打ち込む彼を異様な存在として嘲笑っているのである。従業員が生ゴミに例えられるとしたら、ここでは彼が異物なのだ。
「痛っ......」
ソーチョーがそんな声を発した。大して大きくも無い声量であったが、久方ぶりに聞いた彼の声に、驚いたのであろうか、隣で別の作業をしている従業員までも彼に注目を寄せた。
「矢田さんが仕事中に話すって珍しいっすね」
工場内には、まるで機械の故障が起きたのではと思うほどの動揺が流れていた。彼らの目に飛び込んできたのは、左手の平からひじにかけて、べったりと黒々しい血を流したソーチョーの姿であった。
「一体どうしたんだ」
その場に居た最も年配の男が、青ざめた表情で彼の方へと近づいた。
「生ゴミの中にこれが紛れていたことに、気づかなくて、切ってしまいました」
彼の右手には、小型のナイフが握られていた。恐らくフルーツなどをカットする用のもので、誤って捨ててしまったのだろう。地面に滴り落ちる大量の血を見て、口を抑えている者までいたが、当の本人はいたって冷静で、状況を端的に説明した。
「そ、そうか。とりあえず、休憩室へ行って、手当てしよう」
年配者は自分に言い聞かせるように言うと、ソーチョーの肩に手をかけた。
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