第二部

第12話 紙とレアメタルは似ても似つかない

 ガンガンはソーチョーに一つ問うた。

「お皿割っちゃったんだけど、どこに捨てればいい?」

「それは、不燃ゴミだよ」

 彼女は、ビニール袋を何周も巻きつけて、彼が指差した場所へとそれを入れた。


「分別って凄く難しいよね。今まであんまり考えてなかったし」

「難しいと思うよ。だって、可燃ゴミとか不燃ゴミとか曖昧な表現なんだもん。間違えるのも無理は無い」

 

 二人が会話をすることはほとんど無い。それは、明らかにソーチョーが彼女を避けているからだ。でも彼女は知っている。ゴミのことなら、彼は話してくれるということを。

 思ったとおりの反応を見せたためか、彼女のえくぼが少しへこんだ。まだ話し足りなそうな彼を目の前に、珍しく彼女は口をつぐむ。


「でも知ってる? 可燃ゴミと不燃ゴミは、例え分別したとしても、最終的に一緒になるって」

「知らない!」

 質問を投げかけられたのが嬉しかったのか、彼女は跳ねるように即答した。


「一般的に、可燃ゴミは焼却。不燃ゴミは埋め立て。だけどね、焼却炉の燃料として不燃ゴミも一緒に燃やしてしまう場合があるんだ」

「燃料?」

「そう。可燃ゴミの大半を占めているのは、生ゴミなんだ。生ゴミっていうのは、水分が多いから、燃やすには多大なエネルギーが必要になってしまう」

「水だもんね」

「そこで、不燃ゴミの登場。不燃ゴミっていうのは、石油から出来ているものが多い。ということは火に油を注ぐことと同じで、不燃ゴミを一緒に燃やすことで、多大なエネルギーを使わなくても、可燃ゴミを燃やすことができるという訳」

「なるほど」

「それに、最近は、埋め立てる土地の不足が問題になっているから、埋め立てるものをなるべく減らそうっていう意味もあって、不燃ゴミを燃やす傾向になりつつあるみたい」

「そうなの? だったら、不燃ゴミと可燃ゴミは分けなくてもいいってこと?」

「そうじゃない。燃料として役割を果たすためには、均等にする必要がある。一回目は、不燃ゴミが多すぎて必要以上の火力を使う羽目になった、二回目は、不燃ゴミが少なすぎてよく燃えなかったとか、そんなのを繰り返していたら、焼却炉に負荷がかかって仕方ないんだろ? だから分量を正確に量れるように分別する必要があるんだ」

「ああ、なるほど。ゴミは本当に奥が深いね」

 

 何とも形容しがたい表情を見せながら彼女は言った。


「奥が深かったら困るんだよ」

「えっ?」

「そんな複雑にするから、生き返ることが出来る物だって、無駄死にしていくんだ」

「......」

「俺は、そういうが大嫌いなんだ」



***



 翌日の昼下がり。ガンガンは居間に掃除機をかけ終わると、ソファーに寝転んでしまった。昼間であってもあまり日が当たらないこの家の空気は、とてもジメジメとしている。おまけに、天井を見つめていると狭い空間に閉じ込められてしまった感覚を覚え、余計に息苦しいようなそんな気持ちに駆られてしまう。それに耐えかねたのか、彼女は酸素を求めて、庭へと通じる窓にすがりついた。 


「はあ。苦しい......」

 窓を開けると、ひんやりとした風が彼女の頬を掠める。その風で一瞬目を細めた彼女は、直ぐに眉を潜めてしまった。外の空気を吸ってはみるが、ゴミの溜まり場のような、整備の行き届いていないこの町の空気が澄んでいる訳が無い。行き場の無い苦しさは、当分、彼女を解放するつもりがないらしい。

 

 彼女は一日の大半を家の中で過ごしている。何もしない訳では無い。一応、掃除や料理など最低限のことはやっていた。結婚生活では、真面目にそんなことをした試しが無かったため、それに比べれば成長していると言ってもいいのかもしれない。仕事といえば、登録制のバイトを気が向いた時に行なっているが、要は無職と同じのような感覚だ。

 

 男の家に上手く潜り込めた。毎日毎日、宿を探しをする必要も無い。今の生活は彼女にとって、願ったりかなったりの生活であろう。だから、ずうずうしいと思われようとも、嫌われようとも構わない。彼女はそう思っていた。

 それに、ここに住む人々は皆何かしらの欠点を持った者達だ。だから、彼女はこう思ったのかもしれない。彼らなら、良い仲間になれるのではないかと。

 

