第13話 紙は破れし①
食卓の中央の大皿には綺麗な焼き色のついた餃子が、お行儀よく並んでいた。他にも、一人一人の目の前には、炊き立ての白いご飯と、豆腐とネギだけの味噌汁が揃っている。
それぞれ生活リズムが違うため、四人揃って食卓を囲むことなど滅多にないのだが、珍しく今晩は全員が揃っての夕食である。遠目から見れば、一家団欒のような食卓なのだが、そんな訳が無いとでも遮るように、ガンガンは突然立ち上がって、ソーチョーに人差し指を突きつけた。
「私ね、通信制の高校に通おうと思うの」
彼女はソーチョーの顔をじっと睨みつけるが、彼は誰かさんが立ち上がった衝撃で、ユラユラと波を立てている味噌汁を眺めていた。
「食事中に立つな」
ソーチョーは表面の淀みが静かになるまで待つと、それだけ言い放った。
「何よ! その態度は! 人が真剣に話してるのに!」
彼女は、テーブルをひっくり返すのではないかと思うくらいの勢いで、それに両手を叩きつける。その行為により、再び味噌汁は荒波を立て始める。
「大体ね、話も聞かないって失礼すぎるんだよ!」
「まあまあ、とりあえず食えよ」
「嫌だ、ソーチョーが口聞いてくれなきゃ食わない」
「子どもみたいなこと言うなよ。ソーチョーもさ、ちょっとは気の利いたこと言ってやれよー」
ギンガが二人の間に入って仲裁を試みるが、ソーチョーはそれ以上言葉を発するつもりは無いらしく、分かりやすくそっぽを向いていた。それを見かねたのか、ガンガンは箸をテーブルに叩き付けると、力いっぱい床を蹴りつけながら、自室へと消えてしまった。
「おい。飯残ってんぞ。どうすんだよ」
既にドアが閉められてしまっているため、聞こえる訳が無いのだが、ギンガは言葉を投げかける。どうすべきかと問うように周りを見渡すが、二人とも味噌汁を手に持って口に運ぶところであった。
「味噌汁こぼれるよ」
「ああ、そうか」
まるで味噌汁の心配しかしていなかったかのような二人を見て、ギンガは首を横にひねりながらも、手の中でゆらゆらと揺れるそれを口に運んだ。
「ごちそうさま」
ソーチョーは味噌汁を飲み干すと、食器を持って立ち上がり、台所へと向かった。シンクに食器を置いて、水を流すと、それが絶え間なく叩きつけられる音で、BGMのように流れていたテレビの音が聞き取りづらくなってしまう。おもむろにジジが手の届く位置にあったリモコンに手を伸ばすと、すかさず、横からギンガがそれを取り上げた。
「おい! お前はガンガンのこと頼むな」
「うん?」
リモコンの行方を目で追いかけるジジにギンガはそう耳打ちする。ジジの表情は真顔で、如何にも興味無さげである。聞き返したことも礼儀として仕方ないからとでもいう理由であろう。
「とぼけるなよ、ガンガンの話聞いてやれってことだよ」
「えー。何で俺が……」
ジジは眉を寄せてあからさまに嫌な顔をする。
「あいつがお前に気があるのは分かってんだろ。二人がギクシャクしてると、こっちまで息苦しいんだから、仕方ないだろ」
「別に。俺はソーチョーの意向に従うまでだよ」
ジジは大皿に残っている二つの餃子のうち一つを取ると、口に押し込んだ。
「まあ、確かに、ここの絶対的リーダーはあいつだけどよ、そこまでして自分を殺すことは無いだろ」
「別に殺してない。なんで、子どもの面倒見なきゃいけないんだよ」
「いやいや。でもさ、二人が仲良くした方がさ、今よりは楽しくなるじゃん?」
「楽しい必要あるの? ここに住まわせてもらってる。その事実だけでいいじゃんか。仲良くする必要なんてどこにも無い」
「全くお前は、正論しか言わないんだな」
ジジはそれには答えず、ごちそうさまとだけ言って、席から立ち上がる。
「分かった。分かったから、もう一回座ってくれ」
ギンガがジジの服の裾を伸びない程度にがっしり捕まえると、ジジはため息を吐きながらも、言うとおりに席に座りなおした。
「じゃあ、百歩譲って、二人の仲は良いとする」
「......」
「通信制の高校って一体何なんだよ」
「通信制の高校は、あんまり学校には行かないで......」
「違う! そんなことは分かってるよ。そうじゃなくて、なんであいつは、そこに行きたいのか聞いてるんだよ」
「知るか! 何で俺に聞くんだよ。本人に聞け!」
ジジの頬は段々と膨れていく。
「頼むから聞いてみてくれ! その理由が妥当な理由だったらさ、もしかしたらソーチョーも受け入れるかもしれないから」
「何で俺なんだよ」
ジジは、絡まった糸を無理やり引きちぎるように、力任せに自分の腕を引っ張り、とうとうギンガから逃れてしまった。
「頼んだぞ。お前だけが頼りなんだ!」
そんな言葉を背中に浴びながら、そのままの流れで、彼も自室へと姿を消してしまう。
「全く。ここの住民は……」
ギンガは台所へと目をやるが、一体いつからだったのだろうか、ソーチョーの姿もそこには無かった。居間に残ったのはギンガ一人だけ。それを確かめるかのように、一通りあたりを見回してみる。
「とりあえず俺は、ソーチョーのことを考えるか」
目の前に残っていた味噌汁を思い出したかのように、流し込むと、ポツンと一つだけ置かれた餃子が目に入る。
「腹いっぱいなんだよな。でも、あと一つだし......」
餃子とそんな葛藤をしながら、長い間、彼はそこに居座り続けた。
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