第10話 レアメタルのような男の話②

「坊主で強面なのに、めちゃくちゃ礼儀正しいんだね」

 家に入るや否や、ガンガンは谷崎に興味津々であった。

「初対面の人に馴れ馴れしいんだよ。引いてるだろ」

 いかにもお近づきになりたいというオーラを放つ彼女を、ギンガは必死に押さえつけていた。


「三人で住まれているんですか」

 例のごとく矢田という男は必要最低限のことは話さない。もちろん、彼がどういった生活をおくっているかなども話してはいなかった。若い独身男の一人暮らしといえば、アパートの狭い一室で一人暮らしをしていることが容易に想像できるであろう。しかし、実際には、古びてはいるものの部屋をいくつも構えた一軒やで、しかもこんなににぎやか賑やかとなれば、戸惑いを見せるのも無理はない。


「今はね」

 台所の暗がりに紛れてしまった矢田が、どこからともなく声を返す。彼が光の下に現れた時、両手に一つずつ湯呑みを手にしていた。

「ソーチョー私の分のお茶は?」

 ふてくされたように言う彼女を軽く睨み付けると、彼は谷崎の正面に座る。


「ソーチョーって矢田さんのことですか?」

「そう。ここではあだ名で皆呼びあってるんです」

「谷崎さんのあだ名も決めなくちゃね?」

 ガンガンは男三人を見回してやけにニコニコしていた。


「早く言えよ。どうせ、もう考えてあるんだろ」

 ギンガが如何にも面倒とでも言いたげな表情を見せると、彼女は立ち上がり、手を握り締めただけの即席マイクを口に近づける。


「それでは発表します。あだ名は......ジジです」

「「ジジ?」」

 ソーチョーとギンガは同時に声を発した。


「年齢が一番年上=おじさん=ジジって感じです」

 可愛いいよねと同意を求める彼女であるが、二人の男は顔を見合わせる。初対面の相手にオジサンと言ってしまうこの女は、肝が据わりすぎているとでも思っているのだろう。ちなみに四人の年齢関係は、ソーチョーとギンガが23歳。ガンガンは18歳。そしてジジが35歳となっている。まあ確かに彼の年齢はかなり上である。

 

 なんともいびつに変形してしまった空気を元に戻したかったのか、「ジジいいね。俺にぴったり」と谷崎は目を細めて、にっこりと笑ってみせた。


「でしょでしょ! さっすがジジ!」

 その姿を確認したガンガンは、こみ上げてきた嬉しさを抑えられないとでも言うように、目の前の机を何度も叩いてはしゃいでみせた。どうやらジジは、彼女に相当気に入られたらしい。

 一方のそれを眺める男二人は、「調子乗らせたな」と同じような格好で頭を抱えていた。


「あの。あだ名決めて頂いたのに、恐縮なんですが、まだ住むとは決めていないというか、今日は理由を聞きにきたんです!」

 はしゃぐガンガンに負けぬよう、声を張り上げたためか、彼の頬はほんのり赤くなった。

「ちょっと待ってて」

 ソーチョーはそう言うと、居間のドアを開け放ち、正面に伸びる廊下を歩く。いくつかあるドアの中から一つを選び、その中へと消えていってしまった。


 ガンガンの質問攻めをギンガが抑制するというやり取りを一分ほど続けていると、彼は二つの携帯電話を持って現れた。


「何々? 今から何が始まるの?」

 机にそれらが綺麗に並べられると、まるでマジックでも始まると思っているのだろうか。ガンガンは身を乗り出して携帯電話をじっと見つめた。


「ちょっと待って、それ、俺の前の携帯……」

 彼女とは対照的に、ギンガの表情はどこか不安げだ。どうやら、この携帯電話は無許可で持ち込まれたものらしく、ギンガは両手を一生懸命に振っていた。


「ちょっと借りるわ」

 ギンガの慌てぶりとはこちらも対照的に、ソーチョーはボールペンを借りるようなそんな軽い気持ちで、携帯電話を持ち出したらしい。

「......まあ、いいけど」

 机の奥にしまっておいたはずが、どうしてここにあるのだろうと考え込むように、彼はしぶしぶ承諾をしたのだった。


「これらは、ただのゴミです」

 ソーチョーはそれらを指差して、当たり前のように言った。その光景はマジックショーではなく、まるでテレフォンショッピング。本日紹介するのは、ゴミ......のようだ。


「ちょちょちょちょっと一旦たんま」

 それなのだが、ギンガは二人の間に割って入りやり取りを制止する。


「ゴミってひどいじゃんか。大切な画像とかさ、前の彼女とのメールとかが残っている俺にとっては宝物なんだぞ」

「うわー。未練たらしい男とか引くわー」

 マジックが始まる訳では無いと理解した女は、スマホをいじり始めている。そんな女に「うるさい」とぶっきらぼうに吹きかけた。


「ふーん。じゃあ結構画像とか見返してるんだ」

 ソーチョーは瞬き一つをせずに、死んだような目つきでギンガを見つめた。ギンガは一度唾を飲み込むと、「いや、何でもありません。これらはゴミです」と言って、頭を軽く下げた。