「私はクズのクズだ」

 しかし、実際は違ったようだ。


 彼らは決して綺麗な生き方はしていないのかもしれない。しかし、彼らはきちんと仕事をして、何かから逃れようと今葛藤しているのだろう。一方の彼女はどうであろう。していることは家事くらい。それもただの自己満足で、この家の住民は家事手伝いなどを必要としている訳ではない。

 だからといって彼女は分からないのだ。自分が何をもがけばいいのか。そう、彼女はソーチョーが言うなのである。

 

 彼女の脳裏をよぎったのは、町に死んだように転がる人々だ。


 彼女は顔を覆ってしまった。この屋敷に来て気づかされたのは、自分自身が果てしなくその場所に近いということである。焦れば焦るほど、どんどんとそれが迫り来るような、そんな感覚に襲われる。


「そんなとこ居たら風邪ひくよ」

 彼女が後ろを振り向くとそこにはジジが立っていた。気づけば、彼女の肩は、ほのかにタバコの香りがする大きなパーカーで覆われているではないか。


 夜勤をした彼は今の今まで寝ていたらしい。彼女は窓を閉めると、全くサイズが合っていないパーカーに腕を通した。家の中は、暖かいはずだが彼女は手をこすり合わせる。まるで、体が冷えてしまったからとアピールするかのように。


「ジジ、おはよう。うどんで良ければあるよ」

「うーん」

 彼は、口をへの字にして、考え込むような表情を見せる。


「あっ。別に、私が夕飯で食べようと思ってたやつだから、無理に食べなくても」

「そうなんだ。実は、弁当もらってきちゃったから、それ食べようと思って」

「捨てちゃったら、ソーチョー凄い怒るもんね。弁当食べたほうがいいよ」 

 彼の表情は、一気に明るくなった。それを見たからか、彼女の表情も見違えるほどに穏やかになっていた。


 彼はソファーに座って弁当を食べ始めた。それには、から揚げやら、コロッケやら卵焼きやら、いかにも胃もたれしそうなものが顔を揃えている。


「まぶしい。ここって三時頃はこんなに日が当たるんだ」

 先ほどまでは無かった光が、いつの間にかに二人を包み込む。彼は、手で影をつくって、窓の外から射す温かいものに目を細めた。その隣で、黙ってその姿を眺めていた彼女は、苦しさから解放されてしまったようだ。


「気持ち悪い」

 ボソリと言い放たれたその言葉に反応し、彼女は飛び跳ねるように、背もたれから身体を起こした。

「だ、大丈夫? それ、見るからに脂っこそうなものばっかりだもんね」

「違うよ」

 彼は口を押さえて笑いを堪えていたが、彼女にはその理由が全く分からないようで、首を横に傾けた。


「ガンガンが静かすぎて気持ち悪いってこと」

「ああ、なるほど......」

 出来るだけ声が跳ねぬよう、低い声で話した彼女であったが、身体は素直なもので、頬が緩んで仕方ないといった様子である。想いを寄せる相手にこんなことを言われて嬉しくならない訳が無い。


「じゃあ、いっぱいおしゃべりしちゃうから、覚悟してねー」

 彼女はどうでも良い些細なことを、間髪に入れずにひたすらに話した。せっかくチャンスを与えられたからには、何かしらを話していないと彼に幻滅されてしまう、そんな風に考えていたのかもしれない。彼が弁当を空にした時、彼女は勢いよく話し過ぎたせいか息を切らしていた。


「しゃべりすぎて、酸欠になってんじゃん」

 ジジはその姿を見て、また笑みを浮かべていた。

「さすがに疲れた」

 彼女はそう言うと、頭を横に傾ける。そして、それをジジの肩へと乗せた。高い声が常に響き渡っていた先ほどの状況とは対照的に、二人の間には驚くほどの沈黙が流れる。彼女が目だけで、彼の顔を見ると、先ほどまでの笑顔は跡形も無く消えてしまっていた。


「俺、夕方バイトだから、そろそろ準備するわ」

 彼はそう言うと彼女と目を合わせること無く、居間を後にしてしまった。


 今までは、ひたすらに違う場所を探しながら生きてきた。しかし、今回ばかりは、そういった考えは思い浮かんではいないらしい。

 それは、同じような境遇の人々が居るからだろうか。それとも、一人の男と共に過ごしたいからなのだろうか。


「ああ、上手くできない」

 彼女はソファーを一人で占領して寝転がると、再び天井を見つめた。

「苦しいよ......」

 光が差込むのはほんの一瞬だ。再び薄暗くなったこの空間は、やはり息苦しくて仕方ない。

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