第30話 底で待ち構えていたもの
久しぶりに美味しいものをお腹いっぱい食べた。
今までの食事はあの時の味を忘れることが出来なくて、いつも満足のいくものではなかった。
今、本来の自分の姿を取り戻し、満ち足りているはずなのにどこかなにかたりなかった。
「あちゃー。喜潤君が来てるんだ」
「……話、聞いていましたか?」
「うん? 今、戻って来た所だよ。はい、タオル。汚すぎだよ。少しは綺麗にしたら?」
空が差し出す布で飾は顔を拭く。
顔だけでなく、髪や体についた血まで落とせるだけ落としておく。
布はすぐに汚くなったので捨てた。
「姿、見られてないと良いんだけど、学校での言い訳思いつかないよ」
「ふふふ」
飾は思わず、笑みを漏らす。こんな所で日常生活の心配をするなんてなんだか可笑しかった。
「仲良くしているなら幸いです」
喜潤が空をどう思っているのかまでは飾はわからないし、もう知る必要もないだろう。だが、会話の端々から敵対関係にないことだけはわかる。ならば、上手くやって行ってほしい。
「で、オリジナルはここですか」
喜潤と邂逅した居間から出て突き当たった廊下の先。
浴室の隣にあるボイラー室の中に道はあった。
普通の一軒家にはあるまじき鉄の扉。鍵はなく押せば開く。
扉の向こうは地下へと続く階段。行き着く底は見てこない。
「どんなごちそうがあるかなー」
空の声は高い。
今までの紛い物ではなく、本物の末人がいるのだ。
「行きましょう」
飾は扉の中へ入っていく。
全てを終わらせるために、人間である喜潤が人間として暮らせるように飾は獣となり、獣どもを喰らい尽すのだ。
「オレ達は行くよ」
裂はそう言った。
「末人を食べようとは思わないけど、食べられないために戦うことは必要だよ」
食うか、喰われるかの世界。食べないことを捨てたら、運命は一つしかない。
「…喰うのか?」
「相慣れないものは――食べる。食べられても食べさすことはしないし、黙って食べられることもしない。相手がオレを理解しないなら、食べる」
「咏もなのか? 一緒にいたんだろ?」
「……うん。でも、もう一緒にはいられないと思うから」
裂の決意は末人を食べない決意と同じくらい固い。裂に従う咏もそれに頷く。
「喜潤、これはもうオレ達の世界だ。人間ではなく、末人の。喰い合って生き残るべき種の戦いだ。だから、だから、もう――」
裂はそれ以上はいわなかった。うずくまる喜潤を残し、進んでいく。
自分には何が足りないのだろう。
喜潤がただ飾を迎えたいだけだ。
自分だけが飾を受け入れらると思っていた。しかし、それは違うのだ。
それは喜潤の傲慢だ。
喜潤は飾の関係を変えたいはずだ。なのに喜潤自身何の成長もしてなかった。
喜潤はただ飾に戻ってきてほしかった。
彼女事情も考えず、一方的にその想いを持っていた。飾の本当の苦しみを知らなかった。
(わがままは終わりだ)
見えないようにしていた。触れないようにしていた。
飾を失いたくないから? 違う。
自分が傷つきたくないからだ。
両親の死を知ることは飾との決別だ。
飾を受け入れることは両親の死を忘れることだ。
どちらも嫌な喜潤はずっとぬるま湯につかっていた。
冷や水をかけられようやく気づいた。
「もう終わりにするんだ」
飾へのもやもやとした気持ち。変われなかった自分。全てを終わりにするのだ。
終わらせて、また始めたい。
ゼロからまた飾と始めたい。
そのためにも喜潤は血の海の中から立ち上がった。
その顔はよく知っている。
どことなくではあるが、はっきりと面影があった。
目の形、口の形、鼻の形。
パーツを細かく見ていけばどれも似ているとは言えないかもしれない。だが、顔 全体の印象は確かに飾の知るものであった。
一度自分を食べようとした顔に似ている。そして、短い間でも楽しく過ごした顔にもだ。それをこれから食べるのは忍びないかもしれない。
「あんたがオリジナルだね」
空と飾の前に母体であるオリジナルが立つ。艶やかな髪。袖のない白いワンピース。
目は大きく、丸い顔。咏にそっくりではあるが、彼女より大人っぽく随分きれいに見える。
「臭イ、が、スル。末人、の、臭イ」
彼女の声は途切れ途切れに聞こえる。低い声で聞き取りずらいのだ。
「飾!」
後ろから駆けてくる二人の末人。
「……裂ですか」
飾は一瞥だけしておく。
「なんだよぉ。もっと喜べよぅ」
裂は口を尖らせる。
「そちらさんは?」
裂が空の紹介を求める。
「空だよ。裂だね。ふーん」
空は彼女を頭の上から下まで見てその胸で目を止める。
風船にみたいに大きく膨らむそれをとても柔らかそうで美味しそうに見える。
「おいしそうだね」
「うっ。いきなりかよ」
空の目線から裂は自分の胸を守った。こんなところで食べられてはたまったものではない。
「一、二、三、体。モウ、一人、は、ワタシのむすめ、カ」
咏のオリジナルは唇をきれいに舐め、歯を見せる。
歯は食事を終えたばかりなのか赤く汚れていた。
「待て、待て、
彼女の横に眼鏡の中年男性が立つ。
瘦せ細った白髪の男だ。やたらとギラギラと輝く目が印象的である。
「ふむ。君達が他のイヴか。おもしろい」
「あなたが、監督者ですか?」
「そうとも。イヴ05圓の監督者、
「残念ながら、きっと見納めになるでしょう。あなたのイヴは私達が食べてしまいますから」
「ふむ。それは楽しみだ。僕はとくと見せてもらおう。圓は私の実験の自信作だ。君達との違いをぜひ見ておきたい」
玄得はそう言って下がる。それが合図だった。
「い、タダ、き、マ、す」
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