「失礼。これはただのです」

 仕切りなおしたソーチョーは、ゴミという言葉をやけに強調して再び話し始めた。

 真面目に彼の話に耳を傾ける者。不安を覚えながらも口出し出来ない者。興味の無い者。ソーチョーの話を遮る者などおらず、彼の声だけが部屋の中に充満する。そんな環境が作り上げられていた。


「机の奥深くに眠っていたこいつが、宝の訳がないよね」

 ソーチョーはちらりと持ち主の方に視線を向けると、彼は小さく頷いた。


「だけど、宝にする方法は一つだけある」

 彼は口角を上げて、人差し指を立てる。そして、彼を囲む三人を一通り見回した。


 それだけ言ってから、この小さな空間はやけに静かになった。ガンガンでさえも、スマホをいじることを止めたその空間を破ったのは、入居候補者の男であった。


「捨てると宝になる? えっ? どういうこと?」

 

「レアメタル。これは、電子デバイスなんかを作るためにすごく重要な鉱物資源で、結構貴重なモノなんです」

「ああ。中に入っているやつですよね。聞いたことはあります」

 ソーチョーの目は先ほどよりも生き生きしているように思える。ゴミの話に興味をもってくれたという喜びの表現だろうか。


「要は扱い方次第なんですよ。ちゃんと所定の回収場所に出せば、新たな命が吹き込まれる。机にしまっておけば、宝の持ち腐れ。そして、間違った場所に捨てられたら、」

 ソーチョーは携帯電話の一つを上に高らかと持ち上げた。皆の目がそれを追うように、段々と集中していくと、


 

 ソーチョーがそう言うと、それは、彼の手を逃れ真っ逆さまに落ちていく。


「はあ、びっくりした」

 顔を真っ青にしたギンガは目を瞑ってしまったが、再び目を開けたとき、ソーチョーが用意していたもう片方の手に携帯電話はしっかりと収まっていた。


「捨て方が大事ということはよく分かりました......」

 放心状態のようになっているジジに対して、冷や汗を額に浮かべているギンガは「ゴミのことになるといつもこうなんです」と耳打ちをした。


「谷崎さんも同じでしょ?」

「同じ?」

「ただの宝の持ち腐れ、扱い次第で宝になる。これがあなたを誘った理由です」

「私には、そんな……」

「仕事に真面目に向き合って、短い期間でも同僚からの信頼があつかった。そんな人がもったいないですよ」


 それを聞いたジジは大きなため息をついてしまった。


「なんで、わざわざ人殺しを助けるんですか?」

「「人殺し?!」」

 ジジが放ったやけに低い言葉は、すぐに二人の驚きで覆いかぶされてしまった。彼らはソーチョーに説明を求めるような視線を向けるが、ソーチョーは二人を睨みつけ、制止させる。


「これが普通のリアクションなんですよ」

 彼は寂しそうな笑顔で言った。部屋の中には嫌な沈黙が流れた。部屋は充分に暖かいはずなのに、その時はやけに冷たい空気を感じた。


「やりすぎだとは、思ったんですけど、一応調べてみたんですよ」

 沈黙を破ったのはソーチョーであった。その声は何の迷いも見せない、真っ直ぐなものであった。

だったんですよね?」

 目を丸くした男二人とは対照的に「えんざいって何―?」とガンガンだけは呑気にギンガに耳打ちをした。

「罪を犯してないのに、刑務所に入ることだよ。バカは黙っとけ!」

 彼女はコツンと頭を叩かれてしまう。


「冤罪なのに、どうして殺したなんて言うんですか?」

 ソーチョーはジジの心を読み取ろうとでもしているかのように、瞳の動きや、頬をつたう汗など、細部にわたる部分まで観察した。


「驚いたな。そんなことまで調べてるなんて」

 彼はどんよりした空気を吹き飛ばそうと笑い声を上げるが、質問の答えを待っている彼らの表情を見ると、誤魔化すことは出来ないとでも悟ったようで、眉を下げてしまった。


「俺は......法律的には冤罪だけど、人としては有罪何です......」

 彼はそれだけ言った。

「人としては有罪......?」

「ええ。だから、俺が宝なんて、そんな訳ないんです」

「ふーん」

 ソーチョーは不吉な笑みを浮かべると、嘗め回すようにジジを凝視する。


「とりあえず、住んでみたらいいじゃないですか。ここなら家賃はかかりませんし」

 「矢田さんが良くても、あなた達二人は、良いんですか? 人殺しなんかと一緒で?」

「ソーチョーが、あんんたのこと気に入っているみたいだし、問題ないよ」

 

 ジジは顎に手をあてて、考えるような素振りを見せた。理由はどうあれ、生きていくことを考えれば、悪い話では無いはずだ。

「じゃあ、そうさせて下さい。落ち着いたら出て行きますから」

「俺はいつまででも居てもらって構わないから、好きにしろよジジ」

 ソーチョーは口調を突然変えて、手を差し出した。その手を握り返した彼は、「ソーチョー」とだけ言った。


 紙を貼り付けたかのような出来すぎた笑顔を見せるソーチョーと、彼を探るようにじっと瞳を覗き込むジジ。ジジの頬に汗がつたったことを、ソーチョーは見逃してはいないであろう。


 

 

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